大祭2日前:地下の秘密
青空は次第に紅を帯びてきて、太陽が銀朱色の輝きを放つ。
銀朱色に輝く光を眩しく感じながら、ラルトは太陽で今の時間帯を推測する。
昼間より影が長く伸びていき、地面を見ると広場業している人々の影が忙しなく動いている。まるで、影絵のようだ。
「もう、そんな時間ですかね」
広場全体を見渡して、今の作業状態を確認する。
広場では夜祭りに向けて、出店がひしめき合うように並んでいる。そして、広場の中心では旅芸人の一座が準備をしている。ここで商売する者達は、この2日間稼ごうと必死だ。夜祭りの意味をわかっている人がいるのかが、疑問に思う。
そもそも夜祭りは、大祭2日前の夜からスタートするから"夜祭り"と呼ばれているのだ。
夜祭りは、大祭で王がお目見えする前に国民全員で祝う場所として、城側が提供している祭りなのだ。決して、商売を必死にする場所ではないはずなのだ。
それもしょうがないのか? 時代が経つにつれ、王という存在は国民にはなくてもいい存在になってきているのだろうか?
ラルト自身はレジスタンスのリーダーなんてやっているが、王の存在は必要不可欠だと思っている。それも、賢く国民の目線で物事を考えてくれる王が必要不可欠だ。
レジスタンスの団体のトップなぞ、したくてしているわけでもない。しかし、王が腐敗し国を駄目にするときこそ、レジスタンスが必要不可欠になってくると思っている。国民の不満を背負い、自らの命を懸けて王に刃を向く。そんな、団体を目指しているのだ。
「ラルト隊長、これはどうします?」
「このあたりの提灯は角度45度のワイヤーを上に引いて、そのワイヤーに引っ掛けるように付けて」
部下に指示を与え、理解できた部下は敬礼して作業に戻る。
ラルトは一回りしてこの広場の状況を確認しようと歩き出したとき、ポケットから何やら落とした感触がして振り返って地面を見る。
「地図か」
一昨日の晩にもらった地図が地面に枯葉のように落ちていた。
地図の紙は古くなり茶色に色が変化し、ボロボロになっている。
「城下町に地下なんて、本当にあるのでしょうかね」
地下の話をされたとき、疑心半疑だった。今も、そう。
地図を見れば、城下町全体の地面の下に地下があることになる。そのような規模で、国民誰も気づいていないのだ。
ラルトは辺りを見渡した。
準備の具合は、ラルトが指示を与えなくても終わりそうな所まで差し掛かっている。
「ちょっと君」
「何でありましょうか?」
「見廻り行ってくるから、何かあれば無線で知らせてくれない?」
「了解しました」
近くの部下に指示を出す。
その指示の出し方が、羅愛軍師長が仕事をサボる時によく使う手法みたいで、ラルトは自己嫌悪に少々陥る。
自分の場合はサボりではないのだから、自己嫌悪に陥らなくてもいいのだが……。
ラルトは地図を広げて、自分がいる位置から一番近い地下の出入り口を探す。すると、広場の近くにある教会の中だった。
「よりによって、教会ですか」
この国は宗教には寛容だが、国で定めている宗教はない。宗教に代わって、この国の初代王を国民は崇めているからだ。
想像上の神よりも、実際に存在して世界のために働いた人物の方がありがたいのだろう。
「何だったかな? 人間というものは、自分を守ってくれなかったり、誤りを質す力もない者に対して、忠誠であることはできない。と述べた、大昔の人物がいたなぁ。神をいくら拝んでも、守ってくれなかったり誤りを質す力もないから、この国の国民は信仰心は薄いのかな」
教会に入るのに罰当たりなことを考える。
石作りの教会を入り、まっすぐ奥に祭壇と十字架があった。
地図を見ると、ラルトよりも背が高い十字架の後ろ側に地下の入り口があるらしい。
誰もいないことを確認し、素早く十字架の裏側へ回る。十字架と壁は人一人分がようやっと入れるスペースがあるだけで、どこかに地下に繋がるような穴はない。
「あれ?」
何か隠し扉があるのか?
おかしな点がないか、目の色を変えて辺りを観察する。すると、壁のレンガ一つが飛び出ていたのを発見できた。
「古典的な仕掛けだなぁ」
そのレンガを押してみる。
すると、人がやっと屈んで中に入れるぐらいの長方形の面積の穴が開く。
「入ったら、閉じ込められるとか言わないよね?」
ラルトはおっかなびっくり入ると、後ろから鈍い音を立てて穴が塞がった気配がした。
「やっぱりぃぃぃぃ~、閉じ込められたぁ~」
急に暗くなり、ラルトはビクビクと辺りを見渡す。
ガサコソッと音が足元でした。
「ひっ」
短い悲鳴を上げると、ラルトの悲鳴に反応して“チュ~”という鳴き声が聞こえてきた。
「ね、ねずみかぁ」
爆発しそうだった胸を押さえつけながら、ほっと一安心する。
見知らぬ暗闇は恐怖をラルトに与えるだけで、良いことなど何もない。出来ることなら、出たい。でも、出入り口が塞がってしまったため出れない。
ラルトは明かりをつけようと、ポケットからライターを取り出す。
タバコは吸わないが、仕事の関係上何があるかわかったものではないために、いつも持ち歩いている。それが今、役に立つ。
「はぁ~、やっと明るくなったぁ」
明るくなったことで、改めて周辺を確認する。
ジメジメとした空気、陰湿な雰囲気が漂う空間らしく光が一切届かない場所だ。
用心深く前へ進むと、前方に日干し煉瓦作りの階段を発見した。ここから、地下通路へと行けるらしい。ラルトは、おそるおそる一歩一歩足を踏み出し、階段を踏みしめるかのように下りていく。
下に降りて行くにつれ、生臭く湿った地下特有の臭いが強くなっていく。どうやら、空気の循環が悪いらしい。
「何か出てきそうだなぁ」
ラルトはこの世で嫌いなモノが、いくつかある。ゲイと酔っ払いと、そしてお化けだ。
お化けを信じていると言ったら、周囲は笑うかもしれない。だが、怖いものは怖い。
階段を降りて、分かれ道もなく迷わずまっすぐ先へと進む。
ぴちゃぴちゃ、どこからか水が滴っている。その水音がよく響き、不気味さを演出している。
人一人分しか通れない細い道を暫く歩くと、前方に出口のゲートが見える。そのゲートを潜れば、広い空間がラルトを向かえる。
「ここは地上では、どの辺になるのかな?」
地上から夕暮れの光が薄っすら漏れていて、空間をところどころ赤く染めている。
柱が何本も並んでいる空間を、ラルトは歩きながら地図を確認する。確認したところによると、いつの間にか広場の真下に来たらしい。
「ん、何だ?」
手に触れたのは、長方形の無機質な塊に時計が何故かついている物であった。それが、この柱にくっついている。
時計の針が規則正しく、チクタクと音を鳴らして進んでいる。
「こ、これは! 時限爆弾!?」
この国では、テクノロジーが最大時期だった化学兵器は、少しの威力でも厳しく取り締まっている。
それは、二度と人類汚点の世界大戦のような惨劇を起こさせないため、この国自らが平和へと先導に立ち世界全体を導くためである。
だから、この手の化学兵器を“禁忌のテクノロジー”とも呼んでいる。
「普通では手に入らない代物では?」
どうしようか?
ラルトは、処理の方法に困った。
その時だった。ラルトの背後から何かが蠢いて、突進するかのように向かってきた気配がした。
ラルトは素早く身をひる返して右に避け、次の攻撃に備えて格闘技の構え方をする。
「な、何だ? 熊? トラ? それとも、幽霊?」
「我が幽霊に見えたら、眼科お勧めするでアル」
東洋系のイントネーションでしゃべりる物は、目を凝らせば東洋系の人間だと確認できた。
東洋人をよく見ると、軍兵の制服を着用している。
「怪しい東洋人が我が国の軍の制服着ている……。も、もしや、アラビア国王の側近を刺した人間!?」
「ピンポーン、正解であるヨォ~」
否定するかと思いきや素直に認める相手。
「殺人未遂、並びに違法テクノロジー物輸入の現行犯にて、ご同行お願いしましょうかね?」
「それは、ごめんこうむるであるよ。我もビジネスで動いているわけで、牢屋に入りたくてやっているわけではないでアル」
ラルトは深い溜息をつく。
適当に地下を探索したら、どうやら物騒なことに巻き込まれそうだ。
「ビジネスと言いましたが、何か不穏な事に手を貸している何でも屋だったりしないでしょうね?」
「それも、正解ー。詳しく言うと、何でも屋兼殺し屋でアル」
ラルトの額に、冷や汗が一筋流れる。
嫌に相手が素直だな、と思ったら……そういうことだったか。
「僕の命は差し上げられないけど、ご了承いただけませんかね?」
「嫌でアルヨ」
やっぱり。
最悪な事が的中し、ラルトは背筋が凍りつく。今相手の返答で、地上に生きて戻れるか不明になったのだ。
「冥土の土産に聞きたいのですが、その時限爆弾はどうしてあるのですか?」
相手と自分の間を一定の距離を保つため、ジリジリと下がりつつ隙を狙う。
「聞いたところで、死ぬに変わりないネ」
「意地悪しないで、教えてくださいよ~」
ラルトはあくまで下手に出る。
相手はおしゃべりな性格と自分の腕を過信している。下手に出れば、いくらでもしゃべりそうなタイプだと分析した。
「しょうがないネェ~。まぁ、どーせ、死ぬ運命だし」
ラルトはほくそ笑んだ。
「貴方は反王政派に加担してますね? 反王政派はこんな物爆発させて、何をやりたいのでしょうか?」
「そろそろネ」
相手は腕時計をチラチラ見ながら、何か時間を待っているようだった。
そして、カウントをする。
「3、2、1」
ドッゴォォォォォォォォォ――
業火が吹き荒れたような音が、遠くから響いてくる。それと同時に、ラルトがいる空間が酷い地震が起こったかのように激しく揺れる。横に縦に、シャッフルされて三半規管がおかしくなりそうだ。
そんな、酷い地震の中で何が起こったか、なんて悠長なことを考えていられなかった。
ラルトは、頭の中が糸が絡まったようにぐちゃぐちゃになりながら、ただ柱にしがみ付き立っているので精一杯だった。




