魔法が使えるじゃないですか!
朝、起きて初めに行ったのは魔法が使えるかどうかの確認だ。
(ふむ……魔法は……この身体だと使いにくい部分はありますが、魔力の流れは感じることが出来ます。応用して、筋力ぐらいは上げられませんかね)
そうすればあの男……ヴァレンに腕を掴まれても振り解く事が出来るだろう。
そこまで考えて昨日ヴァレンにされた事を思い出した。
腕を引いて口付けをされた……この身体の腕力では逃げ出せず、されるがまま。
(ああ、思い出しただけで腹立たしい……私は魔族なのです、この身体が貧弱なせいでこんな目に……屈辱です!)
そう思いながら魔力を行き渡らせる。何か力を試せるような物があれば良いのだが……と思い、目に付いた物……テーブルを試しに持ち上げてみる事にした。
細かい模様の彫り込まれた木製のテーブルは縦横の幅が80cm程の正方形だ。元の身体であれば問題なく持ち上げることが出来るだろうが、この身体ではどこまで出来るものかわかったものでは無い。
とにかく手を掛けて力を込めてみる。
すると、少し重量は感じるが持ち上げることは出来た。
(ふむ、これぐらいなら何とか……もう少し使い方を工夫すれば上手く扱えるかもしれません!)
そう考えてふと笑みを漏らしているところに、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「奥様、イレットです。入ってもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
机を持ち上げたまま答える。当然、その姿はドアを開けて入ってきたイレットの視界にも入ることとなった。
「お、奥様!?」
「はい?」
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「えーと、では……魔法が使えるかどうかの確認だった、と……」
イレットが用意したドレスに着替えながらそれに答える。
「そ、そうです……でも! これならもしかしたら離婚後は剣で食べられるかもしれませんよ!? 魔族の私は魔剣士でしたから!」
そう言いながらイレットの顔を確認すると、かなりのジト目が彼女の眼鏡の奥にあるのが分かった。
「あのですね、ファリナ様は魔法に長けている方ではありました。でもそれは癒しの力であり、そんな剣を振るうような力ではありませんでしたよ!」
「そう言われましても……」
魔力を身体に流したら出来てしまったものは仕方ない。
ドレスの後ろを締められながらボンヤリと答えた。
「奥様、元の魔族の……ゼディア様はどのような魔法をお使いになっていたのですか?」
そう問われて、うーんと思い返す。
「……身体の強化や、剣に熱や冷気などの魔法を纏わせて相手を斬り付ける魔法が主でした」
そこまで考えて、ようやくはたと気付く。
「何で私はここでも魔法が使えるんでしょう? あなた方は人間ですよね? 私達の常識では、魔法を使える人間など存在しないのです」
そう、私……ゼディアという魔剣士である私が住んでいた魔界。それとは別に、聖界と呼ばれる……いわゆる天界のような世界、それと人間界の3つの世界で成り立っている。
魔界に住む魔族、聖界に住む聖族は魔法が使えるが、人間は魔法を扱えない。
魔界に伝わるお伽話では、大昔は全ての世界が1つであったそうだ。魔族、聖族、人間のどれもが魔法を扱えた。
だが、人間は愚かで姑息な生き物であったため、世界を1つにし、魔力の根源となっていた宝玉を我が物としようとした。
魔族と聖族が止めに入った結果、我が物にできぬならと人間が宝玉を割ってしまったのだ。
宝玉が割れたため、世界は魔界、聖界、人間界の3つに分断された。人間はその罪により魔法を取り上げられ、宝玉の代わりを務めるよう、その感情を魔族と聖族の魔力の源にするよう定められたのだ。
「……という話があるのです。この世界の人間には魔法が普通に使えるのですね?」
簡単にそのお伽話をイレットに話したが、彼女は首を傾げるばかりであった。
「その通りですよ。魔法は普通に扱えるものです。どの人間も、得手不得手の差はあれど扱えて当たり前……ただ、奥様のような使い方は聞いた事がありません。皆、詠唱しながら魔力で魔法陣を描いて扱いますから」
「へええ……面倒ですね、それ」
魔界にも魔法陣や詠唱はあるが、時と場合によって使う程度のものであり、別に必須の手順ではない。
何ならゼディアの主である魔王子は、手を叩いて爆笑しているだけでその辺が大爆発しまくる危険人物だ。
「奥様? 奥様!」
「ああ、いけません、ありがとうございます」
主に想いを馳せるところだった。即座に気付いたイレットは素晴らしい観察眼を持っているようだ。
「とにかく、これでも魔法が使えるのは分かりましたし、何か力試しでもしたいところですね。イレット、何か良い場所や相手など、案はありませんか?」
イレットに髪を整えてもらいながら尋ねるが、彼女はあまり良い顔をしなかった。
「奥様、まずは善行を積むと仰っていませんでしたか? 力試しは出来れば控えて頂きたく思います。公爵夫人としては褒められたものではありません」
「むぅ……そうですか……」
ガッカリしながら鏡の中の自分を見た。
ファリナの顔でしょぼくれてはいるが、それでもきっとこの女の顔は誰の目にも美しいと映るのだろう。
「……分かりました。ではイレット、この屋敷の外……出来れば周辺の街ぐらいは散策してみたいと思います。それは構いませんか?」
自分で言ってみて思ったが、確かに自分はこの屋敷の中すらまともに把握していない。それ以上に外のことは全く知らないのだ。
屋敷の中などはいつでも散策できるが、屋敷の外はいつでも、というわけにはいかない。
「それでしたら大丈夫ですよ。ドレスは着替えますか?」
「そうですね……いえ、せっかく着せて貰ったのでこのままにします。どうせ元のファリナも外へはゴテゴテした服装で出ていたんでしょう? きっとあなたはそれよりマシな服装にしてくれたでしょうし」
正直言うと“ドレス”という衣類自体が鬱陶しいのだが、あまり文句を言うものではない。イレットも頑張ってくれているのだ。
「……本当に、本当にファリナ様ではないのですね」
イレットの小さな声がした気がするが、あまり聞き取れなかった。
「はい?」
「何でもありませんよ、奥様。馬車の手配をして参りますのでしばらくお待ちくださいね」
そう言って穏やかな笑みを返したイレットが頭を下げながら部屋を出て行った。