第77話 友好国晩餐会⑤
友好国晩餐会という名だけあって、今回の参加者は限られている。
主催であるベジタル王国からは国王カロン様と、その兄であり相談役も担っているラズロフ様。
フルティアからは王太子殿下と貿易大使のクロードさん、聖女である私。
ベアロボスからは王太子であるベアル様。
6名のみの晩餐会で、全てよく知る人物だからこそ、以前ベアル様の晩餐会を開いたときよりも気楽に参加できる。
「皆さん、本日はベジタル王国主催の友好条約締結記念晩餐会にご参加くださり、ありがとうございます。ベジタル王国国王カロンが、お礼申し上げます」
全員に飲み物が行き渡ると、カロン様の挨拶が始まった。
少しばかり緊張しながらも、しっかりと前を向いて立つカロン様を、隣でラズロフ様が見守っている。
「まずは、フルティアとベアロボスという素晴らしい国々と友好条約を締結することができたこと、嬉しく思います。……ベジタルは……、僕たちはたくさん、罪を犯しました。兄も、そして僕も、違和感は感じていたはずなのに、これではいけないことがわかっていたはずなのに、どうすることもできなかった。滅びに近づいていくこの国を憂いながらも、自棄になり諦めてしまった。だけど、そんなベジタルに手を差し伸べてくれたフルティアとベアロボスのおかげで、今、少しずつですが、この国は変わりつつあります。貿易で食料の種類が増えたことで街も明るく活気付いているし、フルティアが派遣してくださった料理人たちのおかげで、たくさんの調理法を学び、新しい料理を食べた国民たちの笑顔であふれています。僕は、王太子という期間を持たず王になりました。まだまだ未熟です。ですが、僕は一歩一歩、大人になっていきたいと思います。たくさんのものを見て、たくさんのものを聞いて、たくさんのものを感じながら。フルティア王国クラウディ王太子。ベアロボス王国ベアル王太子。まだまだ至らぬ“私”ではございますが、これからも変わらぬ長きにわたるお付き合いを、どうぞよろしくお願いします。──それでは、3国の友情に──」
カロン様が挨拶を終え、グラスを掲げるのを合図に、私たちも同じようにグラスを掲げた。
立派な挨拶だった。
一度も俯くことなく、堂々と前を見つめて。
そんな義弟の様子を見て安心した表情を浮かべるラズロフ様とクロードさん。
やっぱり2人は、妙なところでよく似ているようだ。
挨拶と乾杯を経て、目の前に料理が運ばれてくる。
野菜、スープ、そして今までのベジタル王国では考えることのできなかった、メインの肉料理。
どれも切り方や盛り方にひと工夫されており、見た目にも楽しめる美しい料理がずらりと並べられた。
「うん、とても美味いな。それに見た目も素晴らしい」
王太子殿下が称賛の言葉を伝えると、カロン様は嬉しそうに「フルティアから派遣してださった料理人たちにたくさん教えていただきましたから」と笑った。
「リゼリア嬢の料理も、久しぶりにいただきましたがやはりとても美味しいです。それにそのドレスも、3国の友好の象徴のようなドレスで、とても素敵です。あなたはいつも細やかなところで工夫をしてくれますね。クロード殿が羨ましいな」
小さく握られたたくあん入りの丸いおにぎりをぱくぱく味わいながらベアル様がその黄金の丸い瞳を細めて笑えば、クロードさんもにこやかに笑顔を返す。
「あぁ。リゼの料理は世界一だからね。リゼのたくあん料理が食べられる昼食が、俺の1日の楽しみだよ」
結婚して公爵家になったからには、流石に朝昼夜全て賄いで済ませる訳にはいかない。
朝と夜は屋敷の料理人たちが美味しい料理を振るってくれ、それをクロードさんと2人でいただいている。
昼は私も神殿食堂があるので、時間を見つけて賄いをいただき、クロードさんも休憩時間になれば今まで通り食堂で食事をとっている。
自分が作った料理で皆が笑顔になる瞬間が、私は大好きだ。
でもそれ以上に、自分が作った料理で好きな人が笑ってくれるその瞬間が、私にとって何よりも好きな瞬間なのかもしれないと最近思う。
「クロード殿が夫人をとても大切にしてくださっているようで、安心しました。ね、兄上」
そこであえてラズロフ様に振らないで!?
多分カロン様は悪気はないのだろうけれど、色々あった私たちとしてはとても気まずい。
現にラズロフ様はものっすごい難しい顔でこちらを睨むようにみているし。
いつも天使なカロン様が悪魔に見える……!!
そして隣のラズロフ様の形相がもはや魔王だわ……!!
「……あぁ。そうだな。そのことだけに関しては、お前に感謝している」
その表情とは正反対の温かい言葉に、私は思わず苦笑いした。
まさかこんな日が来るなんて、あの追放された時は考えもしなかった。
ベジタル王国という母国で。
私を追放した人とその腹違いの弟と、フルティアで私を見守り愛し続けてくれた夫とその兄、そしてベジタル王国にいた時には関わることのなかった獣人であるベアロボスの王太子。
相容れぬはずだった、出会うことすらなかった彼らが、今、同じテーブルを囲んで、私や料理人たちが作った料理を、穏やかな空気感の中食べている。
なんて幸せな光景なんだろう。
私は料理と共に幸せを噛み締めながら、彼らと笑顔で食事を楽しむのだった。