第66話 虐げられたたくあんは復讐を望まない
何?
なんで?
襲撃……ではなさそうだけれど……。
いや、考えても仕方ない!!
私はすぐにラズロフ王太子の元へと駆け寄ると、力なく倒れ込む彼を抱き起こす。
口元から一筋の赤い液体が流れ出る。
これ──血!?
ということは、毒!?
まさかあの紅茶の中に……!?
私が無事だということは、ラズロフ王太子のカップに塗られていた、ってこと?
「殿下!! 殿下!!」
「はは……お前が行くまで耐えるつもりが……無理だった、な……」
耐えるつもりだったって……それじゃまるで、自分で毒を飲んだかのような……。
「っ!! ……まさか……!!」
「これしか、思いつかなかった。私の責任の……取り方……」
「なっ……何馬鹿なことしてるんですか!! やり直せないかとか聞いといて……!! 私が受け入れていたらどうするつもりだったんです!?」
もし私が受け入れ、やり直すことになっていたなら、こんなのただの悲劇でしかない。
「それは……ない。……知って、いたか? ……お前は……顔に似合わず……、負けず嫌いで、頑固、なんだ……。8年間、婚約者としてお前を見てきたんだ……それくらい、わかる……ぐあぁっ!!」
彼の赤い血がまた口元から滴り落ちる。
「そんなの、勝手です……!!」
「あぁ。……私は、勝手なやつ、だ……。今更、気づいたの、か?」
額に汗を滲ませながら笑みを浮かべるラズロフ王太子を見て焦りが募る。
これはまずい。
なんとか……なんとかしないと……。
「死んではいけません!! 生きて……あなたの為すべきことをしてください!!」
「もう、手遅れだ。この毒は……まわりが……っく……早い……っ」
王太子として毒に耐性をつけてある彼がこんなに早くに顔色をなくしているのだから、そうなんだろう。
でも──!!
「手遅れになんて、させません!!」
「何を……」
「私は──【たくあん聖女】ですから!!」
そう言うと私はラズロフ王太子を支えていない左手を掲げ、「【たくあん錬成】!!」と声をあげた。
眩い光とともに現れる黄金のたくあん。
艶やかな色と抑えめの香り。
私の中で、今までで1番の理想のたくあんが今、完成した!!
そして私はそれを、驚きに口をぽかんと開けたラズロフ王太子の口に勢いよく突っ込む──!!
「むぐっ!?」
「出さずに食べてくださいね、殿下。私とたくあんへの贖罪だと思って!!」
言いながらも押し込む手は緩めない。
私にそう言われては反抗できないのか、ラズロフ王太子は力を振り絞って咀嚼を始めた。
口元に血をつけながらたくあんを頬張る男と、そんな男の口に容赦なくたくあんを突っ込む女。
なんてシュールな図なんだろうか。
でもそんなこと言ってる場合じゃない。
緊急事態なんだから。
やがてたくあん一本が口の中へと全て収まり切る頃には、あんなに苦しんでいた表情は消え、呼吸も安定し、顔色も良いラズロフ王太子へと戻っていた。
どうだ見たか!!
虐げられたたくあんの力を!!
「落ち着きましたか?」
「あ、あぁ……まさか、生きながらえるとは……」
ラズロフ王太子は私の支えから自力で立ち上がると、信じられない、と言った様子で呟いた。
「これがあなたが蔑んだ、たくあんの力です!! 思い知りました?」
「あぁ、十分に。──本当に、すまなかった。リゼリア」
意地悪げに発した私の言葉に、降参だと言うように両手を上げてから、頭を下げたラズロフ王太子。
「ふふ。わかっていただけて何より。……殿下、あなたはやり方は間違えましたが、昔から必死に父王の尻拭いをしていました。じゃないとこんな国、すぐに滅んでいたもの。生きて、カロン様の手伝いをしてあげてください。そしてこの国を、より良いものにして欲しい。私に贖罪をすると言うのなら、責任をと言うのなら、そっちのほうがずっと良い」
「……あぁ。そうだな。お前が言うのならば……。そしてカロンがそれを許すのであれば」
カロン様はきっとそうなさるはず。
賢く優しいお方だから。
私からも進言するつもりではいるし。
「この国がよくなることを、願っています」
私は初めて彼に向けて微笑むと、今度こそ振り返らぬまま、庭園を後にした。
今のラズロフ王太子なら大丈夫。
今度こそ、絶対に。
「あ……」
「ビンタ、しそこねちゃったわね」
呟いた言葉は誰に聞かれることもなく、静かな廊下に吸い込まれるようにして消えていった。