第87話 偽たくあん聖女
ここ最近、聖女への変な依頼が他国から殺到している。
「たくあん聖女にたくあんを口に突っ込まれたい」
だの、
「たくあん聖女にたくあんビンタされたい」
だのといったものだ。
私の名誉のために言っておくと、そんな依頼は全て断っているし、私にそんな癖は一切ない。
至ってノーマルだ。
ただ、この二つにおいては前科があるので、文句は言えないのだけれど。
「で……また『たくあん聖女にたくあんで殴られたい』って?」
クロードさんと2人揃っての休日。
私たちは日の当たる温かなテラスでお茶をしている。
「そうなんです。私、突っ込んだりビンタしたりについては何も言えないですけど、殴ったことはない……はずなんですけど……」
多分。
自信はないけども。
「リゼのたくあんの使い方って独特な部分もあるから、その噂が一人歩きでもして変な性癖を持った人が寄ってくるのかな?」
何それ嫌すぎる。
「わ、私にそんな特殊な癖はないですからね!?」
「わかってるよ。リゼはちょっとむっつりなだけだよね」
「ちがぁぁぁぁぁう!!」
目の前で優雅に紅茶を啜っているうちの旦那様はどうしても私を変態に仕立て上げたいのだろうか。
私はノーマルだ。
ノーマルのはず、だ。
「で、リゼ、まさかそういう変な依頼って受けてるの?」
「受けてませんよ!! ちゃんと丁重にお断りしてます。神殿長様が」
そもそも私は緊急事態以外では突っ込んだりビンタしたりなんてしないもの。
神殿長様が依頼をしっかりと聞き取りした上で、これは必要ではないと判断されれば丁重にお断りしてくださっている。
聖女の力を言われるがままに使いまくっていたら、それこそ世界の医療技術は破綻してしまうし、そうなれば私が天寿を全うした後、廃れた医療技術しかない世界は大変なことになってしまうだろう。
聖女は便利屋さんではないのだ。
「そう。ならよかった。俺の知らないところで変態どもにそんな変なプレイを強要されてたら、俺、神殿ごと破壊するところだったよ」
「うん、とりあえずプレイとかいうのやめてください」
私にその気はない。
断じて。
「でも問題がもう一つあるんです」
「もう一つ?」
「はい……」
むしろこっちが1番の問題だ。
「実は……他国で、たくあん聖女にたくあんで殴られて怪我をした、とか、たくあん食べたけど元気にならなかったしむしろお腹を壊した、とか、そんな話がちらほら出てきているようで……」
依頼ならば変なものは断ればいい。
でも、私はたくあんで殴って怪我をさせたことはないし、あのたくあんを食べた人でお腹を壊した人もいない。
デマなのだ。
全くの。
「は? うちのリゼのたくあんがそんなやばいもののはずがないし……。ね、それってどこの国? 特定の国とかじゃなくて、いろんな国でその話出てきてるの?」
「確か、ブックデルだと……」
「ブックデル? リゼ、ブックデルには行ったことなかったよね?」
「えぇ」
ブックデル。
ベジタル王国の北に隣接する小国で、勉学が盛んな国だ。
たくさんの偉人を輩出し、いろいろな研究を進める博士が多く所属する研究国。
ただし気難しい人も多く、あまり人付き合いを好まないため、以前のベジタル王国並みに国と国の交流も限られている。
「あぁでも、ブックデルの王太子殿下はベジタルにいた頃何度かお会いしたことがあります」
「王太子って言うと、カデナ・グラウ・ブックデル殿?」
「えぇ。そうです。なんでも私がラズロフ様の婚約者時代に書いた孤児院管理についての論文に興味を持たれたとかで、何度かベジタルにおいでくださったんです」
私よりも5つ年上のカデナ王太子殿下は、とても研究熱心なお方だ。
熱心すぎて婚約者がなかなか決まらず、研究所と結婚するのではないかと不安視されていると噂で聞いた。
「そっか……なら、一度たずねてみるのもいいかもしれないな」
「ブックデルに行く、と言うことですか?」
「うん。俺もちょうど兄上からブックデルの遺伝子組み換え野菜について知りたいって相談受けてたから、それを口実にブックデルに行って、リゼさんのことも探ってみるよ」
だから安心して、と微笑むクロードさんに、私も曖昧に微笑む。
置いてく気だ!!
絶対置いてく気だ!!
案の定、クロードさんは翌日からしばらくブックデルへと出張することになった。
私置いて。