第82話 新婚とはなんぞ④
「わぁぁ〜……すごい……!!」
本の中でしか見たことのない光景に、思わず私の口から感嘆の声が漏れた。
新婚旅行として、馬車に揺られて王都から少し離れた港町チェリアンにやってきた私とクロードさん。
公爵家の夫婦の2泊3日の旅行ともなれば、普通は使用人も数人はついて、馬車ももっとたくさんぞろぞろとついてくるものだけれど、私とクロードさんは聖女と、腕の立つ聖騎士。旅には慣れているし、極力目立たず2人で過ごしたいと言うことで、主な荷物は事前に宿の方へと送ってもらい、今回は馬車は1つ、そしてついて来るのは御者2人だけの気楽な旅になった。
昨夜王都を出発して、途中の街で一泊し、翌日の昼にはチェリアンに到着した。
そして馬車の窓から景色を見下ろすと、朝日に照らされキラキラと輝く海が広がっていたのだ。声も漏れると言うものだ。
「本当、とっても綺麗だね」
「はい!! 一度見てみたかったんです、海」
ベジタルにいた頃にも海を見たことがなかった私は、いつか行ってみたいとずっと夢見ていた。
だから新婚旅行先はどこが良いかと意見を聞かれた時、私は二つの意見をクロードさんに伝えた。
一つは海が見たいということ。
もう一つは、クロードさんも行ったことがない場所、ということ。
フルティアの第二王子として、そして聖騎士として各地を回ったこともあるだろうクロードさん。
そんな彼が行ったことのない場所を探すのは困難だろうとは思ったけれど、だからこそ、どうしても、フルティア生まれのクロードさんが知らない場所で、フルティア生まれでない私と初めて見るものを2人で共有したかったのだ。
だがそれだけではない。
ベジタル王国で婚約破棄とともに追放されて、クロードさんを拾ってこの国に来て、私はたくさんの初めてを経験した。
火を起こしたり、包丁を扱って料理をして給仕をしたり、1人で肌や身体のケアや身支度をしたり──……。
公爵令嬢のままであったなら経験することのなかったことをたくさん経験させてもらった。
一方クロードさんはずっと聖騎士として働いていたから、第二王子でありながら自分でこれらのことは一通りやってしまえるし……。
私ばかり初めてのことにいちいち動揺したり感動したり心が動く様を見られるのは何だか癪だから彼と初めてを共有したい、と言うのも一つの理由だ。
「俺も、一回来てみたかったんだよね、チェリアン」
「こんなに素敵な場所なのに、本当に来たことなかったんですか?」
海が綺麗で海産料理も美味しいチェリアンは、フルティア国内はもちろん、国外からも人気の観光地でもある。
そんな場所にフルティア生まれのクロードさんが来たことがなかったなんて思わなかった。
「ないね。兄上が小さい頃に湖で溺れて以来水が苦手になってしまったから、自然と家族で旅行に行くのは水のないところだったし。このチェリアンは昔々聖女が生まれた場所でもあって、未だに神聖な力が働いているのか魔物が出ることがないんだ。だから聖騎士が派遣されることもない。まさに俺とは無縁の場所だったってわけだ」
王太子殿下が水が苦手っていう情報は初めて知ったけれど、そうか、確かに昔聖女が生まれ育ったと言われるチェリアンだものね。
神聖な力が保たれているのは頷ける。
ん?
と言うことは、私はベジタル王国産の聖女だから、一応あちらにも神聖な力が残ってるって言うことなんだろうか?
もしそれで守られる人がいるならばこんなに嬉しいことはない。
色々あっても故郷は故郷だものね。
「だからさ、3日間、一緒にたくさん楽しもうね」
「はい!!」
隣でにっこりと微笑むクロードさんに、私も同じように笑顔で頷いた。