第86話 新婚とはなんぞ⑧
昨夜自分の思いをクロードさんにぶちまけた私は、今日は朝からとてもすっきりとしている。
「うわぁ、丘から見る海も綺麗だね、リゼ」
「はい!! 青い海一面がキラキラと光って、大きな宝石みたいですね」
私たちは今、新婚旅行最後の場所、海の見える丘へとピクニックに来ている。
「あ、あそこ!! 船が動いてますよ!!」
「本当だね。あれはベアロボスの隣の隣の国、ミューリアへ向かう貿易船だね」
数々の有名な音楽家が誕生し、音楽の本場と言われる国ミューリア。
行ったことはないけれど、話によるとミューリアでは一般人が路上で楽器を奏でるのが日常だったりするのだとか。
いつか行ってみたい国の一つだ。
「ベジタル王国との貿易大使も任されたからには、今度貿易船の視察もしなきゃな。今のところベジタル王国との貿易には陸路が使われているけど、今後貿易を拡大した時には航路の方が大量にものを運ぶこともできるし便利だろうからね」
「そうですね。ベジタルの国民の生活も、貿易の開始で住み良くなってきました。フルティアもベジタルのお野菜がたくさん入るようになったから、より料理の幅も広がってきましたし、これからも良い関係を築いて行きたいですね」
「うん。まぁラズロフ殿がいることだけはアレだけど」
「はは……」
意外と息が合うくせに。
「それはさておき、そこの木陰にシートを敷いてのんびりしよう」
「ふふ。そうですね」
クロードさんがすぐ近くの大きな木の下へと持ってきていたシートを敷いて、私が持ってきた二段重ねの四角い容器をドンッと真ん中に置く。
「ずっと気になってたんだけど、それは何?」
真ん中に置いた存在感のある容器に釘付けのクロードさんに、私は「リゼリア特製弁当です」とニヤリと笑って、容器の一段目を下ろし、蓋を開ける。
「わぁ……!! 美味しそう……!!」
蓋を開いた瞬間に目を輝かせながら弁当の中を前のめりになって覗くクロードさん。
「朝早くに起きて部屋を出て行ったのは、これを作るためだったんだね」
「はい。クロードさん、気付いてらしたんですね」
「職業柄、気配には敏感だからね」
クロードさんが目覚めるよりもっと早くに起きて、宿の厨房をお借りしてお弁当を作らせてもらっていた私。
昨日クロードさんと話をして、彼のためにできることは何かとあらためて考えた時、やっぱり私には料理を作ることしか出てこなかった。
だけど彼が、ありのままの私でいいと言ってくれたから。
私は、私のできることをしようと思ったのだ。
パンの間にたくあんとスクランブルエッグを合わせたものを挟んだロールDEスクランブル。
東の国との貿易により流通が始まったばかりのお米を使った、たくあん入りおにぎり。
ベジタル産の野菜を使ったサラダ。
そして甘味にショコリエたくあん。
水筒に入れて持ってきたスープは、厨房で作っていたものを少し分けてもらったカボンのスープだ。
「こんなにたくさん、朝の短い間に……。リゼ、本当にありがとう……!!」
「わ、私には、これくらいしかできませんが……」
感動したように私の手を取るクロードさんに、恥ずかしくなって視線を逸らせば、クロードさんは真剣な表情で首を横に振った。
「こんなに素敵な料理を作ることのできる貴族の妻は、あなたぐらいだよ。誇っていいと思う。それに俺、どんな料理よりも、リゼが作ってくれた料理が1番好きなんだ。だから、すごく嬉しい。ありがとう」
「クロードさん……」
ありのままでいい。
焦らなくて、気負わなくていい。
助け合うのが夫婦だと。
そう言ってくれるクロードさんの妻でいられる私は、とっても幸せ者だと思う。
だけど甘え続けるだけの私はやっぱり嫌だ。
私は勇気を出して、一歩踏み出した。
「クロードさん」
「ん? んっ──!?」
笑顔でこちらを向いた隙だらけの顔に手を添え、私は突進するように彼の薄い唇に口付けた。
初めて自分からする口づけに心臓はもはや限界を越えそうになっているけれど、驚いたように目を見開いていたクロードさんが幸せそうに私を受け入れ始めたのを見ると、もうどうでも良くなってくる。
「っは……。どう、でしょう……か……っ!?」
唇を離してクロードさんを見上げた私は、彼の顔を見た瞬間、その表情に驚き目を瞬かせた。
あのクロードさんの顔が……真っ赤に熟れた果実のような顔になっている。
こんな、こんな顔……貴重すぎる……!!
私が感動しながら彼を見つめていると、我に帰ったクロードさんが恥ずかしそうに視線を伏せ「見ないで。ものっすごい顔になってるから」と右腕で顔を隠した。
「あぁっ!! なんで!?」
「好きな子の前では余裕な俺でいたかったんだよっ。くそう。リゼが可愛すぎる。本当、リゼには敵わないな、やっぱり。どこでそんな技覚えてきたの?」
顔を赤くしたままむっすりと口を尖らせて尋ねるクロードさんに、私は「それは──秘密です」と悪戯っぽく笑った。
『自分から勇気を出して口づけでもしてみなさい。きっと喜ぶわ』
レイラ様、私、できました……!!
心の中でレイラ様を拝んでいると、今度はクロードさんに腕をひかれ、彼の腕の中へと包み込まれた。
「リゼ。ずっとずっと、愛してるよ。これからもよろしくね」
耳元で囁かれた言葉に、私は腕の中で小さく頷くのだった。
これからもずっと。
ありのままの自分で。
長い人生、私たちはお互いを認め合いながら、きっとこれからも手を取り合って生きていける。
そんな気がして、私はまた彼の腕に身を預けた。