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第78話 友好国晩餐会⑥


 晩餐が終わって、私たちはそれぞれ用意された部屋へと帰った。

 今夜は城の一室に泊まって、明日の朝、フルティアへと出立する。


「リゼ、こっちおいで」

 身支度を整え終わった私に、ベッドの上で座って本を読んでいたクロードさんが両手を広げる。

 ベッドの上の、無駄なキラキラエフェクトを振り撒くクロードさんに目をやられながらも、私はゆっくりと彼の腕の中へと収まった。


 結婚して1ヶ月。

 毎晩一緒に眠っているけれど、このキラキラエフェクトを前に平常心で一緒に眠るだなんて、未だにできない。

 それにここ最近は、私が友好国晩餐会のための打ち合わせでベジタル王国とフルティアを行ったり来たりしていた分、実は彼と共にゆっくり部屋で過ごすのはとても久しぶりだったりする。

 本当にいいのだろうか、こんな諸々の勤めを果たしていないような公爵夫人で。


「ん? どうしたの? また何か難しいこと考えてる?」

 私の表情からめざとく何かを感じ取ったクロードさんが、私を覗き込むようにして尋ねた。

 相変わらず、私の感情の機敏にものすごく聡い。

 彼に気づかれたら最後、話すまで離してくれないのがクロードさんだ。


 私は意を決して、ぽつりぽつりと話し出す。


「その……。カロン様の話じゃないですけど、私も色々立場、変わっちゃってるじゃないですか。公爵令嬢から平民になって、聖女になってまた公爵令嬢になって、今度はクロードさんと結婚して公爵夫人に……。私は、平民リゼとしては神殿食堂で今まで通り働いて、聖女としては時々要請に応じて各所に赴いてます。でも、公爵夫人としての私は、何もしてないんですよね……。パーティだってまだ取り仕切ったこともないですし、お茶会で人脈を作っているわけでもない」


「それは、今は社交シーズンじゃないし、仕方ないよ。皆、領地に戻っていたりするからね」

「それでも!! ……やっぱり、なんだか申し訳なくて……」

 ほとんどの貴族は地方の領地へと戻っているのは分かっているけれど、やっぱり何もしないまま人脈も作れず、公爵夫人としての役割も果たせないのは気になってしまう。

 平民リゼとして、平民の仲間たちは多いものの、貴族で同年代の知り合いはいない。

 このままでいいのだろうか。

 仮にも王太子殿下の弟であるクロードさんの妻になったのに、知り合いの一つも作らないままでいいのだろうか。

 それはずっと考えていた。


 立場の変わった自分に戸惑っているのは、私も同じだ。


 思っていることをクロードさんに向けて吐き出すと、私を抱きしめていた腕の力が一層強まった。


「……リゼ。そんなに焦らなくてもいいんだよ。まだ結婚して1ヶ月だ。色々と焦る必要はないし、今は神殿食堂と聖女業、そして公爵家での暮らしの3つの自分にゆっくり慣れていくことから始めたらいいから、大丈夫だよ」

 クロードさんはすぐに私を甘やかすから、彼の大丈夫に甘やかされてはいけない。

 彼の言葉はある意味、毒だ。


「でも……」

「全く、君は本当に生真面目なんだから。そんなところも好きだけどね。なら──」

「え? ひゃぁっ!?」


 突然私の視界がぐるりと変わり、背中に柔らかい感触が加わる。

 目の前には私を熱を孕んだ瞳で見下ろすクロードさんの綺麗な顔。

 ベッドに押し倒された状態の私に、クロードさんは穏やかに微笑んで耳元で囁く。


「これから、公爵夫人の勤め、果たしちゃう?」


「公爵夫人の……勤め……? ……!!」

 少しだけ考えて一つの答えに行きあたった私の顔に、ぐんっと一気に熱がこもりはじめた。


「だ、だめですっ。ここ、他国のお城ですからね!?」

 私が慌ててクロードさんの硬い胸板を押し返せば頭上から楽しそうな笑い声が降る。

「ハハッ。大丈夫だよ、いくら俺でもそんなガッツいたりしないから安心して。あぁもちろん、リゼが望むなら話は別だけど」

「のぞみませんっ!!」

 だめだ、完全にクロードさんペースだ……!!


「はははっ。それは残念。……でも、そういうことだよ」

「そういうこと?」

 私がクロードさんを見上げ首を傾げると、彼はまた穏やかな表情でゆっくりと私を抱き起こしベッドの上に座らせた。


「全てはタイミングだってこと。今がそうじゃないってだけで、あなたが気負う必要はないんだ。これからゆっくりと、たくさんの立場に慣れていけばいい。一気にやっちゃったらそれこそ潰れてしまうからね。君は1人じゃない。俺っていう『最高に素直で、可愛い性格をした』鬱陶しいくらいリゼさんだけを愛しつづける男がそばにいるんだから。焦らずゆっくり進んでいこう」


「クロードさん……」


 あぁもう。 

 やっぱりクロードさんのペースだ。

 だけどそれが心地良い。

 この人は、いつも私の心を軽くしてくれる。

 多分私はもう、クロードさんがいないとダメだ。

 彼の謎の中毒性にやられてしまったようだ。


「もしもそれでも気がおさまらないようだったらさ、屋敷で今王都にいる歳の近い人を少人数集めてお茶会を開いたら? 使用人もさ、仲良くなるために会食を開いてみるとか」

「少人数のお茶会に、会食……確かに、少しずつなら私も時間を作ってできるかもしれません……!!」

「だろう?」


 どうして今まで気づかなかったんだろう。

 無理に通常のお茶会を開かなくても、少人数から初めてみればいいんだ。

 少しずつ人脈を広げて……、うん、それなら……。


「クロードさん、ありがとうございます!! 私帰ったら早速企画してみます!!」

「ん。頑張って。俺も必要なら協力するからね。……でも──」

「ひゃっ!?」


 私は再び、クロードさんの腕の中へと閉じ込められる。

 強く。熱く。


「しばらくは俺との時間をゆっくりとってほしいかな」

 ここ最近あまり一緒にいられなかったし、と苦笑いを浮かべながら言うクロードさんに、私の胸がぎゅんと締め付けられて、私はそっと、クロードさんの背に両手を回して抱きしめた。


「はい。しばらく、ゆっくりしちゃいましょう。──大好きです、……クロード」


 少しずつ、自分たちのペースで進んでいこう。

 ゆっくりと、立ち止まりながらも。


 私の大切な人と、2人きりの時間を大切にしながら──。



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