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12話 チュートリアル

 静謐な朝の空気。柔らかな木漏れ日が肌に感じられる。


 開いた目には見覚えのない光景が広がる。


 ベッドに横たわるアルは、自分でも驚くほど落ち着いて、見知らぬ部屋と窓外の風景を眺めていた。


 不思議とこれまで感じていた焦燥感も、今では感じられない。


「あ――起きた! 起きたよ、お父さん!」


 部屋の隅から少女の声が上がったかと思うと、すぐに少女は廊下へと駆け出して行った。


 疲労からか上手く動けない身を起こし、アルは自身が置かれた状況について頭を巡らせた。


《アルさん、アルカナへようこそ! さっそくチュートリアルを始めます!》


「うわっ!」


 突然視界の中央に実体のない文字の羅列が浮かび上がる。


 MMORPG『アルカナセイド』における〈勇者〉としての経験の無いアルにとって、この不可思議な現象は衝撃的だった。


「ほら! ――どうしたの?」


 誰かを伴って来たらしい少女は部屋に戻るなり、ベッドから転げ落ちたまま放心するアルを不思議そうに眺める。


《先ずはNPCと会話をしてみましょう! この世界の住人と仲良くなることで、冒険に役立つ情報が得られるかもしれません!》


「……取り乱してしまって申し訳ありません。僕は――アルと言います。いきなりで失礼ですが、こちらはいったいどこなのでしょうか?」


「アル……アル! ここは『ませいちたい』? って言われてる森の中だよ――。ふふっ、アルって変な喋り方ね!」


「変、かな?」


 少女から得られた『ませいちたい』なる聞き慣れない地名のことよりも、少女に「変」と言われたことの方がアルには気掛かりだった。


 家族や使用人以外の人と初めてする会話。


 おまけに年頃の近い少女ということも、大いにアルを悩ませた。


《おめでとうございます! アルさんの現在地が、南東大陸の北に位置する禁足地『魔棲地帯』であることがわかりました! 周辺マップを更新します!》


 困惑するアルとは裏腹に、妙に活き活きとした文体が否応なく視界を埋め尽くす。


《マップを表示するには「マップ表示」と声に出すか、視界に表示されている『マップ』アイコンをタップすることで表示されます!》


 視界に文字列が出現するという信じ難い出来事に次第に順応し始めたアルは、恐る恐る右下で点滅して強調されている『マップ』に指を伸ばす。


「え、どうしたのアル?」


 ちょうど少女の胸と同じ位置にあるマップアイコンをタッチすると、アルの眼前に見覚えのある大陸地図が表示される。


 アルの出生地であるダヌリス領は南東大陸の最東端に位置する。


 黄色のピンで示される現在地はダヌリス領よりずっと北西に行った未開の森林地帯である。


「おう、ガキ。カルラのことが気に入ったか?」


「――え?」


 見たこともないほど美麗かつ半立体で表記される地図に見惚れていたアルの眼前を、薄緑の肌が覆い尽くした。


 ガサガサした声を発するそれは、驚愕するアルから離れると、爛々と光る黄金色の瞳でアルの全身を舐めるように眺めた。


「感謝しろよ、アル。カルラが見つけなかったら今頃お前は大猪(ホグジー)共のクソになってたんだからな。そして俺にも大いに感謝しろ。お前に住処と飯をくれてやる」


 上背は五歳のアルと大差はないが、長い鷲鼻と鋭い眼光、横柄な態度がその者がただ者でないことをアルに分からせた。


《察知失敗》《探知魔法(ディテクト)不可》


《モンスターが現れました! 武器を取って目の前のモンスターと戦いましょう! ストレージの武器はイメージによる任意現出か〈察知〉及び〈探知〉による自動現出が設定可能です! もちろん、そのまま装備として常に露出させることも可能です!》


 ――ストレージってなに!?


 再び困惑するアルの前には、頭上に『ゴブリン』と表記された血色の悪い小男が目玉をぎらつかせている。


《ストレージを開くには「ストレージ」と声に出すか、画面設定で表示された『ストレージ』アイコンをタップすることで内容を確認できます!》


「――す、ストレージ!」


《粗糖(3)、一角兎♀の後足(1)、ヒューム♂の腕(1)》


《――……! ヒューム♂の腕を鈍器として装備することも可能です! アイテムアイコンをタッチするか、アイテムをイメージすることで取り出すことができます!》


 視界に表示される文字列に急かされるように、点滅するアイテムアイコンをタッチするアル。


 何故かは分からないが、目の前の『ゴブリン』なる者は、《システムメッセージ》によると《戦い》《倒す》対象とされている。


 モンスターと認識されるものは積極的に倒さねばならない。


 人族(ヒューム)亜人種(アドラヒューム)の違いはおろか、亜人種の大半を魔族とする「常識」を知らないアルの中に、「魔族・魔物(モンスター)倒すべし」といった理解不能の概念が流れ込んでくる。


「お、おいテメェ! なんてもん出してやがるんだっ!?」


 いつの間にかアルの両手には、手甲が嵌められたヒュームの腕らしき物が乗っている。


「……た、倒さないと……!」


「くっ、やめろぉっ!」


 ブンッ!


 アルの身に有り余る一抱え程もある大きな腕が不意に振るわれる。


 寸でのところで腕を回避した小男は、正気を失ったらしいアルから距離を置き、腰のナイフに手を掛ける。


「いきなり何しやがるんだテメェ! それが恩人に対する態度か!?」


「――モンスター、倒さないと……!」


 再び振るわれる腕。


 しかし当たれば一溜まりもないであろう重量のそれも、大振りであるだけに一向に当たる気配がない。


 空振り、重力に従って床に叩きつけられる腕からはビチャビチャと生々しい音と共に血が流れ出ている。


 何の臆面もなく腕を振り続ける今の少年に言葉が通じないと見た小男は、暴れるアルを無力化するため別のナイフに持ち替えた。


「ふっ!」


「これでも食らってろ!」


 重量オーバーの鈍器と化した腕に振られるアルの太股に男のナイフが一筋走る。


 アルは苦悶の表情を浮かべ、瞬時の痛みと共に熱を発する足を庇うようにその場にしゃがみ込んだ。


 ドサリと落ちる腕は次第に明滅し、消失の兆しを見せ始める。


《一度手放したアイテムは一定時間が経過すると自然に消滅します! 大事な物はすぐにストレージに収納することをおすすめします! アイテムの収納は「収納」と声に出すか収納するイメージをするだけでストレージ内に収めることができます! また、ストレージには重量制限があるため収納アイテムは常に整理しておくと便利です!》


《――アルさんのストレージはすでに全開放状態です。重量に制限なくアイテムを収めることができます》


 朦朧としながらも腕をストレージに収納したアルは、無意識とは言え自身がしてしまった無礼な行為について悔やんだ。


 痺れ痙攣する手足と、呼吸が浅くなるのを確認した小男はアルを縛り上げ、手近の椅子を引き寄せ乱暴に腰を落とした。


「恨むんじゃねぇぞ。テメェが始めたことなんだからな」


「……申し訳、ありません」


「分かってるじゃねぇか。あのままだったら危うく殺しちまうところだったぜ」


 小男は扉付近をオロオロと行き来していたカルラに食べ物を持ってくるよう伝えた。


「アル。さっきのお前は普通じゃなかったが、一つだけ分かったことがある。――お前は〈勇者〉なんだな?」


 無意識に揺れ動くアルの体が一瞬だけ強張ったのを男は見逃さなかった。


「隠す必要はねぇ。俺はお前をどうこうしたい訳じゃねぇんだ。それに分かっちまうんだ」


 勇者が時折見せる不自然な言動。


 虚空に何かを呟いたり、無言のまま指を動かす謎の仕草を見せる勇者たちの話は最早世界中に知れ渡っている。


 その仕草を真似て〈勇者〉だと自称する変人は別にして、彼らはその不可解な言動の後に常人では為し得ない事象を起こしている。


 目の前に横たわる巨大な魔物の遺骸が突然消えたり、有り得ない場所に雷を落とすことすらあるという。


 目の前で突然「腕」を出し入れされれば疑う余地もないと小男は言う。


「お前が何故あんな場所に倒れていたかは知らねぇし、興味もねぇ。だが、お前が勇者だってんなら話は別だ。俺にもやらなきゃならねぇことがある」


「お父さん、ご飯持ってきたよ!」


「ん。それにお前はまだガキだ。この魔棲地帯がぬるくなるまで面倒見てやる」


 だからしっかり働けよと言い、男は下卑た笑い声を立てる。


 見るからに固いパンと汁物が載った盆を持ったカルラは痺れたままベッドにもたれ掛かるアルの前に膝を着き、甲斐甲斐しく世話を始めた。


「なぁ、アル。お前は『サティス』って女のこと、何か知ってるか?」


「……サティは、僕の師匠、でした」


「――そうか」


 男は軽く頷き、手足の紐をカルラに解かせ、無力な少年を一瞥して部屋を後にした。


「あの人は?」


「お父さんのこと? 私もよくわかんない。でも、お父さんはお父さんだよ。私たちはみんなお父さんの子供だよ」


 少女カルラの言葉に呼応するかのように、どこから湧いて出たのか、扉の向こうや部屋の隅からワラワラと同年代の子供たちが姿を現し、あっという間に小さな部屋を埋め尽くした。


「今日からよろしくね、アル!」


 てんでバラバラな声を発し、思い思いにアルを歓迎する子供たち。


 みな一様に薄汚れた粗末な格好をしているが、不思議とまったく悲痛さを感じさせない。


 むしろ活き活きとした彼らの表情は活力にみなぎり、小さいながらも混沌の世界を生き抜けるだけの逞しさが宿っているように思われた。





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