第68話 終焉
「リゼさん怪我は!?」
騎士のおじ様を見送るなり私に勢いよく詰め寄るクロードさん。
「クロードさんが助けてくれたから大丈夫です」
私が答えると、安心したように「よかった」と息をつく。
「カロン殿下、無事救出してくださったんですね。ありがとうございます。こんなに早くに救出してくださるなんて、驚きました」
「あぁ。ベアル殿が手を貸してくれたんだ。今度しっかりお礼をしないといけないね」
「ベアル様が!?」
驚いた。
そのままベアロボスに帰ったとばかり……。
ベアル様には今度美味しいたくあん料理を開発して、ベアロボスにお届けしなきゃ。
「こっちよりリゼさんは大丈夫だった? ラズロフ王太子を襲ったりしてない!?」
「なんで私が襲うんですかっ!!」
久しぶりの痴女扱い。
油断してたわ。
ぷんぷんと怒る私に「ごめんごめん、冗談だよ」と楽しそうに宥めるクロードさん。ごめんって思ってないやつね。
「もうっ。……私が謁見の間に通された時には、ラズロフ王太子殿下は、王と王妃に退位を迫り、自ら王太子としての座を辞すると話していました」
「なんだって!?」
驚くのも無理はないわよね。
今までのラズロフ王太子から考えたら当然だわ。
長年一緒にいた私だって驚いたもの。
「広場での活動を、お忍びで見にこられたそうです。そこでたくあんを食べて、私の姿を見て、考えをあらためたと──。やってしまったことの責任を取るとおっしゃっていました。毒を自らあおり……」
「毒!?」
「あぁ、もう大丈夫ですよ? たくあん突っ込んで治しましたから」
そう、文字通り突っ込んで。
「突っ込んでって……くっ、ははっ!! さすがリゼさん。そういえばジェイドの時も無理やり突っ込んでたもんね」
うっ……。
そういえばそんなことも……。
思い出すと少しばかり恥ずかしい。
「と、とにかく、ラズロフ王太子殿下はもう大丈夫です!! カロン様を支えていくように話をつけてきました」
「カロン様を支えて、って……。助けたうえ、許すの?」
心底意外そうに尋ねるクロードさんに苦笑いを返す。
「これが、私とたくあんの復讐の形です。何も憎しみ続けるだけが復讐じゃない。虐げたたくあんの力をその身を持って理解し、そのたくあんによって生かされる。そんな建設的な復讐も、あっていいと思いません?」
一生牢に閉じ込めるだとか、強制労働させるだとか、首だけにしちゃうとか、復讐の形はいろいろあったんだろう。
でも私は未来への投資に賭けたのだ。
私を追放した国でも、ここは母国。
お世話になった人もいるし、その人たちには幸せになってほしい。
そのための投資だと思えば、安いものだと思う。
「全くリゼさんは……。そういう考え、嫌いじゃないよ」
苦笑いしながらも穏やかな瞳で私を見つめてくれるクロードさんに、私も微笑み返す。
「ぁ、そういえばカロン様は?」
「彼は元気。今ジェイドが付いて、不調がないか医師に見せてるところだよ」
「そうですか。よかった……」
後でカロン様にもラズロフ王太子殿下のことを進言しないと。
これから2人、力を合わせて国を良くしてほしい、って。
「それにしてもさっきのリゼさん!! プッ!! 面白かった!! 俺、たくあんビンタなんて初めて見たよ!!」
「み、見てたんですか!?」
「うん、ずっと見守ってたよ。姉妹の決別の時間に口を挟みたくはなかったしね。そうしたら……ププッ!! あのビンタだもんねぇ」
思い出したものを堪えきれずに再び笑い始めるクロードさんに、ぷくっと頬を膨らませてから「忘れてください」と拗ねたようにそっぽを向くと、突然に伸びてきた彼の手に腕を掴まれ、そのまま暖かい腕の中へとすっぽりと収まった。
「こんなに勇敢な女の子のこと、忘れるなんてもったいないよ」
耳元で囁かれ力を失う私。
……ずるい。
「さぁ、そろそろ広場に戻って、皆でフルティアに帰ろうか。皆待ってるよ」
「は、はい。そうですね」
いつまでもこのままでいたら私の心臓に悪いし。
美形の破壊力って恐ろしいわ。
「っと、その前に──」
「へ? ──っ!?」
チュッ……。
小さなリップ音とともに私の頬に軽く触れて離れたクロードさんの唇。
「行こう、俺のたくあん聖女」
いたずらっ子のような笑みを浮かべているのにその色は僅かに赤く染まって、それがなんだか可愛くて、私も「はい。私の可愛い聖騎士様」といたずらっぽく答えて笑った。
こうして私の──虐げられたたくあんの成り上がり逆転劇は幕を閉じたのだった──。