第7話 溢れ出した想い
私たちは今、丸テーブルを囲んで出された食事を存分に堪能している。
「んむっ!! おいひい!!」
エビフライ、というものを初めて食べた私は、ただひたすら感動に震えた。
何このプリップリの食感!!
サクップリッジュワッ!!
この三つが繰り返し口の中に訪れる。
「ハフハフです……!!」
うっとりとエビフライを頬張りながら思わずこぼすと、目の前で「ふふっ」と頬杖をついて私を見つめる存在に気づく。
「可愛いなぁリゼさん」
とろけるような笑みを浮かべる殿下の反応に、私の頬には一気に熱が集まる。
「な、何を!! 見ないでくださいまし殿下!!」
「ごめんごめん。でも殿下はやめて。クロードさんのままでいいよ。あ、クロードって呼び捨てにしてくれてもいいから」
「しかし──」
「お願い。貴女の前では、ただのクロードでいたいんだ」
あまりに真剣な瞳に、私は「わかりました」と渋々頷くしかなかった。
「ん、ありがと」
満足げに頷くクロードさん。
「で、リゼさんについて聞いてもいい? 俺が言うのもなんだけど、なんであんなところに?」
逃げられない。
目を逸らしたいのに逸らすことができない。
これが王族の威厳なんだろうか。
あの元婚約者にはそんなものなかったけれど……。
「それは──」
私は昨日起こったことを一つずつ思い出しながら、ゆっくりと彼に語った。
きっと、誰かに聞いて欲しかったんだと思う。次から次へと言葉がとめどなく溢れて、自分では止められなくなっても、クロードさんは途中で遮ることなく最後まで黙って聞いていてくれた。
「──で、あなたに出会った、というわけなんです」
私が話し終わると、それまで黙っていたクロードさんが「ふむ……」と声を漏らした。
私はあらためて彼の顔を見る。眉を顰め、厳しそうな表情で机に肘をついて考えている姿に、少しだけ不安になってきた。
「……予想以上にひどいね。貴女の国の王太子は……。愚かすぎる」
長い沈黙の後、彼が口にしたのはラズロフ王太子への侮蔑。
そして同時に、席を立ち私の手を引くと、自身の腕の中へと閉じ込めた。
クロードさんの意外と鍛えられた胸にぴたりとくっつくと、途端に彼の爽やかな柑橘の匂いでいっぱいになる。
「クロードさん!? あ、あの、何を!?」
「……よくがんばったね、リゼさん」
「っ……!!」
ふんわりと微笑んだ彼に、鼻の奥がツンとして、たちまち涙が溢れてきた。
「ふぐっ……うぅっ……」
「泣いたらいいよ。今までよく我慢していたね。俺の前では頑張らないで、リゼさん
その言葉に、私の防波堤は決壊した。
「ふっ……うあぁ〜〜〜〜〜〜んっ!! お父様とお母様なんて大嫌い!! ラズロフのバカたれー!! アメリアの淫乱女!! 皆みんな大嫌い!!」
私の口からは令嬢らしからぬ罵りの言葉が溢れ出す。
きっとずっと我慢していたんだと思う。
今まで愛してくれていると思ってきた両親からの、手のひらを返したかのような罵倒。
良きパートナーであろうとあれだけ尽くしてきたにもかかわらず、元婚約者ラズロフ王太子の卑劣な裏切り。
甘やかされて育ってきたアメリアだけど、まさか双子の姉の婚約者とデキているなんて思わなかった。
あの日、今まで私がみてきたものが全て偽物だったのだとわかってから、私は私の世界がいかに偽物でできていたかを知った。
それでも両親に言われた言葉、ラズロフからの追放、元婚約者と妹の浮気。
どれも認めたくはなくて、元公爵令嬢としての矜持を保っていたくて、私は泣くことを心の片隅で【恥】だとしていた。
今、それが全て流れていく。
私の涙と一緒に。
私はたくさん泣いた。
それはもうひどい顔で。
でもそのおかげか、心なしか気持ちが軽くなったような気がする。
いつ以来だろう。
こんなに泣いたのは。
王妃教育が始まってからいつの間にか忘れていた、弱音を吐くということ。
クロードさんの前では王妃教育も形なしだ。