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第65話 私と彼の港


「……リゼリア」

「なんでしょう? ラズロフ王太子殿下」

「くくっ。そんなに警戒するな。ここは少しばかり仰々しい。少し移動するぞ」


 さっきまでの冷たい表情とは一転、憑きものが落ちたような穏やかな表情で、私に手を差し出しエスコートを買って出る。

 私はためらいながらも彼の手に自分のそれを重ねると、彼の表情は一層柔らかさを増し、手を引かれるがままに私は謁見の間を後にした。




 連れてこられたのは城の庭園。

 華やかなローゼリアの花が咲き乱れその花を思わせる優美な香りで満たされている。本当、フルティアの庭園とは正反対だわ。


「リゼリア、私は当初、お前をこの城に閉じ込める気でいた」

「は!?」

 突然の告白にズサァッと手を離して後ずさる私。

「はは!! 少し見ない間にずいぶん面白い反応をするようになったな。安心しろ。それは諦めたから」

 諦めた?

 あの自分の考えが1番のようなラズロフ王太子が?


「……午前中に、お前の様子を見るため変装して広場に行ったのだ」

「!!」

ラズロフ王太子がすぐ近くにいたの? 全く気づかなかった。


「そこで、国民の一人から、配られたショコリエたくあんというものを分け与えられた。それから妙に心が落ち着いてきた私は、お前の様子をあらためて見ていた。楽しそうに国民と話をし、食事を配り、時には自分で調理する姿……。どれも令嬢がするには大変なことだったろうに、お前はずっと笑顔だった。そしてそんなお前を見た国民もまた、笑顔だった。お前をこんなところに閉じ込めてはいけない。不思議とそう思わせられた」

「殿下……」

 聖なるたくあんの力が、ラズロフ王太子の執着をといた、ってこと?

 再び手を引かれて中央のガゼボへと到着すると、ティーセットがすでに用意されていた。


「最後に2人きりの茶会ぐらい、良いだろう?」

 そう言って自らポットからカップへと紅茶を注いでいくラズロフ王太子。

 そしてそれを一気にあおる。

 まるで毒など入っていないから飲め、と示すかのように。

 私も「いただきますわ」と彼に言ってから、一口、紅茶に口をつける。

 さっぱりとした風味が口の中で溶けていった。

 うん、美味しい。


「はぁぁ……本当に誤算だらけだ。お前を追放してから何もかもうまくいかない。お前は疫病神か何かか?」

「失礼ですね。あなたが浮気して私を追放したんでしょうに。そういうのを責任転嫁というのですよ、殿下」

 私のせいにされてはたまったもんじゃない。

「相変わらずだな、お前は。……お前は信じないだろうが、私は婚約当初からずっと、お前のことが好きだったよ」

「はぁっ!?」

 思わず令嬢らしからぬ声をあげてしまった。

 でもそりゃ驚きもするわ。

 浮気しといて婚約当初から好きだったとか……。

 もしかして私、揶揄われてる?


「くっくっ……。随分表情が出るようになったな、リゼリア」

 令嬢らしからぬ失礼な態度にも関わらず、楽しそうに笑うラズロフ王太子に「おかげさまで」と嫌味で返す。

 今更取り繕っても仕方ないもの。

「もっと早くに、こんな風に言い合える関係を築きたかった。私は、こうして欲しい、あぁして欲しいと考えるだけで、今まで自分からお前を求めてきたことはなかった。それがきっとダメだったのだろうな。だが、お前が好きだったのは本当だ。いつの間にか、歪んでしまったがな」


 本当に今更だ。

 それを言ったからと言って、私の気持ちは変わらない。

「……お気持ちだけはわかりました」

 冷たいようだけれど、その気持ちに対して私には何も返せない。


「……リゼリア……。やり直すことは──できないか?」

「っ!?」

 私と……ラズロフ王太子が?

 そんなの──。


「……殿下。私では、殿下の港にはなり得ません。逆もまた然り。一度すれ違った船は、それぞれの港へ向かうしかないのです」

 私の港は、もう決まっている。

 彼以外、私の港にはなれない。

 私が言うと、ラズロフ王太子は薄く笑ってから「そうか……そう、だな」と独り言のように呟いた後、私を真っ直ぐに見つめた。


「行け。この国はもう大丈夫だ。カロンが王位を継ぎ、貿易も整い、食事も改善されるだろう」

 この人のこんなに穏やかな表情、久しぶりに見た。

「信じても良いのですね?」

「あぁ、もちろん。もう二度とお前を悲しませることはしない」

 さっぱりとした笑顔に私は頷くと、彼にカーテシーをした。

「ごきげんよう、殿下」

「あぁ。お前の幸せを……、祈っている……」

 そうして私が彼に背を向け庭園から出て行こうとした──その時だった。


 ドサッ──!!

 何か重いものが地に倒れるような音がして振り返ると……。


「ラズロフ王太子殿下!?」


 さっきまでラズロフ王太子立っていた場所には、倒れ込んだ彼が転がっていた。


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