第97話 偽たくあん聖女11
無機質な建物が夜の闇の中不気味にぼんやりと聳え立つ様はどうにも苦手だ。
本当に幽霊か何かが出てきそう。
風の音だけが時折耳について、それが誰かの叫びのようにも聞こえてくる。
そんな中、私たちはクロードさんが光魔法で出した灯りを頼りにゆっくりと進んでいった。
「リゼさん? 怖い?」
「す、少し……」
少しどころじゃない。
ものすごく怖い。
正直もうお家に帰りたいレベルで怖がってる。
がんばるのよリゼ。
絶対大丈夫だからやり遂げるのよ!!
「大丈夫だよ。何があっても、リゼのことは俺が守るからね」
「クロードさん……。はい……!! 私も、クロードさんのこと、たくあん一本で守ってみせます」
「うん、リゼのたくあんはある意味武器にもなるから、安心して背中を任せそうだ」
食べてよし、突っ込んでよし、ビンタしてよしの万能な聖女のたくあんですものね。
そうよ、私にはたくあんという武器があるんだったわ。しっかりせねば!!
そんな話をしながら進むうちに、少しだけ私の中で恐怖心が和らいでいった。
「あそこです」
カデナ殿下が指をさした先。
中央から少し外れた場所に、それ|《【旧植物棟】》はあった。
四角い巨大な箱は、形状は他の中央の研究施設と同じようなものであるけれど、それよりも少し古びているというだけでいかにも幽霊でも出そうな雰囲気を醸し出している。
周りに立っている魔石灯も魔石の力が切れているようで、あたりは真っ暗だ。
「気づかれて逃げられないように灯りを消そう。暗くなるけど、リゼ、離れないでね」
「は、はい」
クロードさんが言って、彼の光魔法による光が消え、辺りは漆黒に包まれた。
「私たちは裏手へ行く。お前たちは入り口から行け」
「わかった」
ラズロフ様とカデナ殿下が建物の裏側の扉へ、私とクロードさんが正面の入り口へとそれぞれ向かう。
物音ひとつない【旧植物棟】は、妙に不気味な静けさを伴っている。
「音が……ない?」
「うん。とても何かいるような気配は感じられないね」
「入ってみます?」
「そうだね。でも慎重に行こう」
「はい」
私たちは頷き合うと、ゆっくりと扉を開け、中へと入っていった。
建物の中も、音がない。
人の気配も。
今ここにアメリアはいないのだろうか。
「……うん、やっぱり中にも人の気配はない」
「そんな……」
「奥も、誰もいる気配はなかったぞ」
私たちがその状態に肩を落としていると、裏手から入ってきたラズロフ様たちが合流した。
「俺たちが探していることを察して逃げたか、あるいは留守か──……何にしてもここにいつまでもいるのは危険だ。城に戻ろう」
クロードさんの言葉に私たちは頷き、すぐにその場を後にした。
──城に帰ってきた私たちは、再び応接室で話し合いを始める。
「もぬけの殻だったな」
「今日の今日で俺たちが探していることに感づくとは考えづらい。と言うことは……」
「あぁ。おそらく、また新たに被害者を出そうと物色しに出ていた可能性が高いな。だが彼女があそこを拠点としているのは間違いなさそうだ」
「俺もそう思う。うっすらと見えたが、あの場にはジューレイの花が咲いていた。とても手入れのされていない場所に咲くようなものではないし、あれは食べることのできる花で、フルティアでも非常食として重宝されているからね。潜伏する環境はできているように思えた」
確認した情報を精査し推理していくクロードさんとラズロフ様。
やっぱりこの2人、とても頭が切れるしとても考えが似ている。
根本では気が合うのよねぇ。
「どうする? もう一度後で行ってみるか?」
「いや、やめておこう。とりあえず今日は休んで、明日の朝罠を仕掛けてみようと思う」
「罠?」
何か考えがあるらしいクロードさんがニヤリと笑って私とラズロフ様を交互に見やった。
「出番だよ。でこぼこ兄妹」
「「え……」」