やはり不幸に遭う女
※ゆきたちがいる外国はモデルはありますが、架空の国です。
※登場人物が多いです。
時は遡る。
夕食後、ゆきはマナと別れて自室に戻った。
そして、シャワーを浴びて、ベッドに横たわった。
しかし、夕食前に軽く寝てしまったせいでなかなか寝つけない。
時計を見ると0時を過ぎている。
眠くなるまで、小説でも読もうか。
そう思い、ゆきは暇つぶしに持ってきた大量の小説の中から一冊を選び、読み始めた。
一冊読み終えてしまった。
時計をみると2時を過ぎていた。
寝ないと朝が起きれなくなる。
無理やり瞼を閉じて、寝ようとした時。
悲鳴が聞こえた。
ゆきはパッと起き上がり、部屋のドアに耳をつけた。
女性の悲鳴だ。
何やら叫んでいる。
ドタドタと階段を駆け下りる足音が聞こえて、今度は男性の悲鳴が聞こえた。
そして、ドタドタパタパタと階段を駆け下りる足音が聞こえる。
先ほどの悲鳴とは別の男性のわめき声が聞こえる。
3階にいる者は誰一人まだ階段を降りてはいない。
ゆきの部屋は階段に1番近い、階段の隣の部屋だったので、それが分かった。
ゆきの向かい側の部屋の女性が、部屋から出てきて廊下をパタパタと少し歩いていたが、躊躇するように足音は止まる。
ゆきも、状況を知るために部屋から出た。
ショートカットの女性が、不安そうに階段の下を見ていた。
そして部屋から出てきたゆきを見て、すがるように聞いてきた。
「ひ、悲鳴が聞こえたわよね?なにがあったのかしら?」
「わかりません・・・」ゆきも困ったように言い返した時、使用人の部屋から、外国人の茶髪の女性が出てきた。
食堂で給仕をしていた日本語の話せる使用人だ。
「なんのこえ?」と使用人の女性が片言の日本語で聞いてくる。
ゆきと、ショートカットの女性が、分からないと首を横に振ると、使用人の女性が階段をパタパタと下りて行った。
しばらくすると、その使用人の女性らしき悲鳴が下の階から聞こえてくる。
その女性は気が動転しているように悲鳴を上げ続けている。
3階にいても、その高い悲鳴はよく聞こえた。
その悲鳴の後、ドタドタと階段を下りる音が聞こえた。
「な、なに!?」ショートカットの女性がゆきにしがみつく。
「なんでしょうか・・・。見に行ってみますか?」
ゆきがそう言うと、女性は青ざめながらも気になるようで、コクンと頷いた。
階段を降りていくと、居間に人が集まっているのに気付き、近寄る。
居間の壁側には、先ほど会った茶髪の使用人の女性と、同じく使用人であろう、金髪の外国人の女性が抱き合って泣いている。
ソファには黒髪の男性が座り俯いていて、部屋の隅っこには吐いている茶髪の男性がいた。
男性数人が『何か』を見て、棒立ちしている。
『何か』のそばには、眼鏡をかけた男性が片膝をついて、それを見ていた。
ゆき達はそこに近づいた。
「ひっ!」ゆきにへばりついていたショートカットの女性が悲鳴を上げて、その場に座り込む。
そこには背中を数箇所刺されている男性の死体があった。
目を大きく見開いて、口を開けて、うつ伏せになっている。
その手は強く握りしめられていた。
大量の血が、絨毯に染みていた。
ああ、またか。
ゆきがそう思うと、居間の窓からピカッと強烈な光が見えた。
それとほぼ同時に低く唸る雷鳴が聞こえる。
そして途端にあたりは暗闇になった。
寝ていた者も起こして、コテージにいる全員が、食堂に集まっている。蝋燭の火がゆらゆらと躍り、それぞれの顔を照らしていた。
ツアーガイドの樋田が人数を数えて、死んだ人以外全員無事であるのを確認した。
そして、樋田から状況の説明が行われた。
「ツアー客の1人が亡くなっていました。死因は不明で、私には自殺か他殺かも分からないです。雷が鳴ってからは外は大雪で荒れていて、一歩も出れない状態。その上、ここは僻地であるため、民家からもかなり離れています。
最悪なことに、落雷のせいか、雪のせいか定かではないですが、電気が使えなくなっています。携帯はもちろん圏外であり、コテージの固定電話は電気をつかうタイプのものであったため、使えません。つまり外部に連絡をとることができません。
ここまでは、ツアーの専用バスに乗ってきたので、他の移動手段もありません。ツアーの専用バスが迎えに来るのは、7日後です」
死体を目撃した者は全員、あれが他殺であることに気付いていたが、樋田の言葉につっこむ者は誰もいなかった。
死体を見ていない者たちを混乱させないようにそういう言い方をしたのだと察したからだ。
樋田はそこまで説明をすると、黙りこんだ。
恐怖でなのか、顔を強張らせている茶髪の男性が樋田に聞く。
「つ、つまりは、バスが来るまでは、ひたすらここで待つことしか出来ないってこと?」
樋田はどう伝えようか悩んでいる様子で、茶髪の男性の言葉の返事がすぐに出来なかった。そうすると、かわりに眼鏡をかけた男性が話す。
「雪が収まったら、誰かが離れた民家に助けを求めることは可能だな。停電も一時的なもので復旧するかもしれない」
眼鏡の男性の言葉に、茶髪の男性は少し安心せたのか、顔を和らげた。
しかし、どうなるかわからないこの状況に、皆、戸惑っている様子だった。
やにわに、黒髪の男が立ち上がり、周囲を睨みつけて、口を開く。
「だれだ!だれがやったんだ!」
黒髪の男の言葉に、返事をするものはいなかった。黒髪の男は舌打ちをする。イライラしたように力強くドシンと椅子に座った。
「あ、あのー、自殺の可能性もあるんですよね?」
死体を見ていないマナが黒髪の男の発言に疑問をもち、不安そうに、樋田にそう尋ねる。
樋田はまた、なんて言おうか戸惑っている様子であった。
「殺されてた!殺されてたよ!ひどいかった!」
感情が爆発したかのように金髪の使用人の女性が泣き叫ぶ。それを茶髪の使用人の女性が抱きしめてなだめる。
「こ、ころされてた・・・?」
マナの顔色が悪くなる。眼鏡の男性が、しょうがない、とでもいうようにため息をつきながら、告げる。
「背中に10ヶ所の鋭利な切り傷があった。あれは他殺だ」
マナは座っているのにも関わらず、重心を失い、ふらっと倒れそうになり、それを隣にいたゆきが支えた。
「じゃ、じゃあ、この中に殺人鬼がいるの・・・?」
ショートカットの女性が呆然と呟く。
「うわぁ、こえーなぁ」
緊張感のない声で、黒髪を後ろにまとめている男が言った。
「そもそもさ」
茶髪のロングヘアーの女性が口を出した。
「私、死んだ人の名前すら知らないんだけど。つか、この中のほとんどが、死んだ人の名前知らないんじゃないの?だってそういうツアーじゃん、これ。なのに、殺人が起きるなんておかしくない?ねぇ、ツアーガイドさんなら、死んだ人が誰か分かるよね。なんて名前なの、死んだ人」
「な、亡くなった方は、金元智さんです。そういえば、金元さんと、橋爪さんは、一緒に夕食を食べていましたね・・・お知り合いなんですか?」樋田が黒髪の男にそう言う。
「なんだそれは!!俺を疑ってるのか!?知り合いでもなんでもない!ただ、移動時間に意気投合したから夕食も一緒に食べただけだ!そんなこと言ったら、死体にビビらずにじっくり見てた、こいつのが怪しいじゃないか!」黒髪の男ーーー橋爪が怒鳴り、眼鏡の男性を指差した。
眼鏡の男性は何も答えない。
「そらみろ!何も言わないってことは、こいつが犯人なんだ!」橋爪はわめく。
「呆れて何も言えないだけだ」眼鏡の男性がそう呟く。
「けんか、だめ!どなる、だめ!」おそらく使用人だろうーーー体格の良い強面の外国人の男性が立ち上がり、カタコトの日本語で橋爪を睨み叱りつけた。
その迫力に橋爪はぐっと口をつむぐ。
一同が沈黙した。
金髪の使用人の女性のすすり泣く音と強い風の音だけが、聞こえる。
「あの、とりあえず・・・」
ゆきが初めて口を開いた。
食堂にいる全員の視線がゆきに向かう。
「とりあえず・・・自己紹介しませんか?」
その言葉に異議を唱える者はいなかった。
「樋田翔、32歳です。ツアーガイド歴は6年です。26歳の時に、この国来て、この国が大好きになって移住しました」
童顔で中肉中背の優しげな面立ちの樋田。
ゆきの提案で、自己紹介タイムが始まった。ツアーガイドの樋田から順番に自己紹介をすることになった。
ゆきはまだ自己紹介をしていない。
していないというのに、何故か、視線を感じる。
周囲をサッと見ると、眼鏡の男性と目があう。そして、不自然じゃないように、目をそらして樋田の次に自己紹介が始めた人物に視線をやった。
なんで、見ていたのだろう?
ゆきは、そう疑問に思ったが、今は皆の自己紹介を集中して聞くことにした。
「ぼくはロイ、だよ。ここのリョーリつくる人だよ。ニホンに少しいたからニホンゴだいじょうぶ。いっぱいしゃべってね。これはオクさんのエドナ、だよ。エドナはニホンゴだめ」
強面で大柄の茶髪に緑色の瞳の、白人のロイと、ふくよかな体型の茶髪に茶色の瞳の同じく白人の大人しそうなエドナ。
だいたい2人は40代くらいだろうか。エドナは不安そうにロイに身体を寄せている。
ロイが続けて話す。
「それで、これがこどものソールディスだよ」
ロイが茶髪の使用人の女性の肩を叩く。茶髪の使用人が口を開く。
「ソールディスです。にほんごすこし、はなせます。20さいです」
ロイと同じ、茶髪に緑色の瞳をした白人のソールディスは、顔つきはエドナに似て大人しそうだ。背は小さく、少しぽっちゃりとしている。
「ソールディスと友達の、マルガリューテ21歳よ。日本のニンジャやサムライ、アニメにマンガ、いろいろ大好き。それで日本の勉強してるから、日本語いっぱいしゃべれるよ」
マルガリューテは、高めの身長とメリハリのある体に、金髪に碧眼、迫力のある美女だ。散々泣いているせいか、目元は赤く腫れている。
「私は池辺愛子、30歳でOLをしてます」
ゆきの向かい側の部屋のショートカットの女性ーーー池辺がかたい面持ちで言う。池辺は、ショートカット似合う、色白で切れ長な瞳が印象的な和風美人だ。身長は低い。一般的な日本人の体型だ。
「和田百合絵、27歳。看護師」
マナの向かい側の部屋であり、池辺の隣の部屋でもある茶髪のロングヘアーの女性ーーー和田が池辺とは対照的に気だるそうに言う。まつげエクステをしているのか、まつげが大変長く、瞼を瞬くたびにバサバサと音が聞こえそうだ。マルガリューテと同じくらいの身長で、スレンダーだ。
「日向ゆき、19歳、大学生です」
ゆきは無難に自己紹介をする。
「えっと、私は高橋真奈、20歳です。短大生で、アイドル養成科ってとこにいて、アイドルになるために頑張ってます」
黒髪のロングヘアーで、色白の清楚な雰囲気のマナが、緊張しながら、そう言った。
「お、俺は宗 健一、23歳。一応、写真家。有名じゃないけどね。よろしく!・・・って、よろしくする状況じゃねぇよな、これって・・・」
身長が高い、茶髪の愛嬌のある青年ーーー宗はバツが悪そうに頭をかいて、そう言った。
「森岡 康、32歳。消防士です」
森岡は、肩幅が大きく、筋肉に覆われた身体をしている。短髪で、顔は濃ゆい。一言で言うと、ゴリラ顔だ。
「真山圭吾、28歳。アパレル系の仕事をしてまーす。ガチでこわいの無理なんで、怖がらせないでほしいでーす」
黒髪を後ろに結んだ男性ーーー真山が緊張感のない声色で言った。
整った顔をしていて、モテるタイプであるのが予想される男だ。しかし、それと同時にチャラそうであるのがわかる。樋田と似たような中肉中背の体型だ。
「橋爪 亮介、35歳。経営者だ」
先ほどまで怒鳴っていた黒髪の男ーーー、橋爪はイライラした表情を隠すことなく、そう言った。日焼けしているのか肌色が黒い。誰よりも態度がでかかった。
「五月七日 伶、24歳。警視庁刑事部捜査第一課に所属してます」
高い身長に鍛え抜かれた身体。そして嫌味なくらいに顔が整っている眼鏡の男性が、そう言った。
その言葉、その珍しい名前を聞いて、ゆきは頭を抱えたくなった。
眼鏡をかけていたから、わからなかった。
しかし、その名前で思い出した。
彼とはーーー五月七日 伶とは、2年前にも最悪な状況で、自己紹介をしたのだ。