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人間って鈍臭いんですねえ

「奥様、馬車の準備が出来ております。さ、帽子を」


「どうも」


 イレットに帽子を被せられ、部屋を出る。屋敷の玄関まで歩いている最中、嫌なものを見た。


「どこかへ行かれるのですか、ファリナ?」


 今一番顔を見たくない男、ヴァレンだ。執事のカシオンを連れて前から歩いて来た。


 彼が軽く首を傾げると、薄いブルーの髪がサラリと揺れ、切れ長で薄い浅葱色の目の端を隠す。


 なるほど、色男と呼ばれるのも納得だ。顔を合わせて3回目でようやく相手の姿をキチンと認識した気がする。


「ええ、少し」


 必要最低限の発言だけにして、さっさと通り過ぎようとしたが、それを阻まれた。


「夫の俺との会話は嫌ですか? 俺より大事な用が外にあるのですか?」


 前に立ちはだかって手を取られる。ヴァレンのもう片方の手がファリナの金の髪を一束掬い、目の前でそれに口付けた。


 周囲の使用人達がそれを見て色めき立つ。


 ……こちらは鳥肌と腹が立ったが。


「ただの気分転換です。それに、会話だなどと用があるのであれば、私が出掛けるよりも先にお声掛けくだされば宜しかったのでは?」


 金の髪を掻き上げてヴァレンから取り上げる。自分の身体ではないが、嫌な気持ちだ。


「ではファリナ、あなたが帰ってからでも良い。少し話をしましょう……俺と2人で」


 片手は握られたまま、離されない。


 2人。嫌な響きだ。しかし、離婚話を再度押すチャンスかもしれないし、嫌とは言えない。


 それに、次に腕を掴まれても今朝試した魔法による身体強化で振り解く自信はある。


「……それでしたら。では、馬車を待たせていますので」


 せっかく外に出ようというのに気分が台無しだ。


(とにかく早く外に出ましょう)


 ふいを突いてパッと手を解いた。


 顔に気持ちが出てしまっているのを自覚しながら、ツカツカと歩いてヴァレンの横を通り過ぎる。


 チラチラとこちらの様子を窺う使用人達の間を通って行こうとすると、慌てて避けようとしたメイドの1人が目の前で躓いて転んでしまった。


「あっあわわ……!! す、すみません、すすすすぐに退きます、うっ……痛……あわ……」


 やはり人間は鈍臭いんだなとしか思わなかったが、転んだメイドは涙目で謝っている。しかし、足を挫いたようで上手く退けず、パニックを起こしているようだった。


 私の顔が機嫌の悪いものだったのも手伝ってしまっているかもしれない。


(どれだけファリナは悪女だったんでしょうね)


 そう思いながら転んだメイドの前にしゃがみ込んだ。


「別に退かなくて構いません。足を痛めたんですか? 私の機嫌に構わず、慌てなくても良いのに……」


 言いながらイレットの言葉を思い出す。


 ファリナは治癒の力に長けているとか何とかだったはずだ。何とか治してみるか?


(ううん、よく分かりませんけど……今使えているものを応用するのが早いですね、多分)


 メイドが痛めている方は手でさすっているからすぐに分かった。その足首に触れ、何となく当てずっぽうで魔力を流し込みながら発動させる。身体強化で何とかなれの気持ちだ。


 ファリナが治癒に長けているのであれば、身体強化でも十分役目は果たせるんじゃ無いかと思う。


 触れた手元がポゥッと柔らかく光り、しばらくして消えた。


「終わりましたけど、まだ痛みます?」


 メイドに話しかけると、ふるふると首を横に振っている。


「い、痛くない……だ、大丈夫です、あ、ありがとうございます! な、なんとお礼をすれば……な、何でもさせて頂きます、恐れ入ります、ファリナ様!!」


 おっかなびっくりといった様子で目を涙で滲ませながら何度も頭を下げる彼女を止めた。


 きっと、今までのファリナの素行のせいも相まって、私に何を要求されるか分かったものでは無いのかも知れない。


「別に何も求めませんよ。いや、そうですね、強いて求めるなら……身体は大事に、といったところですかね。では」


 そしてその場を後にした。


 使用人達の驚いた視線の中に、ずっと嫌な視線が刺さっているのも気付いていたが、敢えて無視する。


 馬車に辿り着き、乗り込んでようやく一息つく事ができた。


「奥様」


 イレットが声を掛けてくる。


「良いんじゃないですか? 私、悪い事していませんし。善行を見せ付ける事も出来て暁光ですよ」


 そして彼女にだけ見えるように誇って見せる。


「はぁ……何だか、かわ……素敵ですね、奥様は。ふふ!」


 黒い縁のメガネの向こうでイレットの目が笑ったのが分かる。それを見て私も笑った。


「ふ! 嫌な気分だったのが晴れました!」


 クスクスと笑う私達を乗せた馬車が動き出す。


 それすらもヴァレンに見られているとは知っていたが、これも敢えて無視した。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「カシオン、どう思う?」


 一部始終を見ていたヴァレンとカシオンが執務室で話す。


「随分な変わりようですね。以前の奥様は、滅多な事で日中に外出するような女性ではありませんでしたから」


 カシオンがそう言うと、ヴァレンが深く頷いた。


「そうだ。日に焼ける、虫が嫌だ、風で髪が乱れると言ってな。それなのに、当たり前のように出て行った」


 そして窓のレースカーテンにそっと隙間を作って馬車が去った方向を見る。


「極め付けは使用人の怪我を治した事だ。金を積まれても自分の気に入る顔の男にしか魔法を使わなかったファリナが、使用人の……しかも女の怪我を治すなどと」


 しかも見た事のない魔法の扱い方だった。常識ではあり得ない。


「本当に……演技であっても無さらぬ事ばかりでございますね……。これまでのファリナ様とは思えません」


「ああ、全くだ」


 思い返して苦虫を噛み潰したような顔で外を睨みつける。


(何より、悪女のままであれば良いのに、今更……! 本当に別人じゃないか!)


 心底腹立たしい。


 今までは自分に纏わりついて鬱陶しかった悪女が、今度はこちらに見向きもせず、今までやらなかったような事をしでかして去っていくのが別の意味で鬱陶しいと感じる。煩わしい。


 姿だけなら好みの女だ。


 しかし性格や素行に品が無く、他の者達を陥れたり蔑んだりしながら自分を求めてきた事には吐き気がした。


 当然結婚もするつもりは無かったが、剣の稽古中にわざと飛び出して来て傷を負い、その責任を取らされる形での結婚となった。


 今もあの女の額の生え際には小さな傷痕がある。ファリナの治癒魔法であれば傷も残らないような物だが、わざとヴァレンに見せ付けるように残してある。


 下手をすれば大怪我だと言うのに、そこまでしてかと思うと悪寒が止まらなかった。


 だが、先ほど馬車で出ていく時にチラと見えたのは、自分の前で見せてきたようなわざとらしくも艶めかしい“女”の笑みではなく、屈託のない少女のような可愛らしい笑顔。


 今更そんな風に笑っても許さないのだが、何故かそれが自分に向けた笑顔ではない事が余計に腹立たしい。


 本当にもう自分には興味がないのか。悪寒が走る程重たく、気色の悪い愛を向けないのか。


 ならばもう一度、ファリナの心を自分に向けさせて、絶望の中で別れてやる。


「このまま逃げ切れると思うなよ……」


 死をもって離婚とするまでは。


 

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