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STEP.10 電波馬主、登場

終盤で登場する馬主のキャラがアレな気もしますが、ご了承ください(笑)

ある日のドリームメイク牧場。



「いってらっしゃい!オーナー!」



スタッフたちが馬運車に乗り込んだ育に声を掛けていた。



「うん、行ってくる!留守は頼んだよ!」



「はい!」



育の言葉にしっかりとした返事が返ってくる。



「それじゃあ行ってきまーす!」



馬運車の巨体を支えるタイヤが、じゃりじゃりと音を立てながら、牧場の敷地から道路に出た。



「…いざ、繁殖牝馬セールに、レッツゴー!」



…全ては、リトルパラダイスと共に繋養する繁殖牝馬セールに出掛けるためであった。



「(300万でも、200万でもいい。とにかく仲良くしてくれそうな若い牝馬にしよう)」



今回の目的は繁殖牝馬の数を増やすことではなく、リトルパラダイスの友達候補を連れてくることだ。



馬同士の相性と言うものがあるが、やはり気性の良い牝馬にしておかなければ、リトルパラダイスのような穏やかで大人しい馬は大概が「群れ」の下の方。



稀に馬にたいしては気の強い個体もいるが、リトルパラダイスがそうだとは到底思えなかった。



求めているのはあくまで「主従」ではなく「友達」。



いくら血統が良くても、身重のリトルパラダイスをケガさせられたら、気分の良いものではない。



そう言う意味で穏やかな牝馬にしよう、と決めたのだ。



今回のセールの日程は三日間。



繁殖牝馬と当歳のセールが合併しており、一日目は下見、二日目は当歳、三日目が繁殖牝馬のセールだ。



「まずは…安くて優しそうな仔を探さないとね」





セール会場に着くと、既に生産者や馬主たちが集まっていて、下見が始まるのを今か今かと待っていた。



「ひゃあ、やっぱ凄いねー、セールは。小さいときに来たっきりだったからなあ」



周りをキョロキョロ見渡しながら、育はその規模の大きさに呆気にとられていた。



「オーナー、恥ずかしいです、子供じゃないんですから」



「あ、ごめんごめん」



一緒に着いてきたスタッフに指摘され、育は照れ笑いをした後、出場された馬が出てくるであろう場所を見据えながら待つ。



大規模なこともあって、ここのスタイルは全ての馬主や生産者が平等に馬を見られるように、人が壁を作ったその中を馬がパレードの様に引かれていく。



その後気になった馬のところへ行き、よく考えるのだ。



中には離乳が済んでいないのに親子揃って登録されている強者の馬も居り、その場合事実上見ることの出来る時間は半分。



全ての馬を見切ることなど出来ないのだから、正に直感と相馬眼が試される。



やがて規定の時間となった頃、一頭、また一頭と出場された馬たちが姿を現す。



と、とある良血馬が姿を現し、会場がどよめいた。



ミスボブキャット。


Storm Cat産駒のアメリカ産馬だ。競走馬としてはケンタッキーオークスを制している。



今年の春、初子である父ディープインパクトの一歳牡馬がヨーロッパに送られたことでも話題をさらっていた。



今年は出産の遅れにより空胎、当歳はまだ乳離れしていない。



その仔は青鹿毛の牡馬。父親は兄と同じくディープインパクト。毛色だけならば祖父に似てないでもない。



登録はこの当歳のみだが、馬主たちだけでなく、生産者も母親の方を一目見たいと目を光らせていたのだ。



だが。



その視線はあっという間に仔馬に移る。



「ヒュルルル」



なんと大衆の前で臆することなく、母に乳をねだったのだ。



勿論彼はこの地を訪れたことは無く、かえって母親のミスボブキャットの方が固まっているような感じに見える。



「おいおいマジかよ」



「度胸のあるとねだな」



そして、乳を飲み終えた仔馬は、なにかを伝えるようにじいっと観衆を見つめた。



その額には夜空の金星のような、小さく、はっきりとした父譲りの星が。



人々は息をのみ、確信した。



「この子が三年後のクラシックの主役になるだろう」と。



育も一生産者として、その恐ろしいポテンシャルに気圧されたが、どうにもどこかで同じような気配を感じたのだ。



「(うーん、どこだっけ…?まぁいいか、この子に並ぶ馬なんてそうそう居ないと思うし…)」



気のせいだろう、と思うことにする。



そして本来の目的に戻って、安価で購入出来そうな温厚な牝馬を探す。



そして、長い長い馬たちのパレードが終わった時、育は幾つか見当をつけていた。



「(三頭…かな)」



一頭目は最初の方に出てきたマイスタイル。クロフネ産駒の六歳馬。



リトルパラダイスと同じ芦毛で、係員の指示に素直に従っているのに好感を持った。母父がサンデーサイレンスなのが気に入らないが、仕方ない。



二頭目はポップアップリリー。



父グラスワンダーの八歳の鹿毛馬。母父トニービンと一昔前の血統構成だが、左回り、つまり東京を得意としたトニービンの仔との配合だから納得である。



気性も悪くはない、という感じであった。



三頭目、最後の候補はプレゼントローズ。ロサード産駒の黒鹿毛。



母方がこれといった活躍馬を出していない、普通なら祖母の代に遡れば何かしらの活躍馬はいるはずなのだが、一切それがない。



リトルパラダイスの変化球バージョンといったところだろうか。



気性も穏便、むしろ気が弱すぎるぐらいで、顔を係員の背中にぴったりつけていた。



可愛らしいが、競走馬の母親としては…どうなんだと言ったところ。



そうして三頭を見終わった後、育たちはシティホテルに泊まり、一夜を明かした。




セール二日目。



育は興味本意であのミスボブキャットの仔が幾らで売れるのか見届けようと会場を訪れていた。



事実上の冷やかしである。



やはり父ディープインパクトの産駒は皆が皆売れていき、その血の価値を再認識せずにはいられない。



そして、ミスボブキャットと仔馬が姿を現した瞬間。



「―!」



会場の雰囲気が一瞬にしてヒリつく。



あの仔を狙う馬主にとって、同じ企みをもつ相手は全てライバルなのだ。


「ミスボブキャットの2014、父ディープインパクトの青鹿毛の牡馬、母はケンタッキーオークスの勝ち馬です。お台は…5000万から!」



その瞬間、我先にとセリ声が飛び交う。


6000万、8000万、飛んで1億という声も飛び出す。



育はそのあまりの勢いに引いていた。



生産者ながら、「馬一頭にここまで出すか!?」という驚きがあったからだ。



セリにかけられたドリームメイク牧場の生産馬で、知る限りの最高額は7000万。確かトニービン産駒だったよな、と思い出していた。



無論今はその殆どが経営費等に消えている。



ところが目の前の仔馬はあっという間にそれを上回る値段に。



とうとう2億の声も上がり、育は「どんだけ金持ってんだよ!」とツッコミたい気分だった。




やっとベルが鳴った瞬間、掲示板に上がっていた額は、30000万…3億!



「ひぇぇ~…」



悠々と去っていく親子を見ながら、育はただただ、感服するしかなかった。



「ガッハッハ!やったぞ!」



喜びの声を上げていたのは、会社ぐるみで馬主の、福達磨(ふくだるま)の代表。



お金や、縁起物といった名前を付けることで有名な馬主である。



だが、評判の高い馬を無茶苦茶なローテーションで駄目にしてしまうことでも有名であり、育は仔馬の安寧を願った。



結局その日のセールでそれ以上の高額馬が飛び出すことなく、登録馬81頭中50頭が買い取られてお開き。



育もまた会場を後にしていたのだが…。



「うむむ…分からん、分からんぞ…」



出口の脇に、何やら唸りながらブツブツと呟いている男がいた。



「うわ、変な人だ…」



あまりかかわり合いにならない方が良いだろうと、育が華麗なスルーで素通りしようとしたときだった。



「ん?おお、そこの青年。ちょっといいか?」



「げっ」



丁度顔を挙げた男の目に止まってしまった。



どうせなら馬主の目に止まってくれれば良かったのに。



あり得ないや。思考を切り替え、育は「何ですか」と男に応えた。



「いや、今日私は二頭当歳を落札したんだが、どっちもイマイチパンチがないんだ」



「はぁ…ってあなた馬主何ですか!?」



男のセリフに驚き、それを指摘すると男はむっとしながら言った。



「失礼だな。私はれっきとした馬主だ。名前は竹取(たけとり)(おきな)。まあ馬主としてはなりたてだが」



「成る程…失礼しました」



だって服装変なんだもん。目の下にクマがあるんだもん。



色々突っ込み所満載の馬主、竹取に育は半分疑心を持っていた。



馬主資格を持っていなければ警察を呼ばれて馬ではなく彼が輸送されていただろう。



「で、だ。さっき言った通り私は当歳を買ったが、イマイチパンチが無い。だからビビっと来るような馬を探しているんだが…心当たりはないか」



「ビビっと…と言われましても、その、竹取さんの馬に対するこだわり、というか好みがはっきりしてないとどうにも…」



「む、そうだな。例えば、ディープインパクトの馬主は彼の瞳を見て走ることを確信したと言う。そんな風に…血統でなく、何か直感で名馬だと分かるような馬に出会いたいのだ」



何言ってるんだこいつ。



育の第一印象はそれだった。



「何ですかそれ…冗談ですよね?」



まさか素でこんなことを言うわけが…。



「いや、本気だ。バリバリっと…。雷に打たれたような感覚に襲われるような馬に会いたい」



本気で言っていた。



「あのですねえ…ディープインパクトは数十年に一度の名馬ですよ。あんな馬、そう簡単に見つかりませんって」



というかそんなにいてたまるか、と言うのが率直な意見。



「馬体や体つきなんかからこうだろうな~っていう検討はついても、どのくらい走るかは走ってみるまで分かりません」



「いや。分かる奴には分かる。だったら何故ディープインパクトの馬主は彼の能力を見抜けたんだ?」



「長年の勘…じゃないですかね」



育の真摯な意見に、竹取は待ってましたと言わんばかりにこう答える。



「ならば!幼き日より馬という馬を見尽くした私にも分かるはずだ!名馬と言うものが!」



「幼き…?って、ああっ!まさか、竹取って…幾多の名馬を所有していた大馬主、竹取神楽(かぐら)の!?」



「うむ。よく知ってるな!その通りだ」



なんてこった。変人だと思ったら一世を風靡した大馬主の子息でした。



言っていることはアレだが。



まあボンボン特有の「何か」と言っておこう。



ボンボンは金の使い方を間違えて家ごと潰すものも、更に家を繁栄させていく利口もいる。



あんぐりしながらも、育は竹取の技量を計るため初歩的な質問を投げ掛けてみる。



「あの、竹取さん、馬の部位で…「トモ」ってどこだか分かります?」



「トモ?うーん………………」



「…駄目だこりゃ」



育は大きくため息を付き、呆れた。



馬に対する知識も無しに馬主になれたとは。



結局その日は深夜までどっぷりと竹取に競馬や馬の基礎知識を叩き込むことに費やされたのだった。

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