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STEP.14 あんまり派手に勝つな

入厩から数か月が経ち、ムゲンテイオーはいよいよデビューを控える形になった。



トウカイテイオー最後の仔と言う見出しで、競馬新聞にも載ったのだが…端っこも端っこ、ほんの十行ぐらいの簡単なものであった。



「失礼しちゃいますよね、この仔はものすごい馬なのに、こんな扱いなんて…」



ムゲンテイオーの担当となった、馬橋(まばし)沙良(さら)調教助手が言う。



まだまだ競馬サークルには人口の少ない女性の調教助手だ。



「…言わせておけばええんや。関東の…パフェだかなんだかを考えてみい。気は楽やで」



日陰にパイプ椅子を立てて座る関西弁の男、羽柴(はしば)栄太郎(えいたろう)



この男が、ムゲンテイオーの調教師である。



他には二年前のセリで落とされたディープスカイ産駒の栗毛牝馬パンプキンシュガー、それからヴィクトワールピサ産駒で黒鹿毛の牡馬ノワール、ムゲンテイオーを含めると竹取の馬だけで三頭を管理している。



「『パルフェヴェリテ』ですよ、先生…もう、管理馬以外の新馬にはあんまり興味を示さないんですから…」



沙良が呆れたように言った。



話に出てきた「パルフェヴェリテ」とは、あの当歳セールで三億の値で落札されたミスボブキャットの2014のことである。



それぞれフランス語で「パルフェ」が完全、「ヴェリテ」は真実を現し、明らかに凱旋門賞を意識した名前であった。



福達磨グループにしては珍しく洒落た名前だと賛否両論が飛び交っている。



余談だが某大型ネット掲示板での呼び名が「パフェ」だ。



その「パフェ」自体がパルフェという言葉に由来しているのだそうでややこしい。




そんなパルフェヴェリテはミスボブキャットの本邦初入厩、そして三億円馬とのことで入厩も大きく取り上げられた。



「注目の新馬!『完璧なる真実』パルフェヴェリテ入厩」などと高らかに謳う雑誌もあった。



「なぁにどんだけ注目されとったって走らん馬は走らん。こっちはこっちでやればいいんや」



「はぁ…」




沙良はマイペースな栄太郎に、ため息をついた。



そんなある日、ムゲンテイオーの調教中。



沙良を乗せて軽く流しているムゲンテイオーに迫る人馬が。



「よっ、沙良チャン、ソイツが自慢の新馬か?」



同じ羽柴厩舎所属の助手だ。



声を掛けられ、沙良はムゲンテイオーの背中で振り返る。



「はい!ムゲンテイオーって言います、トウカイテイオーの最後の仔だそうです」



「トウカイ…?ほぉ、珍しいなぁ。ほな、それじゃ一回併せよか?」



「併せるか…ってええ!?そっちの馬は古馬で、しかも重賞ウイナーじゃないですか!?」



「先生の指示やねん無茶やと思うんやけどなぁ」



「先生の…?もう!あの人は何考えてるのかさっぱりわからないわ!仕方ないわね、じゃあそこのハロン棒からゴールまでお互い併せましょ」



「了解や」



栄太郎の指示により、ムゲンテイオーは古馬重賞ウイナーと併せられることに。


デリケートなところもある新馬に力の差が歴然としている古馬を併せて何が得られるのか。



そう思っていた二人の助手は、目を丸くした。



もう一度言うが併せている相手は古馬、しかも重賞ウイナーである。



ムゲンテイオーはそれを抜かせまいと食い下がり、沙良のゲキに応えて一馬身程抜け出した所がゴールと仮定した所であった。



「嘘…!?」


「ぐはー、なんやねんあの新馬、こいつを負かしおった…!」



「やっぱり、大物やな」



それを双眼鏡で見ていた栄太郎は、納得したように頷いた。




その後、ムゲンテイオーのデビュー戦は9月の阪神開幕週、芝1600mの新馬戦に決まる。



暑さ真っ盛りの中を走ることはないという、栄太郎の配慮と自信の決断だった。



そしてデビュー戦当日。



育も生産者として阪神競馬場を訪れ、パドックを周回するムゲンテイオーを見守っていた。



「あー、体調くずしてないかな、緊張してないかな、下痢してないかな…」



これでもかと心配する育。



「アッハッハ!万馬さん、その心配、他の馬に回さんと!」


栄太郎は育に「何も心配することはない」と笑って言った。



そして、ムゲンテイオーと共に周回する沙良は、今最も近くにいる者として、ただならぬ気配を感じ取っていた。



「(…この仔、すごい。初めて走る場所なのに全然緊張してない。むしろ私が緊張してるくらいなのに…)」



ふと、ムゲンテイオーは掲示板を見る。



自らの馬番、「4」が表示されている所の数字は「2.7」。



意味はわからなかったが、とりあえず回りの人間が自分の後ろ、「5」で「2.1」の馬を見ていることは分かる。



「ブルル」



ムゲンテイオーは、さもつまらなさそうに鼻を鳴らした。



「とまーれー!騎乗ー!」



パドックに響く号令で厩務員や調教助手たちは馬を止め、騎手とつかの間の談話をする。



ムゲンテイオーの背に跨がったのは、ベテランジョッキー、海堂(かいどう)駿介(しゅんすけ)



彼は、実力はあるが人脈はない、本当にいい馬が回ってこないというタチの騎手だった。



主な原因は、



「海堂さん、よろしくお願いしますね」



「………頑張る」



この、独特すぎる間と喋りであった。



そして馬場入り、返し馬を経てゲートイン。



今正に、十二頭の新馬が、初めての栄光をかけて争おうとしている。



メイクデビュー阪神 出馬表


馬番 馬名

性齢 父馬


一番 マインハーツ

牝2 ハーツクライ


二番 オオクラダイジン

牡2 ファルブラヴ


三番 レッドリーフ

牡2 キングカメハメハ


四番 ムゲンテイオー

牡2 トウカイテイオー


五番 ファインストローク

牡2 ディープインパクト


六番 ウイングフォース

牡2 タイキシャトル


七番 ○外グランハーミット

牝2 Sea The Stars


八番 リアルファイト

牡2 ディープインパクト



九番 ハイパーフォルテ

牡2 メイショウサムソン


十番 パカパカキッド

牡2 フレンチデピュティ


十一番 サンライトダンサー

牝2 キンシャサノキセキ


十二番 オカツ

牝2 ネオユニヴァース



「…以上十二頭、一番人気は五番ディープインパクトの仔ファインストローク。続く二番人気がトウカイテイオー最後の仔ムゲンテイオーです」



「体制整って…スタートしましたっ、全馬発走、出遅れはありません」



「まず飛び出していきますのはタイキシャトルの仔ウイングフォース。その後ろに付けるように二番手レッドリーフこれはキンカメの仔、その内に十番パカパカキッド、フレンチデピュティ産駒」



「四番手やや外を通ってサンライトダンサー、一馬身ほど開いてここにファインストローク。デビューの走りはファインかバッドか。半馬身ほどのところにぴったりとグランハーミット○外馬。外を回るのがマインハーツ。八番手、中団に付けましたテイオー最後の仔ムゲンテイオー。続くのがオオクラダイジン、父としても頑張りたいファルブラヴの産駒です。その後ろで外から順にハイパーフォルテ、リアルファイト、オカツが並んでこれで十二頭全部先頭に戻りましょう」



「ウイングフォース。ウイングフォースが逃げています、二番手変わらずレッドリーフ。さあ800を切りました、ここからどんどんペースが上がっていきます!後方三頭は早くも追い出したか!先頭ウイングフォース頑張る!頑張りたいウイングフォース!しかしレッドリーフ!いや外から後方勢が一気に来る!ファインストローク!オオクラダイジン!更に外からはムゲンテイオーだあー!」




「ムゲン…?行けるか…?」



「ヴルッ」



「…!よし…!行けっ…!」



直線に入り、各馬に鞭が飛ぶ。



「頑張れ」、「もう一息だ」。



そんな励ましの意もこもったゲキに応えられない者は、ただ下がって行く。



だから、その逆、応えられる者は―。




「来ました!ファインストローク!ファインストロークですファインです!今日の走りは合格点!ファインっ、ファインだ!…いやっ、残り200を切って外から鹿毛色の弾丸が一つ!…ムゲンテイオーぉぉぉぉぉっ!」



先行押しきりを狙うファインストローク。



それを外から交わさんとするムゲンテイオー。



「並んだ!並んだ!二頭だ!優勝争いは一、二番人気!ファインストロークかムゲンテイオーか!残り100!…50!」




「…ムゲン、もうちょい速く、だ」



ひゅっ。



ムゲンテイオーの視界の片隅に、黒くて細長い物体。



見せ鞭。



海堂の指示。



「…ッ!」



だからムゲンテイオーは、少しだけ加速した。



そして。



「…ゴールっ!抜け出した抜け出した!ムゲンテイオー、丁度最後に踏ん張って、抜け出した所がゴール板でした!勝ちましたのはムゲンテイオー、まず一勝、偉大な父に追い付かんとまず一歩です!」



「…踏ん張った?違う、『少しだけ速く』走ってもらっただけ……。」



「ヴルヴル」



誰にも聞こえない、海堂の呟きを肯定するように鳴くムゲンテイオー。



その頃。



「な、なーんも問題あらへんかったやろ?」



馬主席では、栄太郎がケラケラと笑いながら育に勝利を誇っていた。



「…羽柴さん!止めてくださいよ、あんな条件で勝たせるなんて…」


育はムゲンテイオーの勝利に安堵した瞬間、栄太郎のある意味恐ろしい策略に震えた。



「あんまり派手に勝つな」。



かのディープインパクトに出されたのと、全く同じ指示である。



「いやなー、どんな調教師だって管理馬が注目されるのは嬉しいけどな、あまりにもズームアップされたらされたで辛いんやこれが。だからムゲンテイオーと海堂には失礼やけど、ちぃと力を抑えてもらったんや、あまり注目されんようにな」



つまりは、悪目立ちしたくないということだ。



「それにしても…勝てたからよかったですけど…負けたらどうするつもりだったんですか…」


「お?負けたら?…うーん、負ける気がせぇへんかったから、考えとらんかったわアッハッハ!」



「…もうやだこの人、心臓に悪い」



こうしてムゲンテイオーはトンデモ調教師、羽柴栄太郎の下無事に一勝を挙げたのであった。



そしてその数週間後。



「うわーっ!パルフェヴェリテ大差勝ちーっ!」



「注目の新馬」パルフェヴェリテが、日本競馬史に残る20馬身もの大量リードを保って新馬戦に勝利したのであった。

登場馬整頓 File1


ムゲンテイオー


牡2 鹿毛(四白流星)

脚質・差し(2016年9月時点)


父トウカイテイオー

母リトルパラダイス

母父オグリキャップ


戦績 1戦1勝(2016年9月時点)



父トウカイテイオーのラストクロップとして生を授かった牡馬。


額の流星や毛色、柵を飛び越えるなどトウカイテイオーを彷彿とさせる面がいくつもある。


最大の特長は生まれながらに発揮している「賢さ」。



血統からは考えられない程の能力を内包している…?

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