表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

陶片追放

作者: 第六感

おおむね石を投げられる側の人間であるが故に、他人に石を投げたことはなかった。つまりこの場合放逐するという意味である。集団の中に目立つ孤独はそのまま人を孤独にした。人と友人になるということはいずれその人と決裂することを意味した。君塚希枝はそうやって生きてきた。彼女の友人というものは決裂までの一定期間を同じ船の中で過ごす船員のような感覚を持っていた。


親に置いていかれるのを恐れなかった。子供としては珍しくないが、自分の見ているおもちゃに対する興味が尽きるまでその場を動くことはない。抱き抱えられるまで抵抗できる限りあきらめない。だんだん抵抗力も上がっていき抱き抱えられた状態から脱出に成功してしまったある時母はいよいよ怒り、彼女をその場においていったが、買い物が終わってから同じ場所に戻ってくると平気な顔でまだ見ている。呆れて「帰るよ」と言われると大人しくついていく。

「この子は手のかかる子だったわ」に続けて必ず紹介されるエピソードだった。

「違うよ、お母さん」反論さえしたという。「戻ってきたときにわかるように同じところにいてあげたのに」興味のおもむくままに移動しないでいてあげたのだから、感謝して欲しい。そういって大人ぶって憮然とする真似事をしていた。

移動しなかったことをおじさんに褒められて調子に乗って言ったのが真相であり、当時の記憶はない。やがて「迷子センターでお母さんを呼び出してあげたんだから」という証言に変わったので信用ならないものである。君塚母の証言は一貫しているのでこれを容れて、『置いていかれても泣かない・移動しない』という性質を読み取っておこう。


小学校に上がる頃には集団に馴染まない性質は醸成されていた。都会の学校らしく集団登校が義務だったのだがとにかくこれを嫌がった。登校時間に遅刻して一人で通学路を走るのがお気に入りだった。曜日を決めていて決まって水曜日に忘れ物をして集団を先にいかせるのであった。なぜならその日は上級生の委員会・クラブ活動が午後と先生たちを占めていて教科書が少ないのである。フォームのなっていないがむしゃらな走りで息を切らして、遅刻するのだ。毎週朝礼の移動に滑り込むと、これがまたバレない、と思っていた。担任は気づいていたと知るのは2年生の担任と5年生の担任が同じになったおかげである。担任を交えて給食を食べながら「君は毎週のように遅刻していたね」と言われた。本当に毎週だったのだが、記録以上に印象的だったのだろう。

5年生になったころには遅刻しなくなっていた。それは協調性を身につけたためではない。足が早くなっただけだ。5年の国語の時間のこと。木の描き方を文章で説明された。枝を広げる前にまずその枝は根本から枝分かれしている。物事を捉える能力について文章で説明できることに驚いた。その書き出しこそ、走り方だった。地面を蹴るように? 違う、足をひきつけるのだ。


そうして大小の失敗を経験した。関わる人数が多くなったので、集団になったので、彼女の運命が片鱗を見せていたのだろう。石を投げられる運命が。

とりあえず班登校を逸脱していたことがバレて怒られて別の班に入れられた。


どうせ集団を放逐されるのならば所属するのではなく組織するべきだと考えたのは中学校の時分である。名門校に入学して順調に落ちぶれた彼女は落ちぶれ仲間と遊びまわって、偶然英語の成績が良いときがあった。

「お前にまけるのかよ」と直接言われたのが大きかったかもしれない。私みたいなやつの成績が良かったら面白いのではないかと。

「カラオケ行こーぜ」

「ごめんもう期末2週間前だから」

付き合いが悪くなって、落ちこぼれ友達はいなくなった。当時仲良くしていた奴は君枝を除いて卒業していないので正しい選択をしたことになる。

成績が良くなってから手に入れた友人はなかなか離れなかった。

彼女らは自分と違う者になれていた。自分が、他人と違うとされてきたからだろう。そうやって、寄せ集まるような友人関係から獲得する友人の価値に気付いたのもこの時期であった。朱に交われば、というわけである。

組織するというのは、部活を作ったのだ。部活づくりで難しいのは顧問探しである。成績が良くなった君枝は先生の覚えがよく、茶道部を作りたい古典の先生と意気投合していた。そこからは先生がメンバーを集めて君枝が職員室と校長室に書類を通して、瞬く間に茶道部初代部長の椅子に座っていた。茶道室は彼女の城であった。

この椅子からは、翌年に追われることになった。部員の熱心さについていけなくなった彼女は引継ぎの形で早めに部長職を辞任した。

「やろうと思えば」シャカシャカとお茶を点てながら、当時の友達に打ち明けた。「部長なんだから部活の曜日を減らしたり発表会を2か月にいっぺんにしたり、できるんだけどね。なにか部活作りたいってだけだった私が、あの子たちの邪魔したら悪いじゃない」

その友達は「わたしはお茶菓子だけでいいんだけど」といってお茶を残していった。


君枝が大学生になった。華の女子大生になった。女子が少ない学部に入ったので男の子の友達ができた。異性というのは扱いやすいのだと知る。その見識の誤りも知る。

「でてけよ!」

半同棲していた彼氏に締め出されて荷物をぶつけられる。今の時点から観察する我々はこれもまた投げられる石の一つと認識できるだろう。浮気を疑われて特に晴らす努力もしなかったからである。この時までは、事実があれば人は間違いを認めるだろうという人に対する信頼があった。信頼しなくなったというと悪いようにも思えるが、他人の内面を思いやって尊重することを覚えたのだといえる。

「友達の多い子でしたね。分け隔てなく誰にでも優しい感じで、好意を持つ人も多かったと思います」大学時代の友人は語った。「僕ですか? 魅力的な方でしたけど最後まで友達でしたね」

最後にはうまくやるやり方を発見したというのが正しいのではないかというのが私見である。


自然科学系の大学を卒業して日本航空に就職した。

母には「あんたパイロットになりたかったの?」とおおいに驚かれた。

聞かれると何かしらの回答をせざるを得ない。君枝はパイロットにもなれる程度に考えていたが、なるかもしれない、と答えるうちにそのつもりになっていた。幸い地上で働く間考える時間はたくさんあった。

初めて飛行機を飛ばした日はあいにくの曇りだった。風も弱く、降雨の恐れはない。快適なフライト日和と言える。

離陸までの時間、彼女は墜落した時のことを考えていた。免許に偽りはない。墜落の心配はなかった。つまり原理的に飛行能力に不備はないことが理解できていたが、安心とは別である。

「実は今日、寮の部屋をあえて散らかしてから家を出ました。もし事故があった時に虫の知らせがあったのかななんて言われたら癪じゃないですか」

しかし現地での彼女は不安を感じさせない様子であったという。指示を受けてタイムラグなく発進した。心身を切り離したベストパフォーマンスを発揮したのである。

彼女はこの時地上から遠く離れることに感動を覚えた。地球が丸く見えて、大きな石であることを意識したという。

「問題は着陸するときでした」

着陸後、先輩に連れていかれた居酒屋で彼女は言った。

「これから家に帰って部屋の掃除をしなければいけないことに気が付いたんです」



世界の空を飛び回って五年が経つ頃には君枝は良い副操縦士として信頼を得るようになっていた。そんな折彼女はミッション・スペシャリスト選抜の打診を受けたのである。

そう、宇宙飛行士になれる道である。ついに地球からさえ放逐される運命なのかと考えた。そして、そうだとしたら自分に似合っている職業のような気がして選抜を抜けて宇宙飛行士の候補生になった。まるで子供の憧れではないか、と同期と笑っていた。笑いあった同期の友人は、訓練についていけなくなって候補生を降りた。以降会話していない。

彼女の友好的な在り方が程よく発揮された職場であったと言えるだろう。仲良くなりすぎなければ、別れることがない。それを知っている君枝は誰とも仲良くできるのだから。訓練も順調に積んでいった。

「いけるところまで行こうと思うって言ってましたね。能力の証明だとかなんとか。ついてけなかったけど、かっこいい奴だったと思います」

候補生を降りた彼は十年後機長の椅子を手に入れていた。これもまた子供の憧れである。



君枝の最初のミッションはISS(国際宇宙ステーション)より宇宙に近い実験室「ぼうきょう」での自然科学的実験の実施だった。低重力、高真空空間での実験は特異な結果を返してくれる。

回転する物質は回転軸に対して垂直な面を中心に反転する性質を有していることをご存知だろうか。原理は解明されていない。人類は重心を複雑に変化させた回転体モデルをつかってその原理解明に乗り出していた。彼女もその研究者のひとりになる、はずだった。

彼女が実際に宇宙空間で研究に没頭していたとき、ブザーが鳴った。宇宙嵐や、太陽風などの脅威が接近するときになるブザーである。不安になる音を選んで鳴らしているらしく君枝はあまり好きではなかった。

今回は好きでないとなどといっている場合ではなかった。なぜなら音の出所が分からない。何日も前から予想されていることが普通であって、緊急連絡に使われたことなどなかった。

思い当たることといえば、彗星の接近であった。近日中に接近するといわれていたことを思い出す。予想外の軌道を描いていた。大きさも。

想定外のサイズだったのである。それゆえに帰ってくる計測値を読み違えていた。AIは間違うことがなかったが読み取る人間はゆうに間違う。計算し直せば地球をほんの少し削りとるように通過することになると思われた。舞い上げられた灰が地球を覆い、飢餓によって人類は滅亡することが推測された。だれにそれを阻止することができようか。


君塚君枝である。


彗星にもっとも近い位置で(ISSは厳密には宇宙空間とは言えないほど地球に近い)、もっともはやく対処できるのが彼女だった。もちろんできるからといっても考えなしに飛び出すわけにはいかない。しかし、確かにあの彗星が選んだのは彼女だった。

実際の対処法は広く公開されているわけではないので詳細は省くが、イメージとしては彗星との相対速度を0にして接触し、さらにずれる方向にスラスターを噴射することで大きく軌道をずらすことに成功した。その成功の代償として、彼女は宇宙船の燃料をすべて使い切り、彗星と同じ軌道にのって消えた。


しばらく長いこと「英雄は隕石に衝突して死んだ」「それは彼女にぶつけられた人生最大の石となった」とされてきた。








だが、、。当該彗星は周期を有している。約二千年周期で地球に最接近する。


光速に近づくことで何かできたような気がするが、どうだろうか。限られた時間の中で君枝は考えた。

軸が反転することがなければ、無限に速度が上昇することになる。すなわち光速に近づくことができるのではないか。その場で回転する。反転するのは体感時間で10秒目、主観が高速化するため、それに伴って客観時間が遅くなる。だから外から見るとだんだん反転が早くなっていた。だったら必ず10秒で自ら反転すれば逆回転を加えることになって減速しないことができる。船の耐えられる温度を超えそうになったら反転に身を任せ、温度が低下したら反転に抗い始める。これを繰り返せば、二千年をそのまま体感する必要がなくなる。一体どれほどの時間にすることができるのだろうか。実験室において、反転が起きる間隔は狭まっていき、0.1秒になるところを確認している。それで上昇する温度は400℃。耐えられる。

しかしこれでも、体感時間で20年。気の遠くなるような時間である。20年間回転し続ける人生を送らなければならない。しかし彼女は成し遂げる自信があった。自らの骨をうずめる場所を地球と見据えていたためである。


こうして彼女は地球に墜落した。最後に彼女がぶつかったのは彼女が愛してやまない巨大な石そのものであった。


夭折が多い英雄らしからぬことに彼女の享年は、肉体時間で50歳程度、1867歳であったと伝えられている。

以上


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ