疾走
カリーナ達四人はセレスから南東にある、港町ベルナに向かって馬を飛ばしていた。途中、旅の商人らしき一団とすれ違ったが、幸いアルティアからの追っ手らしき姿は無かった。最初は辺りを警戒していた四人だったが、延々と続く草原を駆けるうち、気分も自然と開放的になってきた。
「ノロノロしてたら追いつかれるぜ」
先頭を走っていたカルタスを、突然レヴィンが追い抜く。
「あんまり飛ばすと馬がバテるぞ」
カルタスの忠告もレヴィンの耳には届いていないらしく、三人をぐんぐん引き離していく。
セレスでは新年を迎えると地区対抗の競馬レースが行なわれる。レヴィンは三年連続で代表選手に選ばれ、今年は優勝していた。そのためレヴィンは、誰よりも早駆けには自信があったのだ。
「よーし、この前の借りを返してやる」
スピーノがレヴィンを追いかける。彼は今年の地区対抗競馬でレヴィンに負けて二位だった。
二人はほぼ並んで疾走を続けた。町を離れた時の感傷的な気持ちは徐々に薄れ、風を切る爽快感が二人の気分を高揚させていた。二頭は足並みが揃ったまま、お互いに譲る気配がない。
その時、背後から激しく大地を蹴り上げる音が近づいてきた。二人が振り返ろうとした瞬間、二頭の間を白馬が駆け抜けていった。カリーナだ。
「私が一位ね! 」
カリーナの白馬は、みるみるうちに二人を引き離していく。芸術品のような筋肉美の脚から繰り出される躍動感のある走りは、三人が乗っている馬とは明らかに次元が違っていた。
「何だよその馬、反則だろ! 」
レヴィンはより前傾姿勢になってカリーナを追いかけたが、その差は開く一方だった。
「行けぇ、アルベルト! 」
カリーナは自らが白馬につけた名前を呼びながら先頭を駆けていく。
向かい風になびく金髪は、朝日を浴びて一層輝いて見えた。
魅力的でもあり、神秘的でもあるその後ろ姿に、三人は暫し目を奪われてしまった。
突然、カリーナが速度を落とし始めた。遠くに何かを見つけたらしい。姿勢を起こし手綱を引くと、やがてアルベルトの脚が止まった。
「カリーナどうした? 」
レヴィンとスピーノも続いて馬を止めると、カリーナの視線の先を追った。
そこにあったのは嘆きの森だった。
森はあれほどの惨劇があったにも関わらず、今は何も無かったかのように静まりかえっている。
「あそこでコルトは…… 」
レヴィンはそれ以上口にするのをためらい言葉を無くした。
「そうだ。あそこで眠っている」
認めたくない現実だった。四人の間に暫く沈黙の時間が流れた。
「森にはまだ敵の残党がいる可能性もある。ここから冥福を祈ろう」
三人はカルタスの提案に従って馬を下りた。
「我らが友、コルト・ピアゾの清らかな魂が、安らかなる眠りにつかんことを」
アルティア国教の儀式に則って、胸の前で両手を組んで黙祷を捧げた。
「生きてたらきっと、あいつもここに居たよな」
黙祷が終わるとスピーノは呟いた。
「そうだな。昔から気がつけば俺たちの後をついて来てたもんな……」
いつも自分達の後をついてくるばかりで、決して前に出たがらなかったコルト。そんな彼が真っ先に手を挙げて、斤候を志願したことを思い出した。妹を助けたいが為に、おそらく生まれて初めて人前に立ったのだ。
レヴィンはこみ上げてくるものを抑えきれず、思わずうつむいた。
「コルトは私たちのそばにいるよ、今もこれからも、きっと」
カリーナの言葉に皆、無言で頷いた。
「とにかく今の俺たちに出来るのは、カリーナを無事にユーノスへ連れて行くことだ。それがあいつへの弔いだ。」
カルタスは馬に跨ると森に背を向けた。三人も馬に飛び乗った。
スピーノは最後にもう一度振り返ると、心の中でコルトに呼びかけた。
「そんなとこで眠ってないでついてこいよ。コルト」
彼は鐙で馬の横腹を蹴ると、悲しみを振り切るように再び疾走を始めた。それからも四人は無言のまま、速度を緩めることなく進んでいった。陽も徐々に高くなり、皆の額には汗がうっすらと浮かんでいる。
「まだ着かないのか? 」
レヴィンは父の仕事で何度もベルナを訪れたというスピーノに訪ねた。
「あの小高い丘を越えたら見えてくるはずだ」
「さっきもそんなこと言ってなかったっけ?まぁいいや。ところでお前が背負ってる剣重くないのか? 」
「もちろん重いよ。でもお婆様がこの剣は肌身離さず持ってろ、絶対に人に持たせちゃいけないって」
「しかしその剣は町に着いたらすぐに隠さないと。あまりにも目立ち過ぎだ」
カルタスの指摘はもっともだった。若い女性が異様な形の大剣を背負った姿はどう見ても異様だった。
「見えたぞ。ベルナの町だ! 」
小高い丘の上からスピーノがさけんだ。
三人も急いで丘を駆け上がる。青空と海の境界線が見えてきた。
「海だ! 」
駆け上がるにつれ、視界に占める海の割合が徐々に増えていく。続いて不規則に並んだ赤い屋根と無数の白壁の建物の塊が見えてきた。
「あれが港町ベルナか」
丘の上に立つ四人の頬を、海の匂いを含んだ南風が軽く撫でていく。
「向こうに見えるのが海? 」
なびく髪を押さえながらカリーナが言った。
セレスの住民は馬車で丸一日かかる南方の海より、その半分以下ほどの距離にある西方のエピカ湖に行くことが多い。エピカ湖は世界最大の面積を持つ湖で、昔はそれを海だと勘違いしたまま、一生を終える者もいたほどだ。
「お前、海を見たこと無かったのか? 」
三人は驚いて目を見開いた。
「うん、初めて。海って湖よりもずっと大きいんだね」
「分かってるよ」
腹を抱えて大笑いする三人を、ほおを膨らませたカリーナが、むきになって追いかけていた。
†
港町ベルナは古くから諸外国との貿易港として栄えてきた。
石畳の街道の左右には、レンガ積みの立派な屋敷や商店が立ち並んでいる。大通りは港に立ち寄った船乗りだけでなく、派手な服で着飾った貴婦人や肌の色が異なる外国人なども多く往来している。異国情緒あふれる街並みに、カリーナ達はまるで異国にでも迷い込んだかのような感覚を覚えていた。
「色んな格好の人がいるね。この姿も意外と馴染んでない? 」
カリーナは自らを指差してレヴィンに尋ねた。
「いや、やっぱりおかしい。周りの視線を感じないのか」
確かに先ほどからすれ違う人々が、カリーナの方を見ては一瞬驚いた表情をし、こちらが気がつくと咄嗟に目線を逸らした。
「お前がこんなの背負ってるから皆ジロジロ見るんだよ」
レヴィンが何気無くグレンダインに手を伸ばす。
「剣に触れたらだめだって!レヴィンも呪われちゃうよ! 」
カリーナが大声で叫んだため、歩行者の視線が一挙に集まった。
「呪い?それはどういうことだ? 」
レヴィンが不思議そうな顔で聞き返した。
「あとで詳しく話すから。とにかく絶対に触らないで」
いつになく真剣な表情のカリーナの顔に、三人は悪い冗談を言っているのではないと感じた。
「ていうか、カリーナのその服、露出高すぎじゃないか? 」
スピーノはカリーナのスカートを指差した。
本人は気づいていなかったが、逃げる途中の林の中で枝にでも引っ掛けたのだろう、右足の前あたりがスリットのように裂けて、歩くたびに生足が見える状態になっている。
カリーナはキャッと一瞬声をあげると、咄嗟にスカートを腰に巻きつけるようにして、露出した足を隠した。
「ジロジロ見られていたのはこのせいか。てか普通気づくだろ」
「と、とにかく目立ちすぎるのは良くないね。どこかで着替えさせて」
カリーナは周囲を見渡したが、着替えるのに良さそうな場所は無い。
「あそこに仕立て屋みたいな店があるな」
スピーノが指を指した先は、通りから奥まったところにある、やや古めかしい外観の建物だった。
「贅沢は言ってられないな。急ごう」
四人は仕立て屋に急いで駆け込んだ。
店内は薄暗く、四人以外に客らしき姿は無い。
やっとすれ違えるほどの通路の左右には、様々な柄の生地が雑然と並んでいる。
傷だらけの木製テーブルには年季の入ったミシンが何台も並んでいるが、ほとんどが蜘蛛の巣が張っていて使われている様子が無い。
「やっぱりよその店にしようぜ」
レヴィンが店を出ようとした時、店の奥から小太りの男がそそくさと出てきた。
「すみません、取り込んでいて気がつきませんでした。ピコの店にようこそ」
そのピコと名乗る小太りの男は、両手を広げ大げさな手振りで店内を紹介しはじめた。
「ここは世界各地のあらゆる生地を取り揃えてございます。みなさま本日はどういったご用件ですか」
「この子の服を探しているんですが、合う服はありますか」
カルタスはカリーナを指差して言った。
「おお、これはお美しい。いまの服もお似合いですが、華やかなドレスなんかもきっとお似合いでしょう」
ピコは両手をすり合わせながらカリーナを見ると、カウンター越しに身を乗り出して言った。
「いや普通のでいいんだ。こいつはあまり上品なのは似合わないから」
「レヴィン。ちょっとそれ失礼じゃない」
レヴィンの言葉にすぐさまカリーナは反応した。
「お二人ともお似合いでございますね」
「違います!」
二人の声が合ったので、スピーノは思わず吹き出してしまった。
「これは失礼。余りにもお二人がお似合いだったのでそういうご関係かと思いました」
「俺たちは幼馴染みなんですよ」
カルタスが間髪入れずに説明をいれた。
「それでは私がお嬢さんにお似合いの服を選んでまいりますので、奥の更衣室でしばらくお待ちください」
ピコはカリーナを部屋の奥へと案内した。
「みなさんはそちらに荷物を置いて、お嬢さんが着替えている間お茶でも楽しまれて下さい」
そう言うとピコは店の奥へ一旦消えた。
「まぁ、店構えにしてはサービスいいんじゃないの」
スピーノはまるで行きつけの店にいるかのごとく、椅子にどっしりと腰掛けた。
相変わらずのスピーノに、レヴィンとカルタスはあきれた様子で苦笑いした。
暫くするとピノがお茶を持ってきたので、二人も椅子に座った。
「カリーナが言ってた剣の呪いって、一体どういうことなんだろうな」
スピーノは二人に尋ねた。
「そういえば祠で気を失ったカリーナを運び出しているとき、駆けつけた人達にお婆が言っていたな。その剣は呪われた剣だから絶対に触るなって」
レヴィンは熱いものが苦手なのか、お茶を上手く飲めないでいた。
「俺も言い伝えを聞いたことがある。グレンダインは人を破滅に導く滅びの剣だと」
そう言ってカルタスはお茶をゆっくりと口に運んだ。
「あのランサーって野郎も、あれに貫かれて死んだんだろう? 」
スピーノは部屋の隅に置いていたグレンダインに目をやった。ところがさっきまで置いていたはずのグレンダインが見当たらない。振り返ると剣を抱えて店を飛び出していく男の後ろ姿があった。
「こら!おまえ何してるんだ! 」
スピーノは男の後を追った。レヴィンも後に続く。男は振り返りもせず、一目散に逃げていた。
「どけどけ! 」
男が剣を振り回すと、歩行者は悲鳴を上げて道をあけた。一方、脚に自信があったスピーノだが、歩行者が邪魔でなかなか追いつけない。男は一度振り返り、スピーノをあざ笑うようにして路地の角を曲がっていった。その時、道の向こうから男の悲鳴にも似た叫び声が聞こえた。スピーノ達も急いで路地を曲がる。
そこには剣を足下に放り投げて男が突っ立っていた。異変に気がついたスピーノが回り込んで男を見ると、武器商人のものと見られる馬車の荷台に積んであった槍がその首元に突き刺さっていた。明らかに即死だった。通りにいた若い女がその光景に驚き悲鳴をあげた。
「呪いの話、やっぱり本当なのかもな……」
スピーノはそう呟くとレヴィンを見た。レヴィンは目の前で起きた出来事に言葉を無くし、ただ呆然と立ち尽くしていた。




