これが転生!?
「そ、そんなあ!? 我が主よ、考え直してくださいませ、反省しております、差し出がましくも逆らって申し訳ありませんでした!!」
「あかん。死なへんだけマシやと思え」
パン!
嘆願も虚しく、目の前の男が容赦なく両の手を叩いた。絶望の音である。
「どうか、どうかそれだけは──」
ご勘弁を。
全て言い終える事もできず、意識が遠のいた。
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「──奥様、奥様!」
「ん……」
身体が重い。ゆっくり起こす事もままならない程に疲れ切っている。
「目が覚めましたか? 奥様……」
瞼を開けると、そこには白い天井が見えた。
視界の端には赤いドレープのカーテンが見える。
隣に居るのは黒髪で眼鏡を掛けた女……差し詰め、小間使いか何かだろう。その女が私を少々冷ややかな目でこちらを見ている。
「……わ、私は……」
身体中の痛みを堪え、ゆっくりと起き上がらせた。
「まだ回復し切っておりません、どうか無理はなさらず、ご静養ください」
「何の……これしきの痛み……!!」
そう言って上体を起こした。やはり重く、そして違和感がある。
自身の身体を見回してようやく気付いた。
「……わっ、私は一体!? この高い声は!? あなたは何者ですか!? そしてここは一体どこですか!?」
翼もなければ爪もない。そして何より大切な……魔族の証であるツノがない!
驚き、取り乱している私に眼鏡の女が引き気味で答える。
「奥様? また以前のような作り話ですか?」
「……何ですって?」
(作り話? 何の事なのかさっぱりです)
「前にもワザと転んで、記憶喪失のフリをなさっていましたよね? 旦那様の気を引くために」
「……何の心当たりもありませんが……」
しかし、この眼鏡は間違いなく好意的ではない視線をこちらに寄越している。
もう一度自身の身体を見回し、手を握ったり開いたりしてみた。ツノの部分にも触れたが、やはり何もない。
(こ、これが……これが我が主が私に与えた罰という事ですか……)
人間の身体。それもこんな小さく弱い女の身体。
しかも、この眼鏡の話から推察するに、元のこの身体の持ち主はどうも大嘘吐きだったようだ。
「はいはい、奥様のお名前はファリナ・エル・エストリス様ですよ。エストリス公爵であるヴァレン様の奥様として、暮らしているのですよ。そして私はあなたのメイド、イレットです。お忘れですか?」
呆れたような口調で丁寧に説明してくれる。
「……この身体の持ち主は相当な痴れ者だったのですね……あなた方も苦労なさっておいででしょう……」
正直な感想を述べておいた。
彼女の話が本当なら、この元のファリナという女は余程素行が悪かったのだろう。眼鏡……イレットが、自身の仕える女主人にすらこの呆れた態度だ。
「……まさか……本当にお忘れに……? 奥様がご自身の事を痴れ者などと言うはずが……」
とんでもない。そんな顔だ。
「忘れているどころか、私はファリナなどという女ではありません。まして人間ですらない」
ここで言っても良いものか迷ったが、取り敢えず正直に言っておく。まずはここでイレットの信頼を得ねば、今の状況から動きにくいのではないか……そう思ったからだ。
「ええと……」
「今すぐ信用しろとは言いません。このファリナとかいう女はかなり頭の悪い女だったようですからね」
先程の反応から察するに、ファリナは高飛車で傲慢だったのだろう。周囲への態度も酷かった事など容易く想像できる。
「こほん、で、ではファリナ様ではないのであれば、あなたは誰なのです?」
イレットが未だ信用のない視線で私を見る。当然だろう。だが正直に話す他ない。
私は改めて口を開いた。
「私はゼディア。誇り高き魔族の剣士です」
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「ええと、という事は……あなたは魔族で、ご自身の主に逆らった罰としてファリナ様に……ファリナ様の身体に入れられた、という事ですか?」
「そうですね。全く……酷い罰です。私は男ですよ? こんな女……しかも人間などという脆弱な生き物! ……はあ、ですが主に逆らった罰は甘んじて受け入れなければなりません」
溜め息を何度も吐いて首を振るが、視界に入る金の髪が邪魔なだけだった。
「イレットと言いましたか。私の姿はどのようなものなのですか? 鏡があればお見せ頂きたい」
「あ、はあ……こちら、手鏡ではございますが……」
イレットが手鏡を差し出す。
それを受け取って自身の顔を確認した。
「……顔は悪くないですね。しかしまあ……こんな品のない肌着をよくも……穢らわしい、人間の中でも下位に位置するでしょうね」
金の髪にグリーンの瞳。長い睫毛に艶やかな唇。見目は悪くない……しかし、胸が大きく開いた肌着とは……。
面白くなさそうに鏡の中の自分と睨み合う。
「ファリナ様は“アヴェリンの宝石”と呼ばれておりますからね」
「……アヴェリンとはこの地域の名前ですか? 何にせよ性格は最悪そうですがね。普通、幾ら気を引きたいからといって見え透いた自作自演までしますか? 魔族ですらやりませんよ、くだらない……」
そう溢していると、段々とイレットの態度が変わってきた。
「……信じて頂けたのですか?」
「……まだ半信半疑です。ですが、確かに奥様は冗談でもご自身のことをそこまで貶したりしませんでした」
そしてこちらをしっかりと見据える。
「ですが、魔族だなどと……別の人格が入っている事は疑わしく思っています」
「……まあ当然でしょうね。私こそ驚いていますから。ああ、流石我が主! 素晴らしい……人間に留まらず魔族の理解を超えた技をお使いになる、なんと……そう!! 私は幸運なのです!! 彼の方の罰をこの身全身で受ける事が出来る!! そう考えれば素晴らしい事なのです!!」
そこまで一気に話したところでイレットが引いているのが分かった。
「……申し訳ない、主の事を考えるとつい熱が……」
「い、いえ……ほ、本当に別の方なのだと、信じる事が出来そうです……」
「な、何よりです……」
ともあれ、イレットに信じてもらう。その目標はクリア出来たようだ。
2人してぎこちなく笑った。