第67話 交わることのない双子の選択肢
「リゼリア様、よくぞご無事で」
城から無事に出てきた私を再び騎士のおじ様が迎えてくれた。
渡したショコリエを食べてくれたのか、さっきよりも顔色がいいみたい。
よかった……。
「心配させたわね。もう大丈夫よ。殿下はわかってくれたわ」
私が言うと少しだけ眉を下げて、騎士のおじ様は息をついた。
「これからこの国は大きく変わるわ。ラズロフ様とカロン様をよろしくね」
せめてもの思いを彼に託す。
あのボロボロだった私を見守ってくれたのだ。
きっと彼らのことも、優しく見守ってくれるだろう。
「はい。必ず。馬車は用意してあります。どうぞお使いください」
「ありがとう」
私は騎士のおじ様に笑みを向けて、待っている馬車の元へと歩き始めた。
その時だった──。
「お姉様!!」
甲高い声が私の背に叩きつけられた。
「……アメリア……」
私が眉を顰めて振り返ると、そこにはいつも綺麗に整えられた髪を振り乱して、すごい形相で私を睨みつける双子の妹の姿があった。
その姿だけで相当な暴れ方をしたのが窺い知れる。
「あんたのせいで全部おしまいだわ……!!」
「私のせい? 私が何をしたというの? むしろされた側じゃない?」
「っ……お、お姉様はずるいわ!! 王太子殿下の婚約者になったり、聖女になったり、今度はフルティアの第二王子と婚約だなんて……。なんでお姉様ばっかり……!! 私だって聖女候補だったのに……」
「ずるいって、じゃぁ私と同じようになってみる? 信じていた父母に罵倒され、自分の婚約者は双子の妹に奪われ婚約破棄された挙句、身一つで身分証すら持たされずに【たくあん錬成スキル】なんてよくわからないスキルだけを頼りに追放されるのよ?」
あらためて考えてみても、よく生きていたと思う。
私1人の力では無理だった。
でも確かに、私が選んだ選択肢が、私の未来を開いたのよ。
【たくあん錬成スキル】が食の国フルティアでなら役立つかもしれないと、フルティアに行くという選択肢をしたから。
道で行き倒れていたクロードさんを助ける選択肢をしたから。
前向きにフルティアで生きてきたから。
いろんな選択肢の結果、私はたくさんの人に助けられた。
自分の道を決めるのはきっといつだって自分だ。
その時々にある選択肢から選んだものが、【今】を作るんだと思う。
「それは……お姉様が何かズルをしたのよ!! そうよ、そうだわ。じゃなきゃあんたなんかが愛されるだなんてありえない!! そこは私がいるべき場所だったのよ!! 返してよ私の場所──っ!!」
バシン──!!
淡い光とともに、若干鈍さを伴った大きな音が響く。
私の手にはたくあん一本。
アメリアの頬には赤い跡。
「いい加減にしなさい、アメリア」
「っ!!」
私は静かに、未だ駄々をこねる妹を叱咤する。
「いつまでも子供みたいに駄々をこねて、自分のしたこともわからないで、恥ずかしいと思わないの? あなた、私が王妃教育で鞭に打たれながら耐えていた時、何してた? なんて言った? 『お姉様はお城に出入りできて、ラズロフ様と婚約できてずるいわ』なんて言いながら、お父様やお母様とお出かけして買ってもらった可愛いぬいぐるみを抱いて、甘いお菓子を食べていたわよね? 私は……全然そんな記憶ないわよ。父母に愛されて、勉強も嫌がれば免除されて、毎日楽しく、甘いお菓子や可愛いぬいぐるみに囲まれて過ごしていただけのくせに……!! 人の婚約者まで奪って……。それがうまくいかなかったからって、今度は何? 私のせい? お姉様お姉様って、あなた双子でしょ!? 同い年でしょ!? 甘えるのもいい加減にして!! 与えられるだけ、他者から奪うだけの人生なんてくだらないわ!!」
積もり積もった彼女への怒りが溢れ出す。
側から見れば姉妹喧嘩のようだけれど。
きっとこれが、彼女と話す最後だろうから、言わずにはいられなかった。
どうしてこうなったんだろう?
きっとそれもどこかの選択肢で、私たちは互いに交わらない選択肢を選んだから。
後悔しても仕方ないけれどこれを機に少しでも彼女が未来を自分で選択してくれたらと思う。
顔を歪めたままワナワナと震えるアメリア。
「もう話すこともないでしょう。それでは、ごきげんよう──アメリア」
動かない彼女に、気力を失ったのだと安心して彼女に背をむけ馬車へと向かった私が悪かった。
「何よ……」
低い声が地を這う。
「あんたなんか……あんたなんかがこの私に……皆のお姫様である私に指図しないで!!」
「リゼリア様!!」
「っ!?」
気づいた時には遅かった。
キラリと光る鋭いナイフを剥き出しにして突進してくるアメリアに気づいた時には、彼女はすでに私のすぐ目の前にいた──!!
騎士のおじ様が駆け寄ってくるけれど間に合わない……!!
「っ!!」
振り下ろされる無機質なナイフ──!!
ダメ……!!
この距離じゃ避けられない!!
せめてもの悪あがきに両腕を顔とお腹に構えてガードの姿勢を取り、私はぎゅっと目を瞑った──!!
……あれ?
いつまで経っても想像していた痛みがやってこない。
その代わりに降ってきたのは、聞き慣れた声。
「全く、リゼさんがこれだけ言ってもダメなんて……厄介な子どもだね」
それは確かに、今振り下ろされたナイフのように鋭い冷たさを孕んでいて、本当にこれは私の知っている人なんだろうかと疑いたくなるほどの殺気を纏っている。
「クロードさん!!」
私の目の前で、ナイフを持ったアメリアを光の縄で縛り上げるクロードさんの姿。
「そこの騎士殿、【コレ】とりあえず牢屋にでも繋いでおいてくれる? フルティアの第二王子の婚約者殺害未遂でね」
「!! はっ!!」
騎士のおじ様は一瞬驚いたように目を見開いてから、すぐに拘束されたアメリアを引き取った。
ワンワン喚くアメリアを連れて城へと入る途中おじ様はくるりと私たちの方を振り返り、
「リゼリア様、お幸せに。フルティアの第二王子殿下、リゼリア様を、よろしくお願いします」
そう穏やかに微笑んでから、アメリアを連れて城に消えた。