外って結構楽しいですねえ!
街の広場に馬車が停められる。イレットに連れられながらゆっくりと馬車を降りた。
「屋敷の外は良いですねえ!」
ヴァレンの居る屋敷と比較してしまうが、外は心地良い。
魔界の空気も十分良いが、今は人間だからか、こんな人間界の外でも気分が良い。
「奥様、帽子がズレていますよ、日焼けしてしまいます」
イレットが私の被った帽子を直そうと手を伸ばした。
「良いんじゃないですか? 日に焼けるなんて、素敵じゃないですか!」
私は帽子を外して馬車の中に放り込んだ。途端に髪が風に舞って鬱陶しいが、風は気持ちいい。
「奥様……」
イレットはそんな私を驚きの目で見つめて、それから呆れたように笑った。
「本当に、変わってらっしゃいますね」
淑女らしくない、という事だろう。それなら男の私には褒め言葉だ。
日焼け。
魔界も場所によるが、主である魔王子の住まう地域は曇ってもいないのにあまり明るくはない。私自身も肌は生白い。
だが主は少し日に焼けたような小麦色のをお持ちだ。薄紅の髪に小麦の肌、顔だけなら男女の区別が付かず、美しく尊大な主。
ああ、そんな主のような肌に近付けるかもしれない、そう、ここでなら!
「奥様? 奥様!」
「ああ、すみません、つい」
たった数日しかイレットとの付き合いもしていないのに鉄板のような流れになっている。
とりあえず、せっかく外に来たのだ。周囲が人間ばかり、という事だけ気にはなるが、散策はしておきたいところである。
「ではイレット、案内を頼めますか?」
「ええ、勿論ですわ。でも、どのような所をご希望ですか?」
そこで考え込む。周りの視線を痛いほど感じるのだが、それはこの身体……ファリナの悪名のせいか、ファリナの美貌のせいかは分からない。
「そうですね、ファリナが通っていた店などはありますか?」
そう問うと、イレットが困ったような顔をした。
「それが……以前の奥様は買い物となると店の者を屋敷に呼び付け、それで買い物をなさっていたのです。日中は外に出ることなど滅多にありませんでした」
「む……なんとだらしのない……! そんな事をしても良いのは我が主ぐらいですよ、店ぐらい自分で向かうべきです!」
なんという体たらく!
そう考えながら言うと、イレットも困ったような顔で笑っていた。
「ではそれはもういいです。イレットはこの辺で何か好きな所などはありますか? あればそこと……そうです! 私、何か美味しい物を食べたいなと思います!」
両手をパンと合わせて提案すると、困ったようなイレットの笑顔が、今度は少女のような笑顔に変わった。
「ウフフ、それでしたら……このイレットにお任せください!」
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この方は本当にファリナではないんだな、と時を重ねる毎に思わされる。
“魔族です”などと口走るものの、見せる行動や表情は魅力的で、発言にも悪意など感じられない。
今も小さな菓子をつまんで食べては笑顔を振り撒いている。菓子とはいうが、流石に公爵夫人に安い菓子など食べさせる事は出来ないと思い、かなり高級な店を案内してはいる。
しかしアヴェリンの宝石は悪しき魔石ではないかと思っていたのに、本当の魔石になった途端以前より美しい輝きになったように思う。
中に居ると豪語しているゼディアは、魔族と言う割にどうも無邪気で、本当に魔剣士などという存在だったのかどうかを疑うほどだ。
しかし、彼女……彼の話によれば魔界は戦いを楽しむ者の世界だと言う。
彼の主の話もちょくちょく……いや、頻繁に聞かされるが、側で聞いていればなかなかに豪胆で快活な人物のようで、戦場でも高笑いを上げながら遊んでいる(戦闘している)そうだ。
そんな彼は主を敬愛し、当然魔界に帰りたいと願っているが、何となくそれには思うところがある。
ゼディアがファリナの中から消えてしまったら、勿論以前のファリナに戻るのだろう。
「イレット、この菓子、とっても美味しいですよ! あなたもどうぞ!」
今、目の前のファリナは完全な好意で、公爵家に仕えていてすら滅多に口にできないような菓子をイレットに差し出している。
「い、いえ、私は……」
「えっ!? 何でです? あなたが案内してくれたんですよ? 別に菓子程度食べて怒る人なんて居ませんよお、アハハ!」
悪魔とは違う、そう聞かされた。魔族には魔族の善悪もあると。
今はこの魔族の善悪の側が心地いい。
魔界になんか帰らないで欲しい。
今の素敵なままのファリナに仕えていたい。
ならばイレットに出来る事は最大限やらなければならない。
ファリナの離婚を後押ししつつ、人間の良さをゼディアに教えていかなければならない。魔界よりも人間界が素晴らしい所だと感じて欲しい。
そう、まずは離婚を成立させなければならないのだ。
イレットが執事のカシオンから命令されていたのは、ファリナの悪行に関する証拠集めだ。ヴァレンはそのカードを可能な限り収集し、彼女を殺害出来る条件を揃えようとしている。
何としてでも阻止しなければならない。それが自身の上司を裏切る事になろうとも。
そんなイレットの立場や想いなどは知らぬまま、目の前のファリナが菓子をイレットの掌に乗せた。
赤いルビーのようなキャンディを纏ったアーモンド。
「では……お言葉に甘えて頂戴いたしますわ、奥様……!」
宝石のようなそれを口に入れると、ファリナが笑う。
「ね、とっても甘くて美味しいでしょう? 私、こんな美味しいもの初めてですよ、魔界にはありませんからね!」
太陽に照らされたファリナが眩しい。