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プロローグ ―交錯―

 暗い路上に一人の男が倒れていた。荒く繰り返されていた息は既に弱々しくなり、揺らぐ蝋の炎のように頼りげがない。雨に混じり吹き付ける風が黒髪を撫でるも、彼は動くことさえできなかった。辺りには血。鮮血に染まった水溜まりは街灯に照らし出され、灰色の路地に唯一の色を与えている。

「ま、ま、も……」

 男の口からはうわごとのように声が漏れ出ていた。しかしそれは壊れた笛のような歪な音しかなさず、傍に人がいたとしても聞き取れるものではない。また強い雨音がさらにそれをかき消していた。

「遅かったか!?」

 そこへ駆け寄る青年の姿があった。雨よけのためか目深にかぶったフードからは、深い青の瞳がかすかに覗いている。倒れた男の傍に膝をつくと、青年はその脈を取った。不自然な痙攣を起こした腕からは、赤い血が今も流れ出している。

「まさかこちらを先に狙うとはな」

 心底悔しげな青年の声が、人気のない路上に染み渡っていった。叩き付けるような雨が二人をさらに濡らしていく。元が何色だったかわからないほど紅く染まった男の服は、既にかなり冷たくなっていた。それを確認して青年は顔をしかめる。

「もう、間に合わないな」

 男へとかざした手を地面につき、青年はうなだれた。それでもまだ男のうわごとは続いている。遺言か何かかとそれに耳を傾け、青年は息を潜めた。

「ま、ま、まも、まも、の、こ、こ、ま」

「魔物、か?」

 かすかに聞き取れる単語を繰り返してみたが、男が答えを返すことはなかった。ただ同じ言葉だけを繰り返すその眼差しは、重苦しい空をぼんやりと見つめるだけだ。いや、既にその視線も定まっていない。黒い瞳はもう、どこも見てはいなかった。

「ま、まも……」

 青年は軽く首を横に振ると、男の傷を確認した。あちこちに何かで斬られた跡が見受けられるが、致命傷となったのは切り裂かれた腹だろう。だが剣で斬られたにしては傷口の形がいびつで、かといって突き刺されたにしては広範囲だった。不定の刃のようなもので切り払われたのだろう。『技』によるものとしか考えられなかった。

「ん?」

 そこで男が何か握りしめているのを、青年は見つけだした。硬く握られた左手の中から銀の鎖が飛び出している。その手をゆっくりと開かせてみれば、握られていたのはペンダントだった。表面に紋章の掘られたそれは、一目で高価な物だとわかる精緻さだ。

「ファミィール家の紋章か」

 つぶやいて青年は苦笑した。最後までこれを手放さなかったのは意地なのか何なのか。けれどもそれが今この場にあることは、青年には好都合だった。それをそっと手にとってみれば中が開く構造になっており、そこにはファミィール家の者たちらしき姿が、小さいながらも描き出されている。

「もう暗がりにはいられないということか」

 青年は瞳を細めた。男の息は既に聞こえない程で、触れてかすかにわかる程度にしか胸が上下していなかった。うわごとはいつの間にか止んでいる。もう、二度と声を発することはないだろう。青年は男に向かって深く頭を垂れると、瞳を固く閉じた。

 雨が止む気配はない。強く吹く風が青年の衣服を揺らし、フードをはためかせた。青年は俯いたまま、強くペンダントを握りしめていた。



 そして偽りに彩られた舞曲が始まる。

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