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転生先はクズのハズレ女ですね!

 イレットはファリナの事やこの地域について、大まかではあるが説明してくれた。


 ここはアヴェリンという国だそうだ。”アヴェリンの宝石“だなどと歯の浮きそうな二つ名で呼ばれている程なのだから、このファリナの顔は相当美しいのだろう。


(……人間の美醜の観念はよく分かりませんがね)


 そう考えながらもう一度手鏡を見た。


(どうせなら我が主のような不穏な二つ名と、もっと美しい顔が良かったですねえ)


 今も魔界に居るであろう主に想いを馳せる。


 美しい薄紅の髪。男女の区別も付かぬ程に整った顔。そして“災いの薄紅”という敵味方問わず被害を被るが故の二つ名。


 思い返して溜め息を付くと、着替え直した肌着が揺れた。


 イレットに頼んでなるべく肌の露出が少ない物を用意して貰ったのだ。まだ少し胸元がスースーするが、贅沢は言っていられない。


 この身体の元の持ち主……ファリナは相当な悪女であったとか。


 公爵令嬢……その身分を振りかざし、宝石やドレスなど贅沢な物を買い漁り、そして別の公爵家のヴァレンという男の弱みを握った上で結婚を迫ったそうだ。


 なんと品の無い。


 そしてヴァレンという男は大変な色男だという。剣の実力も高く、若くしてこの国の騎士団を率いる存在だと。


(ふむ、それは単純に興味があります)


 自身……魔剣士ゼディアとしては剣の腕前は気になるところではある。手合わせもしてみたいが、今のこの小さな身体ではどこまで出来たものか……。


 部屋で1人思案する。魔界に帰るためにも、イレットの協力は必須だ。


 当のイレットは大まかな説明の後、ファリナの夫であるヴァレンを呼びに行った。


 とにかくこの世界の事を早めに把握し、なるべく騒ぎを大きくせず穏便に魔界へ帰りたい。何せ、今の自分がこの女の身体に入り込んでいる……という事はだ、その逆も言える。


 つまり、その痴女がゼディアの身体に入り込んでいる可能性があるのだ。


 そう思っただけで肌が粟立ち、背筋が寒くなった。


 そうしていると扉がノックされる。


(いけない、夫人らしく演技しなければ)


 なんと悲しい事であろうか。人間の女のフリをしなければならないなどと……。


「はい、どうぞ」


 声を掛けると扉が開き、薄いブルーの髪をした男がイレットを伴って入ってきた。よく見ると少し壮年の男性も連れている。……恐らくは執事だろう。


「ファリナ。目が覚めて何よりです。イレットから聞きましたよ、また記憶喪失ですって?」


 薄いブルーの髪を揺らし、男が口を開く。その顔に表情はなく、視線も酷く冷たかった。


 イレットがどこまで話したかは分からないが、記憶喪失までの情報であって欲しい。


「……申し訳ありません。“また”と申されましても、答えようが無いのです。とにかく、少し休めば元の生活は可能だと思われます。えー……ヴァレン様? ご心配をお掛けしました」


 懸命に笑顔を作ってヴァレンと思われる男に話す。否定は無いようだから間違いはないだろう。


「……あくまでも認めない、そういう訳ですね。分かりました。ですが長々と付き合う事は出来ませんので悪しからず」


 それだけ言ってヴァレンはくるりと背を向ける。


 扉が閉められ、残ったのは私とイレットのみとなった。


「今のがヴァレン公爵ですか……まあ当然の反応でしょうね」


「ええ……奥様が旦那様の気を引く為にやった事は一度や二度、1種類や2種類ではありませんので……」


「くだらなさ過ぎる……私ですら主の傘下に入れて貰うためにあの手この手を試しましたが、嘘や謀りなどには何一つ手を染めませんでしたよ」


 そして溜め息をまた吐いてしまう。そろそろこの姿勢にも場所にも飽きた。そろそろ活動したいところではある。


「そう聞いていると、魔族というのが余計に疑わしくなりますね」


 イレットが私の顔を覗き込んで言う。忌まわしいが、今は我慢だ。


「人間に我ら魔族の何が分かると言うのです。そういえば、人間の伝承には“悪魔”という存在が居るそうですね? そんな物と混同されては困ります」


 言いながらベッドからそうっと降りる。ラグのフワフワとした感触が足に心地よく絡みついた。


「違うのですか?」


「違いますとも。人間などという弱いと分かっている生き物を陥れたり利用したりして、それが何になるのですか? それこそ、同じ魔族の強き者と戦い、武勲をあげる方が余程有益ですよ」


 身体の可動域を確認しながら彼女に話した。


「やはり……やはりファリナ様ではないのですね……」


「最初からそのように言っていますよ。どれほどの悪女であったかは知りませんが、私はあなたの協力が無ければここで暮らす事もままならない。これまでと変わらぬ仕事にはなるでしょうが、引き続きよろしくお願いしますね?」


 そしてイレットに笑い掛けた。




------------------------




「どう思われますか、旦那様」


 ヴァレンの執事、カシオンが執務室で話し掛ける。


「どうもこうも……いつもの事だろう」


 特に気にした様子もなくヴァレンが仕事を進めていく。書類を確認しながら、少し先程のファリナを思い返してみたが、いつもよりも大人しいという印象はあれど、それ以上の感想は出てこない。


 そもそも、今までもあの女は何度も何度も絡み付いて来てはくだらないキスだ何だをせがみ、ヴァレンの気を引こうとした。


 今回だってそうだ。急ぎ緊急の呼び出しだと言うのに絡み付いて来たため、軽く振り払っただけにすぎない。それで少し転んだからといって、急に記憶喪失など起こる訳が無いはずだ。


 前回の記憶喪失騒ぎだってそうだったのだから。


「まだうるさいようなら、もう一度医者を呼んで納得させろ」


「承知しました」


 もう少しの我慢だ。


 もう少しで……。


(やっと離婚への手札が揃いそうだからな……)


 そしてヴァレンは薄く笑い、再度仕事を続けた。


 

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