雑ですが離婚計画を立てます!
部屋に帰った私は苛立ちながら、その内容をイレットに話した。話したと言うよりはぶつけたに近い。
「何なんですか、あの人間は!! おぞましいったらありませんよ、あれをこの女は望んでいたのですか!?」
「奥様、落ち着いてください……!」
「落ち着きたいですよ、私としても! 耐え難い屈辱です……この身体は人間とはいえ、私は……私は……!!」
行き場の無い怒りを両手に込め、ボスン!とベッドにぶつけた。
そこでようやく冷静さを取り戻そうと深呼吸する。
「奥様……お気持ちは……」
「いいえ、分かりませんよ、あなたは人間ですし」
「はい……失礼致しました」
しかし、このままではいけない。イレットが少し身を引いてしまっているのが視界の端に映る。
「……申し訳ありません、取り乱してしまいました。あなた方は恐らく、このようなヒステリックな状態のファリナを見ていたのですね。怖がらせてしまいました」
姿勢を正し、髪の乱れを整えてイレットに向き合う。でも顔はしょんぼりしている自覚がある。
「これでは私もファリナと変わりないですね。反省します。そして、このような事態に陥らないよう、念入りに計画を立てる事にします」
そしてしなやかな手をイレットに差し出し、改めて。
「私に協力してくれますか? 至らぬ点はあなたに補って頂きたい」
イレットは躊躇し、それから眼鏡をクイッと直した。
「……分かりました。出来る限りの事は致します」
柔らかい手に柔らかい手の感触が伝わる。
これで1人、協力者を得た。
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「奥様、まずはどうなさるおつもりで?」
「ええ、まずは粗方の計画を立てます。計画とは、ゴールがあって初めて出来るもの……最終的にどうしたいかを明確にし、そこまでの道のりを幾つか考え出すのが良いでしょう」
そしてノートを開いてそこに“帰る”とだけ書き込む。
「私のゴールは、魔界に帰る事です」
「ふむふむ……奥様の読み書きは問題ないのですね?」
「そのようですね。何故かスラスラと出てきました」
そう言われれば不思議な事だが、これも全て我が主の御技と考えれば問題はない。むしろそれ以外に無いだろう。読み書きに不自由しないのはありがたい。
(ああ、なんと慈悲深き我が魔王子、なんと素晴らしい我が主……!!)
「……奥様?」
「はっ、いけません、つい主への想いが」
「そのようですね……」
ついつい意識がそちらに飛んでしまっていたようで、それをイレットが修正してくれた。
「魔界に帰るのは並大抵ではないでしょう。だから調べ物や外出など、他人に合わせず自由に動き回れる環境が必要です」
「……となると、離婚が前提……ですか?」
イレットが先を続けてくれたので、それもノートに書き込んだ。“離婚”と。
「その通りです! ヴァレンは他の男がどうのと言っていましたが、私はそんなものに興味はありません。離婚後にも色々とあるでしょうが、取り敢えずの第一目標ですね」
そしてペンを置く。2行……というか二言しか書いていないのだが、これ以上を書く気はない。
そもそも魔族は記録を残す文化が無いのだ。それを書いただけでも十分だろう。
「問題はその離婚をどうクリアすべきか。ここですね」
ヴァレンは離婚しないと断言していた。コレをどうやって納得させるかだ。
「取り敢えずは善行を積んでみますか。普通に暮らすだけで善行につながる可能性が高いでしょう。離婚しても良い、安心だと思える程の善人になれば良いのです」
それを聞いていたイレットは首を傾げた。
「……それだと、ヴァレン様は余計に奥様を手放したくなくなるのではありませんか?」
「…………」
そう言えばそうだ。思わず固まってしまう。
「し、信用は大事です! それに更なる悪行を重ねる訳にもいかないでしょう!?」
人間の男女は面倒くさい!
しかし他の男にも興味がない事を証明し、信用して貰わないと離婚の“り”の字にも乗れないのは間違いない。
信用とは善行の積み重ねだ。
「魔族って善悪の観念がちゃんとあるんですね……」
「当たり前です! 魔族を悪魔と混同しないでください、そんな伝説上の矮小な生き物ではありませんから!」
「とにかく、この辺りにしましょうか。私、頭を使うのは得意ではないのです。外も暗いですし、イレットも休むのが良いでしょう」
計画を立てる前に“念入りに”という言葉を使った気がするが、この際気にしないでおく。
「良いのですか?」
「良いに決まっているでしょう? 生き物が疲れた時は休むのが一番です」
「はあ……」
気の抜けたような返事を返すイレットに疑問を投げる。
「私、変な事を言いましたか?」
すると、彼女は慌てて手や首を横に振って否定した。
「いいえ、そんな事はありません!……ただ、以前のファリナ様は私に……下々にそんな言葉を掛けてはくださらなかったもので」
そんな程度の事で。
(我が主なら、パフォーマンスが落ちると言って休みは必ずくださっていました。働き続けると、結果的に良い行動に繋がらないのだと)
「ファリナは本当に人間なのですか?」
「に、人間でしたよ……多分……」
「あなた方も気の毒ですね、本当に」
そう言ってその後はイレットを下がらせた。
他にもメイド達が寝るまでの世話を焼こうと部屋には来たが、彼女達の相手も出来なかったため「お願いだから1人にして欲しい」と部屋から出て貰う。
当然彼女達もかなり戸惑っていた。
以前のファリナは寝る直前まで焼かれる世話は全て焼かせていたのだろう。
寝る準備程度の事は自分で出来る。アクセサリーを外して、着替えて寝るだけ。
人間の身体は疲れやすいようで、ベッドに横たわった私はすぐ眠気に襲われた。
そんな私の様子を、イレットではない誰かが伺っているとはつゆ知らず。