懸念する女
平和だ。
それが
おかしかった。
ゆきは何事もなかった1日を振りかえって、そう考えた。
ロイと怜が襲われ、池辺が殺された2泊目の朝。
それから今現在の3泊目の24時前まで、何も起きていない。
マナと健一は、犯人はきっと金元と池辺を殺したかっただけなのだ、と安心している。
ゆきも安心したいのだが、今迄の経験上、これだけで終わるとは思えないのだ。
犯人の可能性がある、橋爪は部屋にひきこもっているが安否の確認は取れている。
同じく犯人の可能性がある、樋田は20時の集合の際には必ず顔を見せている。
単独で行動している和田はいつも通りであるし、他の集団行動をしている者たちにも異変はない。
犯人に襲われた怜は元気である。
ロイは頭の傷の痛みと傷による発熱で寝込んでいるが、看護師の和田がこまめに診てやっているため、問題は無さそうだ。
それが、逆に、おかしいと感じたのだ。
犯人は何かをするために、機会を窺っているのではないか?
怜はこの状況をどう考えているのか分からないが、周囲には目を光らせているが、特に以上はないようだ。
怜の見える範囲では異常はなかったということは、犯人は人目につかないところーーーつまり自室か、怜の知らない場所で、何かをしているのか?
そこまで考えるが、今後の犯人の行動が全く想像つかない。
刃物などの殺傷能力が高いものは金庫に入れており、前みたいに開けることはせずに、怜が鍵を誰にもわからない場所に管理している。
鈍器になりそうなものは、燃やしたり、粉々に壊したりして、危なくないようにした。
他に凶器になるようなものは、ゆきには思い当たらない。
物がないのだ。犯人は何も出来ないはずだ。
何か出来るとしたら・・・火?
このコテージはとてつもなく寒い。
部屋にはストーブがあり、居間には暖炉がある。
暖炉の管理はソールディスとマルガリューテがやっていて、ストーブの灯油はその2人に頼むともらえる。
その灯油を使わずに、屋敷中に振りまき、屋敷を燃やし、証拠隠滅をして皆殺しするのか。
しかし、そうなると金元と池辺を殺した理由がわからない。快楽殺人鬼で、人々が脅える姿を見たかったためのか。しかし、それでは屋敷を燃やすなんてことはしないはずだ。きっと快楽殺人鬼なら、人を一気に燃やすよりも、1人ずつ殺していくのを好むだろう。
それに、ゆき達は昼間に寝て、夜は起きている。異変に気付いたら、すぐに対処できる。
逃げれない程、火がまわっても、外は柔らかい雪が積もっている。
3階の窓から落ちても、きっと無事だ。
火以外には何があるのか。
ゆきには全く思いつかなかった。
怜に相談をしたいが、マナと健一の前では出来ない。
無駄に怖がらせたくなかった。
日を跨ぎ、4泊目の深夜2時。
その機会は訪れた。
マナと健一があまりに眠そうにしていた為、仮眠をとるように怜が言ったのだ。
マナと健一はベッドに横になると、幸せそうに寝息を立てて、寝始めた。
それを確認して、ゆきはテーブルを挟んで向かい側に座る怜の方を見た。
怜は、ゆきを見ていたらしく、パチリと視線が合った。
しばし見つめ合う。
「あの・・・?」
ゆきが戸惑いの声をあげて、怜はハッとした様子で、「すまない」と言って目線をそらした。
「あ、いや。別に嫌じゃないんだけど・・・。怜君ほどの格好いい人に見つめられたら、なんか自分が恥ずかしくて」
ゆきは笑いながら、そう言った。
「・・・何が恥ずかしいんだ。君は透明感がある綺麗な人だ」
怜が褒めてきた。
ゆきは、ますます恥ずかしくなって、顔が熱くなるのを感じた。
しかし
その言葉に疑問を持った。
わたしがきれい?
そんなはずはない。
絶対にないのだ。
そう思った瞬間。
フラッシュバックの波が押し寄せてきた。
銃声の音。
血の匂い。
倒れる人。
爆発音。
こげた匂い。
飛んできた肉塊。
ナイフを肉に突き刺す音。
飛び散る血。
血だらけの人。
呻く人。
苦しむ人。
恐怖に震える人。
死んだ人。
死んだ人。
死んだ人。
死んだ人。
死んだ人。
死んだ人。
死んだ人。
死んだ人。
死にゆく人々の手。
ゆきは手をとらない。
命を。
自分の命を守るのだ。
ゆきは、自分だけを。
ふいに暖かい何かが、テーブルに置いたゆきの手を包む。
暖かい“それ”は、ゆきの手を握りしめて、こういった。
「すまない。俺が悪かった。思い出すな。大丈夫だ。大丈夫」
大丈夫だ、大丈夫・・・
優しく、そう呟く“それ”に、ゆきは何故か安心して、涙を流した。
落ち着いてきたゆきは、慌てふためく。
「れ、怜君、もう大丈夫」
怜は、手を離す。
その怜の瞳も、泣いてはいないが潤んでいた。
きっと、ゆきがフラッシュバックしているのに気づき、その様子を見て怜もフラッシュバックしたのだろう。
2人とも、自分達の涙目の顔を見合わせて、微かに笑った。
「すまない。綺麗という言葉を使ったのは安直だった。次はもっと上手い言い回しを考える」
怜が頭を軽く下げて言う。
ゆきも慌てて返す。
「私もごめん。私のせいで、怜君も思い出させちゃったみたいで・・・」
「よくあることだ。大丈夫。それよりも2人で話したかったんだ」
「本当?私も話したかった。どんな話?」
怜はゆきを、じっと見つめて言った。
「今後の犯人の行動について」
それはゆきも怜に相談したかったことだ。
「一緒だ。私もずっと考えて、分からなかったんだ。だから、怜君に相談しようと思ってて・・・」
「君はどう考えた?」
怜が尋ねてきた。
「それが、“火”くらいで全然思いつかないんだ・・・。たぶん違うと思う」
「確かに。“火”だったら、防ぎようがある」
「そうなんだよね・・・。怜君は?」
「金元さんや池辺さんの遺体を見て思ったんだが、犯人は、目的の人物を確実に殺そうとしているみたいだ。金元さんは、何度も刺して、池辺さんは首を一突きだ。そうなると、もし、新たな人物を狙っているのだとしたら、その人物を確実な方法で殺すことを企てていると思う」
「けど、一体どうやって?」
「このコテージには限られたものしかない。俺が見る限りでは、殺傷能力の高い凶器もなくなった。そうなると、殺傷能力の高いものを作ることか、新たに探すことしか出来ないな」
「作ることも出来るの?」
「単に窒息死をさせるなら、お手製のロープをカーテンなどで作れる。これは殺すには少し手間がかかる。
あと、ここにはストーブがあるから、一酸化炭素中毒。これは致死的なものだ。
有名なものでは塩素ガス。塩素系洗剤と塩酸系洗剤を混ぜると発生する。これも致死量は、一酸化炭素ほどではないが、なかなかある。
あとは有毒なガスと知られるクロロアセトフェノンか。これは作るのが難しいから、無理だろう」
ゆきは、怜の引き出しの多さに、感心することしか出来なかった。
つまり、目に見える凶器が無くても、犯人は人を殺すことが出来るのだ。
「それに・・・」
怜が思案するように、静かに言った。
「おそらく、このコテージには、俺たちがまだ、見ていない場所がある」
怜のその言葉に、ゆきは息をのんだ。
「スタッフルームに入って気がついたんだ。おそらく、スタッフルームの下には地下がある。絨毯が引いてあるから分かりにくいが、歩いてみると、一箇所だけ足音が軽い音に変わる。めくってみたら、床に小さい扉があった。試しに開けようとしたが、鍵がしまっていた。きっと、ロイさん達使用人が隠したい何かがあるんだろう」
「・・・核シェルターとかかなぁ。非常食をたくさん入れているとか・・・」
「その可能性はある。混乱してしまった人々が非常食を独占してしまうのを恐れたのかもしれない。しかし、キッチンにある食糧庫には食べ物が有り余るぐらいにあふれている。だったら、非常食とは考えにくい」
「そうしたら・・・バレたら、危ないものを隠しているとかかな?」
「そうじゃないか、と考えている。ソールディスさんやマルガリューテさんは、暖炉に入れる薪をどこからか持ってきている。また、俺たちに配っている灯油は、今はロイさんの部屋にあるが、タンクが小さいのに関わらず、尽きることなく皆に配れているのが不思議だ」
「大量の灯油や薪が、地下に隠されている・・・?薪があるとすれば、斧もある可能性があるね」
「そうだ。さっき、ゆきも行っていた“火”に関わる可能性のある危険物や、斧などといった鋭利な物、または工具などもあるかもしれない。もしかしたら、それ以上の危険物もあるかもしれない。そんなものが隠されていたら、今後の犯人の行動は計り知ることが出来ない」
「・・・つまり、私達が出来ることは、些細な変化でも見逃さずいること」
「そうだ。そして、些細な変化に気付いたら、そこから次はどうなるか予測して、備えなければならない」
「・・・些細な変化に気付くことが出来たらいいね」
「地下の隠し部屋に何か異変があったら、ソールディスさんやマルガリューテさんはきっと教えてくれるだろう。俺たちが指摘したら、隠し部屋のことを周囲に露見させてしまい、犯人に知られてしまう可能性もある。もしかしたら、既に気付いているかもしれないから、なんともいえないが・・・。それで、君にも話しておきたかったんだ。俺が見落としたものを君が見つけてくれる可能性があるからな」
「そっか。ありがとう。見つけられたらいいけど・・・。そもそもなにもなければいいね」
「ああ。杞憂に終わればいいな」
「本当に、そう思う」
ゆきと怜は同じタイミングでため息をつく。
しかし、もちろん、なにもないはずがなかった。




