10話 オーブの真価
降りしきる雨の中、颯爽と森の道を行く男の姿がある。
男は目的の納屋とは逆方向に点々と続く血痕を一瞥し、「ふん」と軽く鼻で笑った。
「あらら。行き違っちゃったかしら」
「――そこに、誰かいるの?」
天に掲げた腕をどさりと力なく地に落としたサティスは、招かれざる来訪者の存在に気付き声を掛けた。
「お初にお目にかかります。私、アダン・ファン・ヌアザタートと申します。ダヌリス家とは近縁、あなた様のお弟子さんの大叔父に当たる者です」
すでに光が失われていることを知りながら、敢えてアダンは慇懃に振る舞い、古代の勇者に敬意を払った。
「ああ……アルからよく聞いてるよ」
「失礼ながらサティス様。回復魔法を扱う許可をいただけませんでしょうか」
「ダメ。これはもう、そういう次元を超えてる」
言葉の真意を確かめるべく身を寄せたアダンは、サティスの傷の状態を目の当たりにし、無言のままに得心した。
「……生命力、ですか」
通常の生き物であれば、仮に怪我をしたとしても回復魔法を掛ければ問題なく傷を塞ぐことができる。
しかし生命力が枯渇した者、特に寿命を迎えた者や、何らかの原因で魔術回路が壊れ生命力との接続が断たれた者には、回復魔法を含む「対象に干渉する補助魔法」のすべてが無効化される。
「ノア。あなたは、今でも人を憎んでいるの?」
「おっしゃっている意味が分かりません。何か、私にできることはありませんか」
「……アルのこと、よろしく」
「元よりそのつもりです。どうか私にお任せください」
アダンの返答に心なしか満足そうに口角を上げたサティスは、それ以上口を開くことはなかった。
「どうか、安らかにお眠りください」
地に触れた手は丁重に胸元に置かれ、予てから用意されていた布でその身が覆われた。
「さてと」
「……てぇ……アダンさ……助け……」
足元に転がる瀕死状態の少女を見て見ぬ振りにしていたアダンは、「あらまぁ」と大袈裟な声を上げてその身を見下ろした。
「ねぇ、どうしちゃったの? はしゃぎ過ぎちゃったのかしら?」
「……ああ……お願……お願いしま……」
目的の前に死なれては困るとばかりに、瀕死状態をギリギリ保つ程度の微弱な回復魔法がネーレに施される。
「おじさんがここに来た意味、分かる?」
「……お願……アダン……さまぁ……」
「はぁ、まったくダメ。お話にならないわ」
すかさず抜き放たれた剣は何の躊躇もなく振るわれ、少女の首を落とした。
やがて、自然とアダンの手に一つのオーブが収まり鈍い光を放つ。
「やっぱりゴミね。もう少しマシになりそうだったけど」
手にしたオーブに飽きたアダンはそれをストレージに放り込み、転がる肉塊から水魔法で水分を抜き、カラカラになった塊を土魔法で一気に分解させた。
まるで人が今際にみせる落花の時さえ否定するかのような手際だった。
「セツナ」
「は、ここに」
ミランの遺体を一頻り確認したアダンが呟くと、すぐ近くの茂みから少女の声で反応がある。
「アルちゃんの調子はどう?」
「は。順調にここより西の方へと進んでおりました」
「そう! ようやく檻から解き放たれたのね!」
抑えきれないといった様子で肩を抱き、全身を震わせたアダンは両手を広げて天を仰いだ。
「ところでセツナ。譲渡されたオーブの次に強い効果が得られるオーブは、何だか分かる?」
「……奪ったオーブ、でしょうか」
「大正解! その次が拾ったオーブ。殺して得たオーブがそれより上ってどうなのかしらねぇ?」
茂みの縁で片膝をついたまま身動ぎ一つしない黒装束の少女セツナは、話の意図が分からず返答に窮する。
「でも一番効果を発揮するのは、元々の所有者が扱うこと。だから心配しないでねセツナ」
「と、おっしゃいますと?」
「ふふっ。これからもよろしくってこと、セツナちゃん」
ようやく話が読めたセツナは背に冷たいものが走るのを感じつつ、引き続き任務を果たすべく主に一礼し、瞬時にその場から消え去った。
「ハルちゃんも上手くやってるかしら」
雨に晒されても尚、先の炎で燻る木々を眺めたアダンは、再び元来た方へと戻り、すぐにどこかへ向けて転移した。
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