第57話 SIDEラズロフ王太子
「王太子殿下!! 病が拡大し、医者の手が足りません!!」
「国民の反発も大きくなっています!!」
「このままではいつ反乱が起きるか……!!」
「うるさい!! 医者には引き続き患者の対応をさせろ!! 病の研究チームはどうなっている!?」
「それが……未だ病の原因解明には至っておらず……」
「くそ……!! 役立たずが……!! もう少しもたせろ!! もうすぐ騎士団の準備が整う!! そうしてリゼリアを取り戻せば、すぐに解決するのだ!!」
苛立ちが私を支配する。
リゼリアが聖女ではないと知って追放した後からずっとだ。
あの女がいなくなって、私は私の選んだ相手──アメリアと幸せな未来を築くはずだったのに……。待っていたのは、ただの虚無感だけだった。
あれほど鬱陶しい存在だったのに、焼きついて離れないリゼリアの顔。
「王太子殿下!!」
「今度はなんだ!!」
血相を変えて執務室に入ってきた騎士に怒鳴りつける。
「フルティエから伝令です!! リゼリア嬢が……、明日、こちらへ到着する、と!!」
「リゼリアが!?」
まさかあちらから来るなんて……。
母国の窮地を聞きつけ、心配になった……ということか?
他人のことばかり気にして、困っている者があれば助けずにはいられないリゼリアらしい。
思えば彼女はいつも、誰かのために動き回っていたな。
今は隣国にいる元婚約者を思い出して、自分でも気付かぬうちに頬が緩む。
「わかった。騎士たちに伝えろ。準備は中止にするようにと。……しばらく1人にしてくれ」
「はっ!!」
私に一礼してから、騎士や臣下の者たちは部屋を後にした。
静かになった執務室で、1人リゼリアを思う。
彼女はいつも、私よりも他人を気にかけ、たくさんの改革を行なってきた。
それが気に入らなくなったのは、いつからだろう?
リゼリアにとって私は、ただの周りに定められただけの婚約者。
そう考えると、自分と彼女の立場が憎らしくなった。
リゼリアが聖女最有力候補でなければ婚約していたかもわからなかった私たち。
だから、彼女の双子の妹であるアメリアに想いを寄せられたとき、初めて自分の決められた運命から抜け出せる気がした。
アメリアといる間は、私は私として愛されているんだという自信が持てた。
なのに……。
私の心の穴は何故か埋まることはなかった。
彼女に婚約破棄をつきつけても。
彼女を追放しても。
彼女の存在を、貴族名鑑から消しても。
穴は広がるばかり。
私の中の【リゼリア】の存在は消えてくれなかった。
誤算だった。
そしてもう一つの誤算は、彼女が本当に聖女だったこと。
【たくあん】というあの黄色い臭いものが聖なる力を持つなんて、誰も思わんだろう!?
リゼリアは、私のものだ。
絶対にフルティアには渡さない。
【リゼリア】──。
その名前を心の中で唱えるたびに、苛立ちと同時に訪れる胸の心地よい苦しさを、私は気付かないふりをして窓の外に目をやった。