側に居て欲しいが言えない
「下校チャイム鳴ったから、帰ろっか。」
歌穂に促され、仁志は教科書をしまう。西日の強い夕方、静まり返った教室にチャイムだけが響く。
「まぶしいけど、カーテンは開けて帰らないと。」といいつつ、彼女は窓へと向かう。
「わぁ、もみじも紅くなってきたね。」
カーテンを開けると、一面のもみじが色づいていた。夕焼け空と合わさって、余計に紅く見える。
「これが見られるのも、今年で最後か」
夕日色に染まった机にガタガタと椅子を入れる。
「今回のテスト、だいぶ差をつけられちゃった。」
そう言うと、彼女は窓のサッシに手を伸ばしながら、ふわりと笑った。
「まぁ、模試だし。本番で点取ればいいんじゃ。」
肌寒い風が頬をすりぬける。秋風に揺れるロングヘアーが彼女に影を落とす。彼女はこちらを見ない。
「小さい頃からずっと勉強教えてたのになー」
「細かいことはよくね?」
「なんだか、仁志遠いところにいっちゃったね。」
不意に振り返った彼女は、弱弱しい笑顔で自分を見つめた。
歌穂と自分の志望校は違う。9年一緒にいた幼馴染みが来年から隣にいないのは、想像がつかない。
彼女の頬が夕日色に染まる。ずっと側にいたはずの幼馴染みは、思っていたより大人になっていた。
「なぁ。」
そんな寂しいこと、言うな。お前が近くて見えない。でも、お前と離れたくない。気持ちだけがはやる。
「がんばろうな。」
喉から絞った言葉。伝えたいのは、この言葉のずっと奥。
側に居て欲しいが言えない。