第59話 星空の下で
ゴトゴトと荷馬車に揺られて、国境まであと少しと言うところで、私たちは夕食を取ることになった。
流石に疲れた私も馬車から降りて、思い切り伸びをする。
「疲れた?」
「はい、少し」
「俺も」
クロードさんの顔が爽やかすぎて説得力皆無……。
「あっちに湖があるんだ。少し足でも浸けに行かない?」
「湖? はい、行きたいです」
座りっぱなしでも足は疲れる。
少しサッパリできるなら嬉しいわ。
クロードさんについていくと、小さな泉が月明りに照らされていた。
「ん〜気持ちいい!!」
「生き返るよねぇ〜」
2人並んでブーツを脱いで足をつける。
令嬢時代ならば異性の前で素足を晒すなんて考えられなかったけれど、すっかり平民生活にも慣れたものだ。
ひんやりとした水が足から伝わって、とても気持ちがいい。
そのうえ頭上には満天の星空。
こんな時じゃなかったら何も考えずにただこの素敵な雰囲気に浸っていられるのに。くそぅ、ラズロフ王太子め。
「リゼさん」
「は、はい?」
私が心の中でラズロフ王太子に悪態をついていると、隣で涼をとっていたクロードさんが、いつの間にか真剣な表情で私を見ていた。
どうしたのかしら。
「リゼさんは……フルティアに帰ってくるよね?」
どこか不安げに揺れるサファイア色の瞳。
「どうしたんですか? 突然……」
いつものクロードさんらしくない弱々しさを感じる。
「いや……ラズロフがさ、またあなたと婚約したいとか言い出したら、どうするのかな……って。あっちはリゼさんの生まれ育った国だし、リゼさんは元々王妃になるためにたくさん勉強してきただろう? さっきの気配りだって見事だった。きっと王妃になっても、素晴らしい王妃としてやっていけると思うんだ。決めるのはリゼさんだけど、どうしても気になって……ね。……ごめん、忘れて。俺らしくないな」
眉を下げてわずかに微笑んで見せたクロードさんに、胸がキュッと締め付けられる。
不安に、させてたんだ。
そういえば私きちんとクロードさんに思いを伝えてない。
……伝えなきゃ。
私の気持ち。
「クロードさん」
「ん?」
私は一度大きく深く深呼吸をすると、あらためてクロードさんを真っ直ぐに見つめる。
「私、ベジタル王国には……ラズロフ王太子のところには留まりません」
「……え?」
「……私、クロードさんと一緒にフルティアに帰りたい。できれば、ずっと……あなたと一緒にいたいんです」
「!! えっと……それって──」
「──私、クロードさんが好きです」
「っ……!!」
私の一世一代の告白に目を大きく見開いて息を呑むクロードさん。
「あの、ずいぶんお待たせしてごめんなさい。もう、期限切れでしたら、断って頂いて──っ!?」
言葉は最後まで発せられることなく、私はクロードさんの腕の中へと吸い込まれることになった。
耳に伝わる早い鼓動。
熱い体温。
「期限なんて……切れるわけない。俺はずっと、リゼさん一筋だよ。……あー……その、俺が言うのもアレだけど、本当に俺でいいの? 一回いいよって言われたら、もう逃してあげられないよ?」
「そんなクロードさんだからいいんです。たくさん待たせて、ごめんなさい」
私は与えられた温もりに頬を寄せる。
私が追放されたと知ってすぐに駆けつけようとしてくれたクロードさん。
私の中の悲しみを全て受け止めてくれたクロードさん。
私に新しい居場所をくれたクロードさん。
私には、彼じゃないとダメなんだと思う。
「あー……幸せすぎ。初恋は叶わないって聞いて、ショックで寝込んだ過去の俺に今を見せてやりたいよ」
噛み締めるようにそう言いながら私を抱く力を強くするクロードさんに答えるように、私も彼に回した手を強くする。
「リゼさん、一緒に帰ってこようね。そうしたら、また神殿食堂で楽しく過ごそう。……大好きだよ、俺のリゼさん」
「はい。……私も──」
そうして私たちは、どちらからともなく、満天の星空の下で初めての口づけを交わしたのだった──。