表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

96/111

第96話 偽たくあん聖女⑩

「あらためまして、カデナ王太子殿下、ご協力いただきまして、ありがとうございます」

馬車に揺られて到着したブックデル城の応接室で、私はカデナ殿下にあらためてカーテシーをする。


「いや、気にしないでください。先ほども言いましたが、他ならぬあなたのためです」

 うん? 私この人とそんなに親しかったかしら?

「あなたがラズロフ殿の婚約者ではなくなったと知るのがもう少し早ければ、私がすぐにお迎えに行ったのですが……あの時私はマグノ公国に研究のため滞在していたので、情報を得るのに時間がかかってしまいました。帰ってきたときにはあなたは聖女として発表され、そしてクロード殿との婚約が発表されていました」


 マグノ公国はこの国の裏側にある小さな国で、火山で有名な国だ。

 頻繁にマグマの噴火が起こる火山エリアと、結界が張られた住宅エリアで分かれて、自然と共存している非常に興味深い国でもある。


「カデナ殿、俺の妻を口説かないでくださいね」

「口説く? あぁ、勘違いさせたなら申し訳ありません。あくまで研究対象として、そばに置いておきたかっただけです」


 研究対象!?

 じ、実験台、ってこと?

 まさか今までそんな目で見られてたの!?


「か、解剖だけはご勘弁を……」

 プルプルしながら言う私に、カデナ殿下は僅かに表情を崩した。


「安心してください。あなたの思考、発想力はとても興味深いものばかりなので、一緒に研究ができたらと思っていたのです」

 そういえばこの人、研究バカだったわ。

 私が孤児院の改善策や、公衆衛生についてレポートを書けば毎回ブックデルからわざわざ早馬飛ばしてやって来たものね。


「相変わらずだな。貴殿は」

 呆れたように言うラズロフ様にカデナ殿下が「ラズロフ殿のせいで気軽に会える距離から離れてしまったのは残念だ」とむっすりとした表情で言い放てば、何も言えず顔を引き攣らせるラズロフ様。


「ま、まぁまぁ、私はいつでもクロードさんと共にフルティアにいますし、何かあれば訪ねていらしてください。……で、本題に移りたいのですが……お二人は偽たくあん聖女の──アメリアの居場所をご存知なのですか?」

 私が本題に入ると、クロードさんとカデナ殿下はその頬をピクリと動かした。


「一応研究所の視察という名目があるから、今日は研究所での聞き込みをメインに行ってきたんだけど……あまり有益なものはなかった、かな」

「やはり、実際に被害者に会うのが1番早いでしょうね。とりあえず表向きの視察は終わったので、明日は街の見学と称して住宅街を調査する予定です」


「なら私たちの情報の方が有益だな」

 勝ち誇ったようにラズロフ様が言って、クロードさんとカデナ殿下が視線を向ける。

「私たちはまず被害者に会ってきた。被害者が偽たくあん聖女に会ったのは全て、研究施設【“旧”植物棟】付近だというところまでは突き止めている」

「!! 【旧植物棟】!?」

 ラズロフ様の報告を聞いてクロードさんが驚きの声をあげ、カデナ殿下も同じように目を見開いている。

 そして2人はお互いの顔を見合わせて頷き合い、口を開いた。


「実は、研究者たちの間で、ある噂が流れていたんだ」

「噂、ですか?」

「うん。【旧植物棟】に、幽霊が出る、っていう噂──」

「幽霊!?」


 いや。ちょっと、その手の話は私、N Gなんですけど……!!

 これでもかつては大切に育てられた箱入り令嬢。

 人並みに幽霊とかそういうものは苦手なのだ。

 私は思わず隣のクロードさんの腕をガシッと掴むと、自分の腕を絡ませた。

 そんな私の頭をそっと撫でて、クロードさんは続ける。


「今は使われていないはずの【旧植物棟】に、夜になると光が走ったり、枯れていたはずの植物が元気に育っていたり、女性の影を見たなんて声もあった。まぁ決定的に裏付けになるようなものはなかったから、そこまで気に留めていなかったんだけど……。ほら、魔石灯の不具合で時々光が走ったり、ここ最近暖かいから植物も再び元気を取り戻したり、女性の影は見間違いだと思っててさ。でも、ラズロフ殿の報告を聞いた感じ、その【旧植物棟】に潜伏している可能性が高そうだよね」


「確かに……。その光も、アメリアがスキルを使った際の光で、スキルを使ったから枯れていた植物が育った──と考えたら……」

「辻褄が合うな」


 アメリアは【旧植物棟】にいる。

 ほぼ、確実に。


「予想的中ですね、兄さん」

「兄さん言うな」

 何だか面白くなってきたぞ、この兄妹ごっこ。


「さっきから気になってたけど、リゼ、いつからラズロフ殿の妹になったの?」

「今日です。聞き込みの際、私たち兄妹の、病気のお母さんのためにたくあん聖女を探してるという設定にしたので」

 ね、兄さん、と私がラズロフ様に話を振ると、ラズロフ様はむっすりとした顔で頷いた。


「まぁ、夫婦設定にされるよりはマシか」

「ふん。余裕のない男だな。それよりどうする? これから確認に行くか? 【旧植物棟】へ……」

 ラズロフ様の言葉に、私は言葉を詰まらせる。


 もし本当に幽霊だったら……?

 そんなことが頭をよぎるけれど、私はそれをブンブンと首を横に振ってから打ち消す。

 大丈夫。

 何があっても、クロードさんがいるもの。

 それに、私はアメリアと決着を付けなきゃいけないんだ。

 幽霊なんかに屈してなるものか……!!


「い、いきます」

「リゼさん、大丈夫? 俺たちだけで見に行っても──」

「いいえ!! もし本当にアメリアだったとしたら、私が直接話をしなければならないことですから」


 私たちは双子の姉妹だもの。


 交わることはなくても。

 あの子が人に危害を与えているのなら、それを止めなくちゃ。


「あぁでも、もし幽霊だったら、前線に出て守ってくださいね?」

 私がそういたずらっぽくクロードさんに言うと彼は柔らかな笑顔をむけ、「もちろんだよ」と優しく笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ