9話 魔王討伐
「――やってやったぜ!」
巨大な柱がいくつも立ち並ぶ玉座の間に、場違いな歓声が上がる。
何の躊躇もなく剣で切り倒した少女には目もくれず、勇者たちは互いに手を取り喜び合っている。
「……ねぇ、マコちゃん。本当にこれでよかったの」
もう何度も話し合って決めたことなのに、無惨な姿で天を仰ぎ見る親友を前にした途端、急激に不安が押し寄せる。
「ちょっと、サチ。名前呼びは禁止だって」
「激戦」の末にぼろぼろになった体は、最早動くこともままならない。
しかし苦痛を通り越した清々しい笑顔で、少女は冗談を言う。
私が全力で回復魔法をかければ、彼女は無傷の状態に戻る。
過剰なほどに補助魔法をかけ、再び彼らに挑めば、間違いなく完封勝利を収められる。
否。マコちゃんなら私の助けなど無くとも、あの程度の挑戦者を無傷で屠ることなど造作もない。
このまま終わってしまうなんて悔しい。
無条件で負けを認めることが、こんなにも悔しいことだとは知らなかった。
これまで積み上げてきたものが、たった一瞬の内に無に帰す。
五百年という歳月を掛け二人で為してきた偉業の数々が、こんな取るに足りない者たちに奪われてしまうことが、どうしても許せない。
きっと私の片手、いや指先一つを彼らに差し向けるだけで、瞬時に形勢は傾くだろう。
でも私たちはそれをしない。
何も言わずに、ただ俯く私を見詰める彼女はそれを望まない。
「サチ? 急に黙ってどうしたの?」
「ん、ううん、なんでもないよソティ。でもソティだって私の名前呼んでるじゃん」
「ははっ。だってそのまんまじゃん。いっそサチコのままのが可愛いでしょ」
膝を着き項垂れる私を、ソティスが気遣い励ましてくれる。
初めて出会った時から、私はずっとこの優しさに救われてきた。
彼女が隣にいてくれたから、これまでやってこれた。生を実感することができた。
「予言のこと、ちゃんと覚えてる?」
「……うん。でも、やっぱりソティも一緒じゃダメかな?」
「だーめ。魔王の私が生きていたんじゃ、争いは終わらないでしょ」
「で、でもさ、停戦なんて持って百年程度でしょ? 争い事は必ず起きるよ」
言い訳を吐き続ける私を、彼女の目が真っ直ぐ見据えてくる。
歴史は何度も繰り返される。
それは愚かな人族が作った世界の理。
それでも、歴史の合間に区切りは付けなければならない。
争いは人が生き続ける限り続き、やがて世界そのものを破滅させるからだ。
その役目を果たすだけ。彼女はそう応える。
「ごめんね。辛いことばっかり押し付けてさ」
「そんなこと、ない……」
「泣かないでよ――。じゃ、そんな可哀想なサっちゃんにこれを進呈します」
感情に抑制が効かない。
箍が外れ、一度溢れ出した涙はもう止めることができない。
絶対に泣かないと決めていたはずなのに。
いつも冗談を飛ばすときと同じ口調で切り出した少女は、私に何かを差し出す。
「これさ、私が人生掛けた、とっておきのやつ。一万年の足しになるかは分からないけど」
ぼやけた視界に鈍く光る球体。
彼女が五百年掛けて磨き上げてきた唯一無二のオーブだ。
「ソティ、やっぱり私、受け取れないよ」
「……お願いサチ。受け取って」
ぐちゃぐちゃになった顔を拭って、改めてソティスと向き合う。
嗚咽で揺れていた視界の中で、小刻みに震えるオーブがある。
煌々と光るそれを一目見ただけで、計り知れないほどの努力が為されてきたのが分かった。
きっと彼女も迷ってきたのだ。
そして今も悲しみや後悔の念に揺れている。
「ソティスのこと、絶対に忘れない」
「……ありがとう。サチも、元気でね」
――我、魔王ソティスのオーブをこれより魔王軍の参謀サチに委ねる。
「おやすみ、マコちゃん。幸せになってね」
辛うじてオーブが繋ぎ止めていた儚い命が事切れた。
〈隠蔽〉した彼女のオーブをストレージに収め、次第にデータの藻屑となっていく友の身を一頻り抱きしめた。
宝物庫を粗方荒し終えた勇者たちが、悦びの余韻に浸りながら近付いてくる。
「おーいサっちゃん。そっちは何か収穫あったか?」
「……はい。これで全部です」
「んー……お、おお、すげぇ! これほとんど伝説級のアイテムじゃねぇか!」
私が親友の亡骸から最低限拝借したアイテムに、宝石だらけの悪趣味な王冠を雑に被った勇者の一人が目を輝かせる。
数え切れないほど潜った高難度ダンジョンの中で手に入れた、選りすぐりのアイテムたち。
そのすべてを奪われるのはやはり悔しくて、ソティスが所持した大半の物は時間経過により彼女と共に消えるよう今は隠蔽している。
手渡したアイテムを手にはしゃぎ回る彼が頭に戴く王冠は、ソティスと私がふざけ半分に魔王城直属の工房に作らせた物。
額の位置に当たるミスリル製の髑髏と下、品なほど大量に施された宝石が何とも痛々しい。
「ねぇ、ちょっと! 見てよあれ!」
勇者パーティの内、回復役を担当する聖職者の女性が、消えゆく魔王を指差して叫ぶ。
「おいおい……マジかよ」
釣られて振り向いた斥候役の勇者が口元を抑えてその姿を凝視する。
――やっぱり、そういう反応をするのか。
「アガリビトじゃん! 魔王ってアガリビトだったのかよ!」
「おいカズ……!」
プレイヤーキャラが死亡した際、倒した敵キャラやモンスターが消える時の瞬時の消失エフェクトとは異なり、体の各部から徐々にポリゴンの欠片が剥離していくエフェクトが見られる。
この世界においてプレイヤーキャラの死はそのままキャラクターそのものの死と同義で、二度と同じキャラクターを使うことができない。
『死』の重みを表現する仕様上、まるで別れを惜しむかのような効果が適用されている。
アガリビトについて言及した王冠男を嗜めたのは、前衛役の剣の勇者だ。
王冠男も同様の前衛でタンク役をしている。
「てっきりただのモンスターかと思ってたぜ! なんせ魔王なんだからよぉ!」
「俺も同感だ。しかも、よりによってアガリビトとはな。吐き気がするぜ」
「あんたたち! さっきから何なの!? 少しはサチのこと考えなよ!」
消えゆく魔王を凝視する男二人を、魔法使いの女勇者が威勢よく怒鳴りつける。
ソティスと同じくアガリビトである私のことを気遣ってくれてのことだろうが、それが返ってこの場にいる全員にその事実を再認識させる結果を生んだ。
この世界における『アガリビト』には、様々なニュアンスが含まれている。
元々はネット界隈で流行った都市伝説にある「山に棲む奇人」を指す言葉だが、いつの間にかこの『アルカナセイド』のゲーム世界においてもスラング的に使用され始めた。
ニュアンスの一つは単なるゲーム廃人。
山の中に取り残され奇人と化したアガリビトのように、四六時中ゲーム世界に入り浸るプレイヤーを揶揄する意味合いが強い。
「サチも、あの子も、好きでそうなったんじゃないでしょ!?」
もう一つ、無視できない意味が込められている。
そもそもこのゲームが世界中から注目を集めた要因として、洗練されたリアリティが挙げられる。
『アルカナセイド』は現実世界と見紛うほどにリアルな世界に、完全フルダイブの最新技術を掛け合わせたゲームの最高傑作と言える。
併せて、世界中の国々が人類の「精神と肉体の分離」を大きな課題として掲げていた過去がある。
苦痛を抱える肉体という器に健康な精神が囚われる必要はない。
やがて量子コンピュータによって個人の脳信号をデータ化し完全再現できるようになり、人の意識が仮想世界に芽生えてから、最先端医療に応用されるまであっという間だった。
当然、医療への応用の最中で多くの問題が起こってはいた。
『同値の意識が肉体のある現実世界と精神だけの仮想世界で両立することはできない』
この事実、ある種の『世界の理』に辿り着けたのも、その問題を解決するために試行錯誤が為された結果である。
一つの個人が同時に二つの意識を持った途端、その個人は自己意識との乖離を経験し、最悪の場合自我を失い廃人となる。
現実世界で『複数意識の問題』が解決されたかは私には分からない。
何故なら、この『アルカナセイド』はその試行段階において医療機関に提供されたものだからだ。
難病により肉体と共にただ朽ち果てるのを待つだけだった私にとって、この世界は生きる希望そのものだった。
私が知る限り、その『被害者』は私を含めて十四人いる。
私たちに選ぶ余地などなかった。
アガリビトとは、二つの世界を股に掛けない、世界の現地人と成り果てた者のことを言う。
「気にしちゃダメだからね」
「あ、うん。ありがとう」
私の代わりに頼んでもいない弁明をしてくれた魔法使いの勇者が、そっと私の肩を抱いて囁く。
「魔王の手の内を知ってるサチがいたから、どうにか私たちは勝つことができた。それに、サチの完璧な〈隠蔽魔法〉がなければ、魔王にかすり傷すら付けられなかったでしょ?」
「ああ。確かにあの技術は素晴らしかった。まさかあんな〈隠蔽〉の使い方があったなんてな」
「そうそう。術者を離れた魔法を自然現象にする方法なんて普通気付かないよ」
魔法使いと斥候の間に後衛の付与術師の女が加わり、一斉に王冠男を非難する。
これには堪らず王冠男は引き下がり、大人しく戦利品の分配と整理へと戻った。
魔王の消失を確認した一行は、魔王城から撤退すべく各々に貴重な帰還石を取り出す。
「でもよー、これから先どうすんの? 一応『魔族』だろ、そいつ」
「……残念ながら、それは紛れもない事実だ。人里に降りれば、間違いなく非難を受けるだろう」
至極もっともな苦言を呈する王冠男に、剣士が賛同する。
しかし私であれば自分自身を四六時中隠蔽していれば事足りる。
必要な時に勇者たちの冒険に同行し、協力すれば良いのではなかろうか。
そう伝えようと口を開きかけたとき、奇抜な格好をした付与術師の女が割って入る。
「確かに、魔王軍の元参謀ともなれば、最悪死罪は免れないだろうね。でもさ、サチは私たちに協力してくれた仲間なんだよ? つまり、私たちが許せばそれで済む話なんだよ」
「いや、だがよ、国の連中がただで許すと思うか?」
「ううん。だからさ、こうすればいいんだよ」
付与術師は不意に私の両手を取るなり、満面の笑みで眼前に立った。
「ね、こうすればみんなが安心でしょ? ははっ。私とお揃いだね、サっちゃん」
満面の笑みを浮かべる女は、私に向けて身に付けた腕輪をかざしてみせた。
その笑顔の奥にある底知れない何かに思わず視線を落とした私の目に、見覚えのない腕輪が両手首に嵌っていた。
腕輪自体に覚えはない。
だが、その手枷の模様にはいくつか覚えがあった。
「うわぁ、ひっでぇ……」
「心外だなカズくん。私はサっちゃんやみんなのことを考えた上で、最善の策を講じたまでなんだよ。こうすれば、上の人たちも納得するでしょ?」
これまで魔王軍を指揮する傍ら、ソティスと共に魔族の解放活動を各地でしてきた。
その一環として、人族の間で行われる奴隷市に参加したことがある。
争いを起こさず平和的に解決するための出費ならば惜しまない。ソティスらしい考え方だった。
いま私の手に掛けられた腕輪の意匠は、間違いなく市に並べられた彼らに刻まれた紋と同じものだ。
私の前ではしゃいでみせる女の腕輪は、形こそ同じ物だが紋様が明らかに異なる。
「だからって、そりゃ人権的にやべぇんじゃねぇの?」
「へぇ、だったらカズくんは要らないんだね。せっかく人数分用意したのに」
先の威勢を失い動揺する王冠男に、いたずらな視線を送る女。
『これがあれば好きにできちゃうんだよ』
彼の耳元を掠めた囁きが偶然聞こえてしまった。
否、わざと聞こえるか聞こえないかの声量で囁き、そのスリルを楽しんでいるに違いなかった。
この女はそういう人だった。
「――ば、バカ言ってねぇで、さっさと行くぞ!」
唾の嚥下と言い訳のタイミングが嚙み合わず、変に喉を鳴らした王冠男は、取り繕うようにして帰還石を掲げ、他のメンバーに遅れてその場から姿を消した。
「サっちゃん、あのさ」
玉座の間に二人きりになった途端、突然付与術師女が私の腰に両手を回して抱き付いてきた。
「はぁ……やっぱり人肌っていいよねぇ」
「やめてください。どうして、そういうことするんですか」
恐怖に震える声を抑え、毅然と女を睨みつける。
すると「あれぇ?」と首を傾げて渋々と腰を離れた女は、拗ねた様に手近の小石を蹴り、再びこちらに向き直った。
「魔王も女の子だったし、てっきりそうかと思ったんだけど。まぁいいや。お詫びと言ってはなんだけど、私からも重大発表しちゃいまーす!」
急になんだと訝しむ私の様子を一瞥した女は満足そうに微笑み、二つの帰還石を取り出した。
「実は私もアガリビトでしたぁ! もちろん、みんなは知らないけどね」
「……どうして、私に」
「あははははっ! 面白いこと聞くね。だって当然でしょ。私たちってさ、同じ境遇じゃん。だから助け合っていかないと」
付与術師は私に背を向け数歩前に進んで、立ち止まる。
この世界におけるプレイヤーキャラの死とは唯一の実機を失うことを意味する。
言い換えれば、単に替えのきかないアバターを失うに過ぎない。
しかしアガリビトにおける死とは、即ち本当の死と同義である。
普通のプレイヤーが〈転生〉と称して別のキャラに乗り換えるのとは訳が違うのだ。
つまり、自身がアガリビトであることを告白する行為は、自らを死の危険に晒す行為に他ならない。
ゲーム自体のサービスが終了して久しい今、運営されていた当初よりも遊び半分にアガリビトを「狩ろう」とするプレイヤーキラーが増えているというのに。
「運営もバカだよね。私たちが殺されるかもしれないなんて、分かり切ってたことじゃん。どうして<無敵>にしなかったんだっての」
確かにそれも一理ある。
無敵までとはいかないまでも、プレイヤー同士の戦闘やダメージ判定そのものを無くすことや、「死」そのものの概念を無くすことすら容易にできたはずなのだ。
「要するにさ、私たちってオモチャにされたわけじゃん? 運営とか医療機関とかにさ」
何も言えない。
目の前の彼女の頭のネジがどうということではなく、彼女が口にする内容のほとんどが、至極納得のいく意見だからだ。
ふと思い返してみれば、これだけ手の込んだ施術を「無償で」施すなど話がうますぎる。
だからと言って、その世界を享受してどうにか生き永らえている立場であることも事実。
「ゆるせないよね」
「……うん」
「でしょ! ゆるせないよ! ゆるさない! 絶対ゆるしちゃダメだ!」
半狂乱になった女はひたすら「ゆるせない」と連呼し、これまでに溜まった憤りをすべて吐き出すかのように近くの柱をナイフで刻み続けた。
代弁者はふと我に返り、ぽつりと呟く。
「私たちでさ、この世界、めちゃくちゃにしようよ」
「でも、他に生きるところなんてない」
「違う違う。簡単なことだよ。私たちを殺そうとする、ううん、プレイヤー全員を排除すればいいんだよ。転生させてる内に飽きるでしょ」
「殺されるかもしれない」という恐怖を抱えながら、暗がりで震えているなんて愚かなこと。
それよりも堂々と明るみに出て、力を示そうよ。
ソティスや私とはまったく異なる意見に青天の霹靂を見た気がした。
ゲームのシステムや世界観に則り時間を掛けて人々の思想を変えていくのではなく、これまで「違反」とされてきた行為に及ぶこともいとわず、早急に自分たちが理想とする世界に作り変えていこうと彼女は言う。
「私、考えちゃったんだ。この世界が残ってるってことは、まだどこかのサーバーに繋がってるってことでしょ。それって、現実世界に繋がってるってことだよね」
だからいつか決定的な抜け穴から、私をバカにする連中に復讐してやるんだ。
「それはたぶん、無理だと思う。外の世界に干渉するなんて、たぶん」
「ははっ。やっぱりサチちゃんは面白いね。そういう現実的なところも好き」
口をついて出てしまった言葉に焦ったが、意外にも彼女は素直にそれを聞き入れた。
私の同意も取らずに問答無用で奴隷にしてしまうくらいだから、てっきり無理やりにでも「復讐」とやらの協力を強要されるかと思っていた。
「じゃ、これからもよろしくね、サっちゃん」
「あ、うん。よろしく、ノア」
「――それよりさ。魔王が持ってたオーブってどんなの?」
この期に及んでそのことに言及されるとは思ってもみなかったせいか、思わずビクリと肩を弾ませ反応してしまう。
「譲渡は受けなかった。今頃消えてると思う」
「ふーん、そっか」
身構えていたこちらが肩透かしを受けるほど呆気なく納得した彼女は、それ以上オーブについて触れることはなかった。
『――様! サチ様!』
『ゴブ吉!? どうしてこんなところに!?』
魔王が倒れ伏していた場所に付与術師が近付いていくのを見計らったのか、脳内に念話が届けられる。
こともあろうか、相手は魔王城から避難を命じた従者の内の一人だった。
『避難はどうしたの!? 従者の避難を先決するよう言ったはず――』
『聞いてくだせぇ! あっしらの避難はもう済んでおります! ですが「魔王様をお助けするんだ」ってみなが言うんでさぁ。そんで、どうしてもってんで、あっし一人が代表して参じた次第で』
人の腰丈程度の大きさしかないゴブリンの従者、ゴブ吉。
彼に限らず城内にいたすべての従者には〈隠蔽〉を掛けている。
万が一にも見つかることはないはずであり、当然のように逃げおおせたと思っていた彼が、皆の総意の下に戻ってきてしまった。
まだ女がこちらの異変に気付いていないことを確認し、ゴブ吉を手招く。
『ゴブ吉。あなたに最も重大な命を下します』
『!? へ、へぇ、なんでございましょ』
『この〈光〉のオーブを持って、できるだけ遠くに逃げなさい。あなたが生きている限り、遠くに』
自分でも酷なことを言っているのは分かる。
しかし、最も警戒すべき相手がいるこの状況で、魔王のオーブを隠し切れる自信は今の自分にはない。
魔法の良し悪しではない。
たとえ隠蔽魔法を使ったとしても、いずれボロを出し、大事なオーブを奪われてしまう可能性が頭をよぎったのだ。
『ま、魔王様はどうされたんで』
『魔王様は勇者に討たれました。これは魔王様の魂です。あなたの役目は子々孫々、この魂を引き継ぎ守り抜くことです』
ゴブリンの寿命は人と比べてかなり短い。
最長でも三十、大半は二十代で生涯を終え、世代交代が頻繁な種族としても知られている。
そんな彼らに、私は最も大切なものを託した。
『――このゴブ吉、命に代えましても、必ずや守ってみせまさぁ……!』
この世で最も敬愛する魔王の死を知らされた彼は、深い絶望に崩れ落ちた。
だが「魔王の魂を守り抜く」、即ち、復活の時を待つという使命に全身を奮い立たせ、震える手の平に丁重にオーブを頂いた。
『サチ様もどうかご無事で』
ゴブ吉は言葉と共に涙を拭い、踵を返して一目散に大広間を後にした。
常に素直で前向きな彼が初めてみせる涙だった。
「本当になんにもない。拾わないと消えちゃうっていうのも、悲しい話だよね――。じゃ、私たちもいこっか」
付与術師の女に手を引かれるまま、彼女が掲げる帰還石の光に身を委ねる。
一時的にでも、この女の言葉に揺れた自分が恥ずかしい。
あのゴブ吉も頑張っていくんだ。参謀の私が魔王の意志に背いてどうする。
『一万年後、あなたを除いたすべての勇者は度重なる転生の後に、かつての意志を失っている。きっと想像もできないくらい長く苦しい時をあなたは過ごす。でも辛いだけじゃない。私たちに代わって、魔族を導く存在が現れる。彼は必ず種族の架け橋、希望となる』
――これから先、何があっても魔王の言葉を信じて生きて行くんだ。
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