第95話 偽たくあん聖女⑨
「リ、ゼ……?」
「クロードさん!?」
愛しの旦那様がそこにいた。
「な、なんでここに? ていうかそっちのラズロフ殿だよね!? 浮気!?」
「違いますっ!! 兄です!!」
「誰が兄だ!!」
もはや混沌。
「とりあえず、目立っているので皆さん座って話しましょう。相席、失礼します」
そう言ってラズロフ様の隣に座ったのは、眼鏡をかけた無表情の男性。
あれ?
この方、もしかして……。
「カデナ王太子殿下?」
私が確かめるように呟くと、男性はピクリと表情筋を動かし「お久しぶりです、リゼリア殿」と綺麗なお辞儀をした。
「!! し、失礼いたしました!! お久しぶりです、殿下!!」
私がすぐさま立ち上がりカデナ殿下にカーテシーをすると、彼は「お気になさらずに。あまり目立ってもなんですし、とりあえず座りましょう」と私に座るよう促した。
私が座ったと同時に、私の隣の椅子に座るクロードさん。
妙に距離が近いのは気のせいだろうか。
「で、何で君たちが一緒に、ここにいるの?」
クロードさんが威嚇するようにラズロフ様を睨みつけると、ラズロフ様はそれを見て鼻で笑い「なんでだろうな?」と挑発する。
兄さんやめてぇぇぇえ!!
火に油を注がないでくださいっっ!!
私が必死に目で訴えると、ラズロフ様がやれやれ、と言った様子でため息を一つ付き、口を開いた。
「貴殿がこれの手綱を握っていないからだろう」
「手綱?」
「たまたま会議のためにフルティアにいた私を王弟が嘘の情報で誘き出し、置いていかれたと憤慨するリゼリアをブックデルまで連れて行けと言い出したのだ。全く、はた迷惑な。言うなれば私は夫婦喧嘩の被害者だぞ」
心底面倒そうにそう言ったラズロフ様は、じっとりと私を睨みつける。
あぁぁっごめんなさいっ!!
そ れに対しては本当に弁解の余地はないし、非は私に……いやクララさんにある!!
「え、置いてかれた? 憤慨? 夫婦喧嘩? 俺たち、喧嘩してた?」
何のことやらさっぱり状況が飲み込めず私とラズロフ様を交互に見やるクロードさんに、今度は私が口を開いた。
「あんな伝言一つで突然いなくなられたらそりゃ怒りますっ!! 心配だってしますし!! 私を傷つけさせないためだったんでしょうけれど、私は当事者です!! 当事者のいないところで勝手に解決されてもモヤモヤするだけですっ」
「リゼ……」
「だいたい、急すぎるんですよ!! 王太子殿下のところに相談に行ったと思ったら翌日にはもぬけの殻って!! アメリアが脱走したことを聞いて危険だと判断したんでしょうけど、そんなに危険に晒したくないなら、何があっても自分が守ってみせるぐらいのこと言ってくださいよっ!!」
「り、リゼさーん……?」
「あぁぁもうっ!! クロードさんがそんなだから、ラズロフ様と2人旅なんて気まずい旅しなくちゃいけなくなったんですからね!?」
「おい貴様」
やめられない止まらない。
相当自分の中で鬱憤が溜まっていたようで、私はひとしきり吐き出した。
それはもう思い切り。
途中から何を言っているのか自分でもよくわからなくなってきても、私はひたすら言葉を放ち続けた。
ようやく言葉の乱れ打ちが終わった頃には、空がほんのりオレンジ色に色づいていた
「はっ……私ったら何を……?」
「うん、リゼの気持ちはものすごく、痛いほど伝わったよ」
心なしかクロードさんを筆頭に、ラズロフ様やカデナ殿下までもげっそりとして私を見ている。
「リゼ、置いていって、本当にごめんね。どうしてもリゼを危険に晒したくはなかったんだけど……でも、そうだよね。俺が守ればよかったんだ」
自分の手に視線を移してそれをぐっと握り締め、クロードさんが言葉を続ける。
「リゼ、絶対に俺があなたを守るから、一緒に調査、してくれる?」
「!! はいっ!!」
クロードさんの言葉に私が笑顔で頷くと、彼は私を抱き寄せ優しく抱きしめた。
やっぱりここが1番、私にとっては落ち着ける。
昨日から続いていた緊張が一気に解けていくみたい。
「……おい、仲直りしたならそろそろ問題の方に話を移すぞ」
穏やかな空気の中にするりと入ってきた低い声。
そうだ、ラズロフ様とカデナ殿下がいるんだった!!
人前でイチャイチャしてしまったことに気づいた私は急いでクロードさんから離れると、ピシリと姿勢を正した。
「ラズロフ殿、いいところだったのに」
口を尖らせるクロードさんに「家に帰ってからしろ迷惑夫婦」とピシャリと言い放つラズロフ様。
ごもっともです。ごめんなさい。
「その話ですが、日も暮れましたし、先程ので目立ちすぎてしまったので、城でいたしましょう」
カデナ殿下の言葉に周りを見れば、私たちの方に向かう視線の数々が……。
中には王太子カデナ様であることに気づいた人もいるようで、私とクロードさんだけでなくカデナ殿下の名前も話の中で聞こえてくる。
これ以上迷惑はかけられない。
「はい。よろしくお願いします」
私はカデナ殿下の申し出に頭を下げると、近くに停まっていた彼が乗ってきた馬車に一緒に乗って城へと向かったのだった。