第89話 偽たくあん聖女③
「──で? なんで私が突然呼び出されなければならんのだ?」
私もそれは聞きたい。
なんで私の目の前に超絶不機嫌そうなラズロフ様《元婚約者》がいるのだろうか、と。
午前のお仕事が終わり、ランチタイムが始まる前の休憩中に現れたのは、隣国ベジタル王国にいるはずの元王太子であり、私の元婚約者であり、現在孤児院で神官という名の教師をしているラズロフ様だった。
いつもに増してその眉間には深い皺が刻まれており、ものすごく不機嫌そうに私を睨みつけている。
「あ、あの、何故ラズロフ様が?」
「疑問を疑問で返すな」
ピシャリと厳しい口調で言い放ったラズロフ様に「あ、すみません」と苦笑いすれば、ラズロフ様はハッとして罰の悪そうな表情を浮かべてから再び口を開いた。
「……神殿の意見交換会のため、昨日からベジタル王国の王都神殿長と共にこの国に滞在している」
「意見交換会、ですか?」
そういえば今日は大事な会議があるって神殿長様が朝言ってたわね。
朝から頭に血が上りすぎていてほとんど聞いていなかったけれど。
「で、先ほど『リゼリア危篤、すぐ食堂へ』というふざけた伝言を受けてここへきてみれば、危篤のはずのお前はなぜかぴんぴんしていた、というわけだ」
「あらぁ。それですぐに来てくれるなんて、あんた案外いい奴ねぇ」
クララさんがニヤニヤしながら横目でラズロフ様を見て、ラズロフ様がそれをギロリと睨み返した。
伝言主はクララさんか……!!
そりゃ不機嫌にもなる。
「で? 嘘をついてまで呼び出した理由を聞かせてもらおうか海坊主」
「私はこの食堂の妖精よぉぉぉぉぉお!!」
……ラズロフ様に一票。
「全く近頃の若者ったら見る目がないんだからっ!! まぁいいわ。ラズロフ、あんた、これからリゼと一緒にブックデルに行きなさい」
「「はぁぁっ!?」」
何その唐突で突拍子もない話は!?
「待てこいつと2人きりでか!?」
「もちろんよ」
「なんで私が」
「腐れ縁でしょ? あぁ、腐り落ちた縁かしら?」
「貴様……」
「あぁちなみにあんたのとこの神殿長とカロン国王には連絡しておいたから。しばらくラズロフ借りるわよって」
軽いな!!
仮にも元王太子をしばらく借りるわよ、で借りちゃうクララさんって一体……。
「あんたもリゼも、確か馬乗れるわよね?」
「え、えぇ」
「当然だ」
私もラズロフ様も、幼い頃から乗馬はみっちり仕込まれた。
そこらの素人よりかは上手に馬を操ることができる。
「よし。んじゃ、裏の馬使って。荷物は一通り詰めて馬に乗せてるから。特別に早い子たち借りてきたから明日の昼には着くはずよ」
「用意がいいな!?」
ラズロフ様のツッコミのキレが良い……。
いやでも確かにそうよ。
いつの間にこんな準備……。
「ふっ……王弟である私にかかればこんなもの、造作もないわ」
職権濫用!?
「──ていうのは冗談として、昨夜遅くに兄上から連絡が来たのよ。クロードが例の噂のために、研究視察と称してブックデルに行くことになったけど、多分あいつ心配させないように何も告げずにリゼリア嬢を置いて1人で解決しに行くだろうからフォローよろしくって。ウジウジしたあんたを慰めるのも面倒だし、もし面倒なレベルだったらいっそブックデルに行かせて自分たちで解決してもらおうと思って、準備してたの」
と私たちにむけてウィンクを飛ばすクララさん。
「で、なんで私の分まで……」
「まさかリゼ1人で行かせるわけにはいかないでしょう? ちょうどよくあんたがこっちに来てるって聞いて、もしもの時は護衛でもさせようと思って」
「私は夫婦喧嘩の生贄か!!」
ごもっともですラズロフ様。
もうほんと、ごめんなさいとしかいえない。
「あら、でもいいの? リゼ1人でいかせて。ベジタルを通った先の、この子も行ったことがない国よ? 【例のこと】もあるし、1人にさせるのはまずいんじゃない?」
【例のこと】?
一体なんだろう。
「くっ……」
クララさんの言葉に苦々しい表情で言葉を詰まらせたラズロフ様は、しばらく考えた後、深いため息をついて私を恨みがましく睨んでから「行くぞ。もたもたするな」と言って扉の方へと足をすすめた。
「え!? ちょ、待ってください!!」
私は慌ててラズロフ様の後を追いかける。
「ぁ、ラズロフ〜、うちのリゼに手出しちゃダメよぉ〜」
「誰が出すか海坊主!!」
この旅、不安しかない……。