人気の魔道具店とやらはここですかですか?
菓子を摘みながら歩く私達は、少し人が多い場所から離れた。
と言っても人通りが少ないわけではなく、喧騒から外れた、といったところ。
そこでイレットが、そういえば、と口を開いたのだった。
「この辺りに魔道具店があるんです。最近、店主が変わったそうなのですが、それからかなり人気があるのだとか……」
魔道具店とは初耳である。
魔界にも魔道具なるものはあるのだが、あまりお目に掛かった事はない。
私自身の持つ剣も魔道具の一種ではあるのだが、何せ自分の身体から造り出した物で、私の魔力がよく通り、力を放つにも便利である。無くても戦えるが、あれば楽に戦闘ができる。
「人間は魔道具に頼って戦うことが多いのですか?」
首を傾げながら尋ねてみたが、イレットの目が眼鏡の奥でジト目になったのが見えた。
「奥様……何も全てが全て戦いで使用する物ではないのですよ……」
そう言って眼鏡の位置を修正するイレットが先を続けた。
「憧れの殿方と両想いになるため、おまじないが掛かった道具や、素敵な事が起こるようにと願って持つ物、そういった用途が多いのです」
「……はあ……願うよりも自身で実行した方が早そうですが……いつの時代も強欲な者が早く成功しますよ? 成功した後は知りませんが」
「人間はそういう大胆な者よりも、品よく控えめに生きている者が多いのです!」
(控えめな者が多いから欲を曝け出した者が成功しやすいんじゃないですかね……)
私の言葉に返すイレットは少しムキになった様子で、何となく私でも察することが出来た。
「なるほど、さてはイレット……その店に行きたいのですね?」
そう突いてみると、明らかに顔を真っ赤にしながら否定する。
「そそそ、そんな事は!」
「魔族の私でも分かりやすい反応で助かりますね。じゃあ行きましょうか。私も今は人間ですし、人間の道具とやらは見てみたいですしね」
そして噂の魔道具店行きは決定した。
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店は2本程別の通りの、少し奥まった場所にあった。
周辺の店が華々しく花やアクセサリー、バッグなどの小物類を売っている中、その店はあまりにもこじんまりとしていて、尚且つ少し質素だ。
「如何にも古そうな感じですね。老舗という事ですか?」
正直な感想を言うと、イレットもコクコクと頷いている。しかしすぐに首を傾げた。
「奥様、本当にここでしょうか……?」
「私に訊かれても困りますよ……?」
質素な見た目にイレットが自分の案内すら疑っているが、道行く人に訊いても「ココですよ」との事だ。
人気があるのは本当だろう、ちょくちょく女性客が頬を染めながら店を出入りする様が見受けられる。
「でも見た感じココですよきっと。入ってみましょう!」
笑顔を見せながらイレットに言うと、彼女も少し頬を染めながら頷いた。
店の木製のドアは古めかしく、ギシリと音を立てる様子は魔物共の鳴き声のようで懐かしい。
入った店内は薄暗いが、何名かの淑女が品を選んでいる様子、棚に並んだ怪しげな瓶、飾り、小物などが天井のランタンと共にチラチラと視界へ光を寄越す。
奥の方に店主と思しき人物が立って女性客と話しているのも見えた。女性客の後ろには、他の客がまだかまだかと並んでいる。
代金を支払った様子の女性がまだカウンターで店主と話しているが、後ろの女性は苛立った様子で咳払いをした。
客が交代するところで少し店主が見えたが、フードを深く被っていて、ここからではあまり人となりは分からなかった。背はあまり高くないようで、今の私とそう変わらないか。
品も人気なのだろうが、ひょっとすると店主が人気なのかも知れない。
「まあ取り敢えず……私も適当に何か購入しましょうかね。イレットも何か選んで、一緒に支払ってしまいましょう」
「えっ!? 奥様、それは……流石にちょっと」
「でも沢山人が並んでいるので……選ぶのはともかく、並ぶのは少しの時間で済ませたいですから……」
そう言うとイレットも納得がいったような、いっていないような表情で「はい……」と返事をした。
2人でしばらく品物を眺めながら、その道具達の効果が軽く書き添えられているのも見た。
“意中の殿方を虜に! 唇に塗る宝石”
“幸運の女神が味方する! 青い鳥のブローチ”
“悪しき者を退ける! 美しき大鷲の羽根飾り”
(……こんなのが人気なんですね、人間には……というか、こんな魔道具とも言えないような物、イレットも欲しいのですかね)
人間でも魔法が使えるこの世界で、大した魔法も掛かってない下らなさそうな物を皆がキラキラとした目で見つめ、選んでいる。
自分は適当な物を手に取り、イレットを見ると真剣に悩んでいる様子だった。
「……悩むなら両方買ってしまえばいいのでは?」
そう声を掛けると、イレットはブンブンと首を振って力説し始める。
「ダメです! どれか1つにしないと、効果が重なると逆に弱まったり悪くなったりするんです! 魔道具は慎重に選ばないといけないですよ、奥様!」
「そ、そうですか……。と、とにかく、私は決まりましたので、イレットが決まったら列に並びましょう」
ちょっと押されてしまった。
しばらくして漸く決まったらしく、イレットが小さな指輪を手にして一緒に列に並ぶ。
「それは?」
小声でイレットに聞くと、彼女は少し恥ずかしそうに答えた。
「悪運を退ける指輪だそうです!」
「幸運を得るのではなく?」
「はい!」
そしてイレットが笑顔を見せる。これで良いらしい。
しばらく待っていると順番が回ってきた。
あれだけ待ったのに、何故か私達の後ろには誰も並んでいない。店内にも店主、私達以外の人が居なくなっている。
「えー、これと、これを……」
変だなと思いながらカウンターに差し出して店主を見ると、その顔の口元がニヤア……といやに吊り上がった。
私から見て右側の口元には艶っぽいホクロが見える。何となく既視感のある笑い方だ。
私の少し後ろではイレットが不思議そうに覗き込んでいる。
「……あ、あの……支払いたいのですが……」
ファリナの姿で淑女らしく首を傾げ、少しフードの中を覗き見ようとした、その時。
吊り上がった口元が動いた。
「ええよお、支払いとか〜。お嬢さんら可愛らしいし、まけといたろなあ〜」
その店主から紡がれたのは軽く、しかしこんな人間界では聞かないイントネーションの口調。
「!? ……!?」
あまりにも聞き覚えがありすぎて混乱を極めた。
しかし混乱の中で間違いなく、私はその店主を呼んだのだ。
「あ、あ……主……!?」
途端、その場に店主の高笑いが響き渡った。