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3話 隠された力


 ダヌリス邸の門扉を超え、馬車道から外れた森を半時ほど進んだ所に古い小さな納屋がある。


 元々はダヌリス家に仕えていた庭師が、周辺の森林を手入れする際に使用していた休憩所を兼ねていた粗末なものだが、もう長いこと彼らが出入りすることはなくなっていた。


 庭師には邸内に新たな建物を与えられた他、今は森の手入れは領内の村民たちに一任されている。


「お師匠様。ただいま到着いたしました」


 強く叩けば割れてしまいそうなほど薄い扉を軽くノックしたアルは、しばらく中からの返答を待った。


「あれ、留守なのかな?」


「アル、全然進歩がない。そういうところは私よりお馬鹿さんだな」


 後ろで大人しく控えていたハルが、首をかしげる憐れな主人に苦言を呈する。


 そこでようやく「あ」と声を上げて得心したアルは少しだけ躊躇した後、再び扉を叩きこの場に最も相応しい挨拶を選択した。


「さ、サティ。意地悪しないで早く出てきてよ」


 アルの言葉に呼応するかのように納屋の奥から勢いよく床を踏み鳴らす音が近付き、アルが一歩引いた次の瞬間には扉から一人の女性が飛び出してきた。


「お帰りぃ、アルぅ――! あれ?」


「おはようサティ。アルならそこに隠れてる」


 女性が大きく広げた両腕は空振り、その先で不敵な笑みを浮かべる妍狼族(クーン)の少女が主人の居場所をあっさり知らせる。


「この恥ずかしがり屋さんめ! 今度こそ逃がさないぞ!」


「や、やめてください! くすぐったいです!」


 扉の横に隠れた少年を見出した女性はすぐさまその体を鷲掴み、力一杯抱きついて愛撫する。


「ほぁ……」


「ほら、ハルもおいで」


 じゃれあう二人に熱い視線を向け呆けていた少女もまた、敢え無く女性の腕に収められた。


 着古した衣服に粗末な麻のローブをまとう女性。


 肩まで伸びる赤く美しい髪の内からは、両の蟀谷を過ぎた辺りから黒い二本の角が生えている。


 端正な顔を綻ばせれば難なく八重歯が剥き出る。


 誰が見ても魔族だと分かる風貌。


 その中でも比較的高位の存在だからこそ大半の者は恐れ、忌み嫌う。


 アルたちがサティと呼ぶ女性サティスは魔族の内でも夢魔とされる種族だ。


 彼女は遠い昔、この世界に今の勇者たちの祖先が生まれた時代から生き続けている。


 だからこそ、魔族が人族と相容れない存在だということを嫌というほど理解している。


 人族が世界に転移してからおよそ一万数千年という長い歴史において、未だかつて人族が魔族と共存した例はない。


 互いの容姿や思想の違いがあってかは定かではないが、いつの間にか憎み合い、争う歴史を辿ってきた。


 奪い、奪われる過程で奴隷という形をもって依存する関係は確かにある。


 あるが彼女はそれを共存とは認めない。


 サティスには夢があった。


 魔王に仕えていた若かりし頃、人族に歩み寄る方法を模索していたかつての主からの影響もあり、いつの日かすべての種族が分かり合えることを夢想していた。


 度重なる冒険の末に得た膨大な経験値。


 それによって練り上げた莫大な魔力を伸ばしに伸ばし、生命力に変換し続けどうにか命を繋いできた理由もそこにあった。


 一万年経た今でもかつての夢を覚えている。


 勇者に討たれた魔王の意志もある。


 勇者パーティに寝返ることを勧め、自身を討つことを提案した魔王が最後に残した意志とも言える予言。


 それが彼女を今まで生かしてきた。


『一万年後、あなたを除いたすべての勇者は度重なる転生の後にかつての意志を失っている。きっと想像もできないくらい長く苦しい時をあなたは過ごす。でも辛いだけじゃない。私たちに代わって魔族を導く存在が現れる。彼は必ず種族の架け橋、希望となる』


 当初は同種の嫌われ者としての同情もあった。


 しかし、魔族を統率する〈魔王〉という存在をでっち上げる頃には互いの夢を理解し合う同志としての矜持が芽生えていた。


 そもそもこの世界は勇者たちが各地の厄災を討ち払い、互いの〈オーブ〉を高め合うために存在している。


 当然、魔族の中にも勇者はいた。


 人族は理解を超えた亜人種を魔族と一括りにするきらいがある。


 有角種の夢魔も人族の生活圏に馴染む鬼人族(オルガ)も体の造りは大して変わらない。


 だから種族にこだわり、いがみ合う道理などあってはならないのだ。


 少なくともこの世界においての種族間の争いは世界の理から逸脱する行為でしかない。


 サティスは胸に抱いたアルを何よりも頼もしく感じた。


 予言の『彼』とはきっとこの子のことだ。


 そう確信したのは、アルが生まれたのと同時期に自身の中から〈オーブ〉が消え、その〈オーブ〉がアルの内に宿っているのを知った時からだ。


「あの、サティ? どうかしましたか」


「……ん、ああ。ごめんごめん」


 我に返ったサティスはもぞもぞするアルから抱擁を解き、離れ行くのを惜しむようにそっと頭を一撫でする。


「何だか無性に甘い物が食べたくなってね」


「ふふ。なんですかそれ」


 無邪気に笑みをこぼすアルに接吻したくなる衝動を抑え、サティスは未だに満足気な表情で呆けているハルの頬をつついて胡麻化した。


        ***


 師としてのサティスが弟子のアルにつける稽古の内容は至って単純である。


 生まれ持った能力を磨くこと。この一点に尽きる。


 ある段階で伸び悩んだ時、次の段階に進むために自ずと別種の能力の必要性が見えてくるのもこの方法の良いところだ。


 先ず多くの者はその「生まれ持った能力」を見つけることが困難となるが、〈勇者〉の一人として生まれたアルには〈オーブ〉がある。


 その点では幼い内より明確に伸ばすべきところが分かっているアルはヒトより少しだけ有利なのかもしれない。


 オーブは持つ者によって色や形を変える魂のようなもので、分かる者によっては見ただけでスキルや特性を判別することができる。


 サティスの知る限りでは〈オーブ〉の形状は大抵両手に収まるの程度の球体で、自身が所持しているものについては感覚的に或いは文字や言葉として内容を認識することができる。


 だが何故かアルは未だにオーブを「所持している」程度の認識しかしておらず、文字や言葉はおろかどのような類のものなのかを感覚的にも分かっていない。


 サティスはそのオーブの元所持者としてスキルの活用法を伝える役目を担っている。


 元所持者であるため、自身の一部として感覚的なことは勿論あらゆる言葉にして伝授することが可能だ。


 何せこの〈オーブ〉とは、サティスがこの世界に降り立ってから一万二千年以上もの付き合いになる。


 しかし、スキルとは別の『特性』についての教授となると慎重を期する必要がある。


 所持者の元来の特性を変容させるだけの力も有していることから、人族の勇者に伝わる十二種のオーブの内、いずれに該当するかなどの情報は公言しないことが常識となっている。


 五歳のアルがそれを知るにはまだ危険が多すぎるというのがサティスの見解だ。


 世界には人心を掌握するオーブがあることを彼女は嫌というほど知っている。


 だが実際、公に力を行使する場面の多い勇者などはどのような類のオーブを所持しているかは周知されており、伝承をもとに大衆からそのオーブの名で呼ばれることもある。


 名声を得ることで力が増す類のオーブもあることから、知られること自体がただ悪いという訳でもない。


 サティスとしてはアルが更に成長し自制心を十分に養ったことを確かめたいところだ。


「ちょっと、アル。なんか回復薬(ポーション)の匂いがするんだけど。しかもかなり高価っぽい」


「実は今朝方、階段から落ちてしまいまして。ハルに倉庫から取ってきてもらったんです」


 少年の言葉の真意を確かめるかのように更にその身に鼻を近づけるサティス。


 しかし寸でのところで身をかわすアルを訝しみ、すぐにそばに控えるハルへと目をくれる。


「全然違う。アルに薬を塗ったのはアダン。アルを傷付けたのはいつもの二人」


 ハルが言い終わらない内に血相を変えたサティスは即座にアルを引き寄せ(くま)なく〈探知魔法(ディテクト)〉を掛け始める。


「嘘をついてごめんなさいサティ……でも今回は本当に僕が悪かったんです」


「そんなこと言って、アルが悪かったことなんて一度もないじゃない。私はあの男と接触したことが心配なの」


「アダン様はとてもいい人ですから――」


 言いかけてアルは口を噤む。


 探知を掛け続けるサティスの表情が余りにも真剣だったからだ。


「あの男を信用してはダメ。あれはきっとアルに良くない影響を与える。一万年の私の勘がそう言ってる」


 全身の探知を終えたサティスは音のない溜息を吐き、少しだけ落ち着きを取り戻した。


「さて、なんの話だっけ?」


「〈隠蔽魔法(レイトブラス)〉の効果範囲についてです」


 サティスは一般的な隠蔽魔法の説明を省き、アルが持つ〈闇〉のオーブのスキルを活かした更に上位の隠蔽魔法について話して聞かせた。


 〈闇〉のオーブ所持者は生まれながらにして〈隠蔽魔法〉を会得している。


 初期段階におけるその効果範囲は自身の視界にある周囲五メートルまでとなる。


 魔法の対象は自身の体重までという制限が付き、当然それより重くなったり視界や五メートルの範囲を超えた瞬間に魔法は自動的に解除される。


 使用間隔は一時間に一回まで。


「一時間に一度しか使えない〈隠蔽魔法〉だけど、使い様によっては一度だけ使えばリキャストタイム、いやいや、次に使えるようになるまで待つまでもなく半永久的に持続できる。ここが一般的な〈隠蔽〉と違うところだけど、正直精神的にかなりキツい」


「はい、今の僕では、動かない物を半時隠すのがやっと、です」


 アルとサティスは納屋から離れた森の中で切り株に置かれた一つの焼き菓子と睨めっこしている。


 〈隠蔽〉を掛け半時近く経過した今、アルの集中力の限界と共に切り株の上には更にもう一つの菓子が現出した。


「アルの場合、とにかく物を長時間隠せるようになるところからだね。一先ずの目標は動いてる自分自身を隠せるようになることだけど、今はゆっくりと確実に物を消せるようになろう――という訳で、いただきます」


 我慢できないといった様子で菓子に手を伸ばしたサティスは残りの一つをアルに手渡し、アルが〈隠蔽〉していた菓子を半分に割り半欠けをハルと共に頬張る。


「んー……やっぱり微妙に味が落ちるんだよねぇ」


「さっきより少しだけ、甘味? が薄い気がする」


 アルの兄ミランが厚意で用意した城郭都市シウテロテ王宮御用達の焼き菓子に文句をつける二人。


 渋い顔のまま手にした魔法を掛けていない残りの菓子を口にして「やはり」と頷き合った。


「アル、ストレージを開いてみてくれる?」


「え、スト……なんですかそれ?」


 咄嗟に何かに思い当たったサティスがアルに提案するも、アルは聞き覚えのない言葉に戸惑い視線を宙に泳がせる。


「ごめん、なんでもない。それじゃ今日はこれに挑戦してみようか」


 歪んだ中空に手を彷徨わせたサティスの手にはいつの間にか生きた一角兎(アルミラージュ)を入れた籠があった。


「サティ、それは……」


「動物に使うのは怖いよね。でもいつか絶対に必要になる。少しだけだから、ね。やるだけやってみようよ」


 切り株に置かれた狭い籠の中で一角兎はじっと横目でサティスやアルの様子を窺っている。


 アルは再度サティスに目を向け躊躇いを見せるも、期待に応えたいとの思いから震える手足に力を籠め静物に対して行使するときと同じ要領で〈隠蔽〉を試みる。


 ガタッ! ガタッ!


 籠に向かってアルが手を(かざ)してから数秒も経たない内、突然籠の中の一角兎が身をよじって暴れ出した。


「だ、ダメ、みたいです、もう――」


「頑張ってアル! あと少しで消えそうだから!」


 最愛の師からの激励を受け、挫けそうになる気持ちを奮い立たせたアルは苦しみ藻掻く一角兎から目を逸らしたくなる衝動を抑え、涙を浮かべる目を見開いた。


 ギュッ! ギュィッ……


 苦悶の末に鳴き声を発した一角兎は痛みからあらぬ方向に全身を(ねじ)らせ息絶えた。


 その間、全力を尽くしたアルが本来望んでいた〈隠蔽〉は一角兎の全身に掛かることはなく、無惨な結果に終わった。


「よく頑張ったねアル。今日はもうこれでおしまいにして、納屋で休もう」


 死力を尽くした幼い体が崩れるより早く師はアルを支え、同じくもう片側に寄り添うハルに納屋までの同行を託した。


 ――やっぱり動物はダメか。


 以前にも同様の訓練を試みた際の結果をサティスは想起し、弟子に無理をさせてしまったことを再度悔やんだ。


 年齢や経験不足もあってアルの魔法が未熟なのは当然のことだ。


 同年代の子供を見渡せば、魔法が扱えない者がほとんどであるし、遊ぶことが本分である子供の内から何らかの修行に勤しむ者など無に等しい。


 アルは本当によくやっている。


 我が子のように可愛い存在であることを抜きにしても、アルベロン・ファン・ダヌリスという勇者の家系に生まれた一人の子供をサティスは高く評価している。


 これまで見てきた歴代の勇者の中でも彼ほど素直で真摯に修行に取り組む者は稀でもある。


 しかしそれだけではまったく不十分である。


 彼が置かれた境遇、オーブを持ちながら勇者として当然持って生まれるべき自覚に欠けるアルが、他の勇者に出し抜かれることなく平穏に生きて行くためには、少なくとも完璧に〈闇〉のスキルを引き出しておく必要があるのだ。


 家族から奴隷同然に扱われる彼がその自覚を持つには、余りにも酷だと言えるかもしれない。


 だが、勇者という立場を持って生まれてしまったからには勇者として生きて行くしか道はない。


 そのための道を示して見せるのが師であるサティスの役目であり、彼女の悲願のためにもアルには無理を承知で頑張ってもらう必要があった。


 ――情けないな。私にあと少し力が残っていれば――


 魔王の最期を看取ってからおよそ一万年の間引き伸ばしてきた生命力。


 それが今になって揺らぎ始めている。


 まだ冒険をしていた頃の活力みなぎる自身を遠い記憶に留めているからこそ、今の廃れ行く自身の姿を俯瞰し力ない自嘲の笑みが零れる。


 ――推測が正しければ、恐らくアルの魔法で削ぎ落ちた『甘味』つまり砂糖はストレージの中に残っている。


 下向きになる気持ちを弟子の成長する姿を思い起こしてどうにか留め置く。


 動物を扱った以前の訓練では、苦しむ小動物への配慮からかアルは卒倒してしまった。


 故に今回は結果的に小動物を死に追いやったとしても以前より長い時間魔法を持続することができた。


 格段に成長していると言っていい。


 ――あの小動物は何故苦しんでいたのか。お菓子の一部がアルのストレージに取り残されたことを考えれば答えは明白だ。だったら、この兎にも何らかの変化が起こっているはず――


 あった。


 その決定的証拠を目の当たりにした瞬間、サティスは思わず全身を震わせた。


 およそ数千年振りに感じる興奮と体の奥から湧き上がるような高揚感。


 かつて魔王と呼ばれた友人と旅をしていた頃の遠い記憶が鮮明に蘇る。


 ――マコ……じゃなかった。ソティ。あなたが言った予言の子がまた一つ成長したよ。私にも知らなかった方法で〈隠蔽魔法〉を使うんだ。あの子はきっと物凄い勇者になる。


 勇者が当然持っているストレージという概念。


 それを認識していないが故に偶然的に、本来外界に対してのみ行使されるはずの魔法が内部環境とつながり影響を与えた。


 願ってもいない幸運。


 或いは願うべくもない運命(バグ)かもしれない。


 無惨にも倒れ伏す籠の中の兎。


 平時ならば目をそむけたくもなる光景にサティスは釘付けだった。


 そこには綺麗に後足を失い血を流す(ねじ)れた兎の姿がある。


 突如、ダヌリス領の森の一角に奇声にも似た女性の歓喜の叫びがこだまする。


「ハル! 今日はお祝いにしよう!」


 慌てて納屋から飛び出してきたハルは、意気揚々と兎の解体を始めるサティスの姿を認める。


 細かな理由は不明だが、どこか得心したハルは意識が戻ったアルに事情を伝え、今日二人がすべき残りの「お勤め」を片付けるため急いで納屋を後にした。





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