第64話 責任の行方
馬車の中でなにかしら元両親が話しかけてきたけれど私はなにも答えることはなかった。
ただじっと、アメリアからの鋭い視線を受け続け、城に着く頃には心の中でげっそりとしつつ、表面上は堂々とした自分を保つ。
王妃教育、意外と役に立つじゃない。
「リゼリア嬢、謁見の間にて王と王妃がお待ちです」
「私たちは王太子殿下に言われてこの子を連れてきたのだぞ」
騎士の言葉に苛立った元父が声をあげる。
「存じております。ですがその前に王と王妃がぜひにと」
傍観を決め込んでいた王と王妃の誘いか……。
嫌な予感しかしない。
ラズロフ王太子の誘い並に。
「くっ。仕方がない。すぐに案内しろ」
「はい」
不意にその年配の騎士と目が合うと、ふわりと表情が緩められた。
彼は王妃教育で城に通い始めた頃からの知り合いだ。
王妃教育が辛くて落ち込んでいた時には、よく内緒でクッキーやら飴やら、甘いものを分けてくれた優しいおじ様。
でも何だか、顔色が悪いわね……。
やっぱり栄養が行き届いていないのかしら。
「謁見の間への案内は不要です。通い慣れた場所ですもの。それよりこれを──」
私はエプロンのポケットからショコリエの入った袋を取り出すと、彼にそっと手渡した。
「聖なるたくあんで私が作ったショコリエというお菓子よ。よかったら食べて。力が湧いてくるはずだから」
「あなたが?」
驚いたように私とショコリエを交互に見る騎士のおじ様。
「えぇ。……私、火を使えるようになったのよ。包丁だって。もう、なにもできないお嬢様なんかじゃないわ」
まるで子供が親に褒めてもらおうとするような訴えに、彼は柔らかく目を細めた。
「それを聞いて、安心いたしました。リゼリア・ラッセンディル公爵令嬢」
「貴様なにを!!」
「カスタローネ公爵!! 王が待っているのでしょう? いきましょう」
強調されたファミリーネームに怒りの声をあげる元父を諌めて、私は騎士のおじさまへと、大丈夫よ、の意味を込めてにっこりと笑顔を向けた。
きっと大丈夫。
たくさんの力を皆にもらったから。
一歩ずつ、地を踏みしめて自分の足で歩き出す。
しっかりと前を向いて。
謁見の間の前では宰相閣下が目の下に隈を作って待ち構えていた。
無能な王の下でせっせと働いて忙しくしていた印象の彼は、心なしか白髪も増えたように思える。
「リゼリア嬢、突然のお呼び出し、申し訳ありません」
「宰相様、お久しぶりです。陛下は中に?」
「はい。リゼリア嬢。どうかこの国を、よろしくお願いします」
よろしくしたくない。
とは、こんなよろよろな宰相を見たら言えるわけもなく、私は曖昧に笑ってから謁見の間の扉を開いた。
扉から奥へと一直線に続く赤い絨毯。
その先には王と王妃と、そして──。
「ラズロフ王太子殿下!?」
彼がいた。
「あぁ、リゼリア。来たか」
……普通だ。
この人を見て1番に感じたのは、その一言だった。
各地がこんなにも騒がしいのに、彼は驚くほど──そう、普通だった。
「陛下からお呼び出しとあり、こちらに参上いたしましたが……」
父だった人が恐る恐る口を開く。
「陛下? あぁ、これか。少し待っていろ。もうすぐこれは王ではなくなる」
「!?」
王で──なくなる!?
「ラズロフその話は……!!」」
「承諾できん、とは言わせませんよ父上。カロンがフルティアの第二王子によって救出されたと先ほど報告があがりました。あなた方の長年の考えなしの政治の結果と、私の……リゼリアへの執着。それら全てに他国を巻き込んでいるんです。誰かが責任を負わねばなりません。それならば、王と王妃の退位、そして私も王太子の座を明け渡し王位継承権放棄をし、カロンを王に迎えるのが1番だ」
カロン様が……。
クロードさん、もう救出してくれたの!?
予想よりも早いカロン様救出に、思わず頬が緩みそうになるのを無理やり引き締める。
それにしても、淡々と言葉を紡いでいくラズロフ王太子が何だか少し怖いわ。まるで別人みたい。
「そんな……じゃぁ私はどうなるの!? 王妃になるはずの私は? ねぇラズロフ様ぁ!!」
アメリアが金切り声をあげる。
「カスタローネ公爵家も、公爵から格が下がるか、最悪取り潰しだろう」
「何という……。リゼリア!! お前からも何とか言ってくれ!!」
今度は私に期待の眼差しを向けてくる元父、そして元母。
随分と都合がいいことだ。
「そうよリゼリア!! 退位なんてやめさせて!!」
これ見よがしに王妃様が私へと声をあげる。
「はぁ……」
あ、いけない。
思わずため息が漏れてしまったわ。
「その采配に関しましては私もラズロフ王太子殿下に賛同いたしますわ。そうですねぇ……、広場に皆様仲良く首が並ぶのが良いか、それとも殿下の言う通り退位して、余生を静かな場所でひっそりと慎ましやかに暮らすのがいいか……。選べるのはその二択では?」
私が淡々と告げると、王妃様はまた声を荒げた。
「今まで散々世話をしてあげたことを忘れたの!? 恩知らず!!」
恩知らず?
親といい、王妃様といい、皆してなんて勝手なんだろう。
投げつけられたその言葉に何だか笑いが込み上げてくる。
「【王妃とは時に非情にならねばならない】。鞭で叩いてそう教えたのは、あなたでしたよね? 王妃様? それに私、恩を受けた覚えはないです。何度も何度も鞭を受けた記憶ならありますけどね?」
我ながら冷たい声をしていると思う。
でも、幼い私にはあれがどれだけの苦痛だったか。
王妃になるのだからと耐えてきたけれど。
私の心と体はボロボロだった。
ここにクロードさんがいなくてよかった。
こんな非情な私、見せたくはないもの。
「ふっ……。さすが長年私の婚約者だっただけのことはあるな。冷静な判断だ」
「あなたに褒められても嬉しくないですけどね」
私が彼にこんな物言いをしたのは初めてのことだ。
そんな不敬な返しをしたにもかかわらず、どこか嬉しそうなラズロフ王太子。
なんなの、変態なの?
「誰か!! 王と王妃、そしてカスタローネ公爵夫妻とアメリア嬢を別室へ!!」
ラズロフ王太子が大声で指示を出すと、控えていたであろう騎士たちがなだれ込むようにして謁見の間へと入り、暴れ喚く王と王妃、そして私の元家族たちを引きずるようにして強制的に連れていった。
「あんたのせいで!! あんたなんかぁぁぁああっ!!」
アメリアの金切声だけが、遠くに行ってもなお最後まで響いていた。
「先にやらかしたのは──あなたたちじゃない。……アメリア」
つぶやいた言葉は双子の妹には届かないけれど、きっともう1人の愚か者には届いただろう。
何とも言い難い表情で、私を見つめているんだから──。