プロローグ
「嫌だ。こんな死に方は御免だ。俺にはまだ、やらねばならないことがある。こんなところで脱落するわけにはいかない。」
背中、右胸、右腹部、左上腕部、右太腿後ろを矢で射抜かれていた。俺は、とんでもない激痛と痺れで痙攣し眩暈まで起こしている。が、俺は冷静なほどにこの状況を俯瞰し分析していた。
「まだ、何とかなる。今この時点での最適解は、ここから20m先の崖から飛び降りることだ。生死の確率は半々だが仕方あるまい。」
俺は何とか崖までたどり着き、覚悟を決めて飛び降りた。
俺を襲ってきたのは原住民のヤーン族だ。彼らの主力武器は弓矢だ。矢は木の先に石が括りつけられた原始的なものだ。飛距離25m程度で木に突き刺さる威力がある。
ここ最近、オーストラリアの中央密林地帯のヤーン族が守っている土地にオーパーツが眠っていることが宇宙からのデータ解析により分かったのだ。これまで発見されたオーパーツには、無重力の磁場を発生させる金属片や溶解するほどの高温と絶対零度に匹敵する低温を交互に繰り返す金属片、その他薄く光る金属片など、不可思議なものが発見されていた。そのため世界各国がオーパーツを獲得するために精鋭部隊を現地に派遣していた。今までは、ヤーン族からの抵抗もなくスムーズに調査が出来ていたのだが・・・。
俺は元特殊部隊の所属だった。軍上層部の理不尽な命令に嫌気がさし除隊したのだ。その後、フリーの傭兵になった。ただ、傭兵といっても仕事は選び自分の意に反することは必ず断ることにしていた。おかげで毎朝目覚めがいい。
今回の依頼は国からの要請であり、1日も早くまだ発見されていないオーパーツを見つけ出し回収するというものだった。今まで現地のヤーン族は抵抗することもなく安全であり、気を付けるのは他国の探索チームとの奪い合いのみということだった。
ところが今回、無警戒だったヤーン族に襲撃され俺以外のチーム全員があっという間に命を落とした。他国のメンバーも同様の被害にあっているらしい。なぜなら森の中を逃げる途中で、他国のチームが全滅するのを目撃したからだ。とてもじゃないが数の力には逆らえない。ただ、隠れて見ていることしか出来なかった。
運が良いことに崖の下に川が流れていた。崖を転がり何とか着水した俺は、そのまま川に流され下流の浅瀬にたどり着いた。すでに日は暮れており止む無く近くの大きな岩の上で一晩過ごした。体中の痛みで眠くなることはなかった。夜明けが近づき少しずつ明るくなる頃に俺は動き始めた。目の前に洞窟があったため、何とか潜り込んだ。
すでに体からすべての矢を抜き簡単な止血をしてはいたが、意識がなくなる前に最低限のことはせねばならない。死なないためには傷口を焼き、止血と殺菌の両方をする必要がある。ボロボロになったジャケットのポケットに火打石があった。ありがたい。
近くの枯れ枝を寄せ集め火を起こし、直径1cmほどの燃える枝を傷口に突き刺した。誰もいない洞窟にくぐもったうめき声が何度も響き渡った。
俺は洞窟の中で意識を失っていた。かすかに何かが俺の意識にコンタクトしてくる。だが、何なのかわからない。朦朧としながら目を開ける。火も消え真っ暗な洞窟の壁面の一部が青白く光っていた。半分寝ぼけながらなんとか右手を伸ばすと、青白く薄く光る金属片に手が触れた。その瞬間、指先の爪の間から稲妻が走るような痛みとともに溶けた金属が体に侵入してきた。俺はあまりの痛さに再び意識を失った。
どれほどの時間がたっていたのだろうか。俺は目を開けた。洞窟の中だと気が付いたが真っ暗ではなかった。薄い青色で周りが見えている。恐る恐る体を起こす。驚くことに痛みがない。俺は複数の傷を負い死にかけていたはずだ。何かおかしい。俺は、本当はもう死んでいるのではないか。本気でそう思った。
しばらくそのままの状態で混乱した頭でいろいろ考えていたが、洞窟の入り口付近に何者かが近づいて来る足音が聞こえてきた。ヤーン族か。俺を探して追ってきたのか。
ヤーン族の武器は弓矢である。あとは腰に差した原始的な刃物だ。洞窟に入ってきたのは3人。俺の手元の武器は1本の大型ナイフのみ。アーミーナイフだ。ありがたいことに体はスムーズに動く。どういうことかわからないが考えるのは後だ。まずこの窮地を脱することだけ考えることにする。
3人の動きは全く足元も周りも見えていないみたいだ。松明も持っていないため入り口から奥深くまでは入れないようだ。しばらく様子を伺ったが、いつまでたっても引き上げるつもりがなさそうだ。きっと、入り口付近に怪我した俺の痕跡があったのだろう。生きているかどうか確認しようとしていると思われる。
俺は冷静に考えてみた。おそらく連中はこれから2~3日入り口付近から動かず俺がくたばるのを待つつもりだ。俺はどうしたらいい。もともとヤーン族には何も思い入れはなかったが、これだけのことをされれば報復したい気持ちが強くなる。俺が殺戮に及んでも責められるいわれはない。また、奴らは食料を携帯しているだろうから奪うことも理にかなっている。結論、殺す。やってやる。
俺はアーミーナイフを片手に持ち、足音を殺して洞窟の入口へ向かった。入り口付近に居座る3人のヤーン族が青み掛かった視界の中、はっきり見えている。
10mほどの手前から一気に距離を詰め、まず1人目の喉をナイフで突き刺す。すかさず抜いたナイフを2人目の眼球に突き刺し胴体を蹴り飛ばす。続けて3人目の腹部に奥深く突き刺しねじ込んだ。3人とも血しぶきをあげながらその場に倒れこんだ。念入りに3人の息の根を止め、腰の食料を回収した。何日ぶりの食事だろうか。とりあえず食える時に食わねば。生存するための第一法則だ。死体はそのまま放置した。
洞窟から出て川の浅瀬で水浴びをする。返り血を洗い落しながら傷を確認する。驚くことに矢傷は肉が盛り上がり塞がっていた。通常なら全治一か月以上かかる傷だったはず。
俺の体はどうなっているのだろう。また、どれぐらい日数が立っているのだろうか。
そして、なぜヤーン族はいきなり攻撃的になったのだろうか。謎だらけだ。
探検隊全滅以降、世界各国はオーストラリアでのオーパーツ獲得を断念した。なぜか。
オーストラリアに軍事介入して戦争に発展する愚策を起こさぬために、平和を維持するために全世界が中止することに決めたのだ。かくしてオーパーツの探索はストップした。
俺は今、ニューヨークにいる。毎日穏やかな生活を楽しんでいたのだが・・・。
その日、1本の電話が掛かってきた。国からの仕事の依頼だ。ただ内容がよくわからない。正確には、よくわからないではなく理解を拒否したくなる内容だった。
よって、直接依頼主に会い詳しい説明を受け、信ぴょう性を確認することにした。
その依頼内容とは、<犯罪を行う特殊能力者の駆除>であった。
俺の名はイアン。




