大祭1日前:裏切り(2)
城中が今や戦地になり、戦っている兵士の怒声が響き渡っている最中。この状況を表すに相応しい言葉と言ったら、"大混乱"が相応しいだろう。
しかし、大混乱な状況の中でも、この空間だけは静かだった。
ユタカは円形の部屋に足を踏み入れる。部屋に設置してある唯一の窓辺に佇み、下界を観察する神のように外の騒々しい現状を眺めているシャーハットの方へ歩み寄る。
「閣下。城を脱出する準備を」
「形成逆転だな。ユーロ国一の知識を持ち"賢者"とも評されるソナタの知恵は、ズル賢さにおいてはずば抜けるアヤツには劣るのかね?」
その場にひざまつき、シャーハットの水面のような怒りを受け止める。
「軍師における才能は、私を超える場面があります。本来ならば王は、国よりも"賢者の石"を優先的に考えて行動をするもの。私もまさか、"賢者の石"を守ることを重点的に考え行動するよりも、国を守ることを重点に置いて行動したことに驚いてます」
「"賢者の石"それは、国よりも大切な世界よりも重い貴重な代物だからな。小娘は、それをわかっていないのか? それとも――」
「いいえ、十分わかっているでしょう。勝つ勝算があるからこそ、城の奪還を目指したのでしょう」
シャーハットに顔色を伺われないように、意図的に目線を下に下ろす。
羅愛が城の奪還に走る確率は、高いであろうと予測もしていた。羅愛の性格上血が頭に上り易いとよく知っている、惚れた相手に裏切られ血が上り間違った行動に出るという分析からだ。
もし、羅愛が冷静ならば、城の奪還という行動には走らない。自分の立場を考えれば、"賢者の石"を守ることに全力を注いでいただろう。
ユタカは後悔していた。
爪が甘かったのだ。
城の奪還を選択したならば、復讐心から出た行動だろうと思って甘く見ていたのだ。
復讐心から出た行動ならば、感情だけで突き進む行動に出ると思ったのだ。だが、ヤケや復讐心から間違った選択として城奪還に出たわけでもなく、冷静になり考えた上での城奪還なのだ。
まぁ、ユタカにとっては、どちらでもよかった。
「城を手放しますか? それとも、降参いたしましょうか?」
感情の灯ってない声で、次の指示を伺う。
「奴らに降参されれば、お前も困るだろう。城を手放すという選択は、ある意味現実的であり効率的だ。そう、最初からすればよかったのだ。最初から」
後半の台詞は独り言のように呟く。
シャーハットの手には、スイッチが握られていた。
「閣下? それは――」
この状況でのスイッチというと、火器の類だ。
「本当の策士は、最悪な状況も予測しとくものなのだ。お前の失敗は、自分の頭の出来の良さを過剰に自身を持ち、最悪な出来事に備えてこなかったということだ。お前達が頼りないから、ワシが自ら城を倒壊する量の爆弾を設置したのだよ」
「それで、自爆でもするおつもりでしょうか?」
城が倒壊するならば、ここも危ないのではないか?
ユタカは、怪訝に思い問う。
「あぁ、まだ教えてなかったな。この塔は、内密に建物の強度を上げたのだ。城は爆発により倒壊するが、この塔にいる限り我々は安全だ」
ユタカは肩をすくめた。
反王政派の傘下に入った時からシャーハットには尽くしてきたつもりだったが、シャーハットには完全に信頼されてなかったらしい。
無理もない。
だって、自分は――
「その爆弾ですが、かなりの個数を設置なさってますね」
ユタカは立ち上がると、自分のポケットから黒い小さな長方形のプラスチックの塊を取り出す。
数は10個。
他にも沢山あったのだが、ユタカが一度に持てる数を超えていたために勝手に処理をした。
「な、なに!?」
シャーハットは唖然とし、スイッチを手から取り落としそうになった。
ユタカは、シャーハットが取り落としそうになったスイッチを自然に受け止め、シャーハットに握らせる。
妖艶な笑みを浮かべて、シャーハットを見つめる。
「さて、閣下に問題です。この塔は強度が上がったと言いますが、内側から爆発させるとどうなるのでしょうか? 1、中側だけ惨劇状態になり外側は無傷。2、塔全体が崩壊。3、塔も城も崩壊。4、爆発させようと思ったが、思いとどまった。さて、どれでしょうね? 自分としましては、4をオススメ致します。どちらにしろ、内側から爆発させたのならば自分達は文字通り自爆になりますからね」
「ユタカ、貴様っ!」
顔を真っ赤にさせて、シャーハットはユタカを酷い形相で睨んでいる。
だが、ユタカはその表情に屈しない。
「スイッチ、押せなくなりましたか? 押せないようでしたら、こちらに渡していただきましょう」
腰に下げてある剣を抜きシャーハットの喉元に当てながら、要求をする。
シャーハットは悔しそうに、爆弾を爆発させないため恐る恐るスイッチを渡してくる。
「この、裏切り者めがっ」
負け犬の遠吠え、という言葉が東の島国であった。
今のシャーハットにぴったりだ、とユタカは内心ほくそ笑んだ。
「お言葉ですが、裏切り者という意味をご存知ないようなので訂正いたします。裏切り者というのは、敵に内通して、主人または味方にそむく行為をした者のことであります。この意味から自分の事を考えると、残念ながら裏切り者とは言えません」
渡されたスイッチを手で弄び、爆弾を床に放り投げる。
「おい! 万が一爆発したら、どうするのだ!」
意図的に相手を誘う笑みを浮かべて、シャーハットを見る。
「万が一爆発したならば、一緒に死ぬしかないですね」
「うっ」
シャーハットが先程とは違う意味で、顔を赤く染めて言葉を詰まらせている。
「なんて、冗談ですよ。冗談」
遊ばれていると感づいて、シャーハットはますます顔を赤く染めて睨む。
「年寄りをコケにしよって! お前は、結局は小娘のスパイか?」
そのような解釈に持ってきたか。
ユタカは笑った。手で弄んでいたスイッチをミシッと握りつぶし、床に落ちていた爆弾を踏み潰しながら。
「あー、おかしい。結局のところ、閣下は第三の敵の存在を考えなかったという事か。他人の策略に難癖つけるけど、閣下も十分策略が甘いと思いますが」
何回も何回も、爆弾を踏み潰していたので足の裏が痛くなってきた。爆弾はすっかり粉砕し、プラスチック粉末へと様代わりしている。
「お、おい、それは処理済みか?」
シャーハットの額にびっしょりと汗が浮かんでいる。
爆発しないか、気が気ではなかったのだろう。
「もちろん、処理済ですから行っている行動でありますけど? 今更ですね。自分が、貴方と一緒に心中するとでもお思いですか?」
「人を小馬鹿にしやがって」
シャーハットは、それはそれは悔しそうな顔でユタカを睨む。
あんなに偉そうにしていた人物が、今ではオドオドしたり悔しそうな表情を浮び上がらせてみたり、かと思うと顔を赤くしたりと、百面相の如く表情がコロコロ変わる。それが、ユタカにはおかしくておかしくて堪らなかった。今まで受けたストレス要因の一人であるならば、なお更だ。
「貴方に加担して王政をひっくり返す事に成功した後、貴方を殺害して取って変わろうとしてました」
ユタカは、目の前の人物が想像できなかっただろう真実を告白する。
「ですが、それもこれまでです。思っていた程、たいしたことなかったですね」
剣を再びシャーハットへと向けると、サービスで微笑んで言ってやる。
「後で殺害しようが今殺害しようが、どーせ同じなのですよね。役立たずのご老体は幕引きの時間が迫ってきましたよ。さぁさぁ、俺の剣で死にやがれ」
シャーハットは腰に下げている自分の獲物に手をやっているが、剣とシャーハットの首はわずかな距離しかない。よって、シャーハットには勝ち目がなかった。
ユタカは勝利を確信したが――
カキィィィィ――ン
剣から予定外の感触が伝わってきた。
剣が硬い物に接触した音が響き渡り、ユタカの腕が痺れがやってきたて思わず剣を落としてしまった。
「なっ、人造人間だと?」
今度はユタカが驚く番だった。
シャーハットの背中から突き出た2本の長い腕、まるで羽のように生えている。
腕と言ったが、その腕の性質は硬化物質出来ている。その事は、剣と交わったときの感触で瞬時にわかったことだ。
リアルな腕に見えても、本当の腕ではない。
人造人間――またの名を機械化人間。
人工の身体部位をつけた人間のことだ。本来の目的は、事故による身体部位の切断や不機能になった人に、代用のモノを付け加えるためのもの。しかし、本来の目的とはだいぶ離れた利用する輩がいると聞いている。
今、目の前にいる人物は後半の人間だ。
腕が沢山増やせば仕事がはかどるだろうと、思って腕を付け加えた例を知っている。
しかし、シャーハットの場合はそんな平和的な理由ではなさそうだ。
「非常に物騒な身体の構造をしている。まるで、化け物だ」
「こういう事態に置かれた時、大変助けられるのでな」
ユタカはシャーハットの様子を伺う。
長い人工の腕により、シャーハットとの間合いは遠くなる。なおかつ、2本腕が生えたことにより隙が少ない。
「まだまだ、あるぞ」
嫌な気配がした。
ベキパキッと、硬い殻を突き破るような音を鳴り響かせ、背中から腕がもう2本生えてきたのだ。
そして、勢いよくユタカに腕が伸びてくる。
その腕を逃れるために後ろへ跳び下るが、腕はどこまでも伸びてユタカを追う。まるで、猛スピードで成長する植物のようだ。
「しまった……」
ユタカの片足が掴まれた。
迫り来る2本の対応に精一杯だったため、もう2本の人工物の腕がユタカの死角から迫り来ることに気付かなかったのだ。
そのまま片足を掴まれ、床に叩きつけられた。そして、人工の両手がユタカの首を締め上げる。
「くっ……」
思っていた以上の握力で締め上げられる。
「どうだ? 勝利が目の前に来た時に叩きつけられた敗北の味は」
酸欠が先か? それとも喉を握り潰されて死ぬ方が先か? 酸素が足りないのに、何故かユタカは冷静にそんなことを考えられた。
「歯向かってきた輩を蚊のように潰す感覚は毎度堪らない」
シャーハットが何かしゃべり出しているが、今更持ってシャーハットに注目する気にもなれない。
ふっと、窓を見た。
窓は相変わらずの憎憎しい程の青空だった。あぁ、最後くらい自分にあった心境の天気であればいいのに――と思っていた時だった。
窓に暗い影がかかってきて、何かが降って来る気配がする。
「切り札であるこの身体を披露した時の驚く表情。その後の勝てないと思った時の絶望感、そして――」
ガシャ――ン
シャーハットの台詞と重なるように、窓硝子が割れる。
窓硝子の割れた原因を知っているユタカの驚きと唖然とした表情とは裏腹に、シャーハットは怪訝そうな表情で振り向き窓を見やる。
そこには――
「やっほ~、元気? 羅愛・イシュターナ参上っ!」
羅愛がバイクに乗って、高さがかなりある建物の最上階窓を突き破り現れ、きめ台詞を言い放ちポーズを決めていたのだ。




