第51話 和やかな晩餐会
「ラッセンディル公爵、ラッセンディル公爵令嬢!!」
名前が読み上げられ、私はクララさんのエスコートで会場に入る。
爵位の低い順から入場し、私たちが最後の招待客だ。
真っ白いクロスがかけられた長テーブルの先では国王陛下と王妃様、王太子殿下にレイラ様、そしてクロードさんが揃ってこちらを見ている。
クロードさんは遠くから私を認めると、目を三日月型にして嬉しそうに小さく手を振った。私はそれににっこりと微笑んで、王族に向かって一礼し、席に着く。
そして──。
「ベアロボス王国第一王子、ベアル殿下!!」
主賓のベアル様の登場だ。
いつものおどおどした様子は微塵も感じさせることなく、堂々たる態度でこちらへ向かって歩いてくるベアル様。
わずかに鼻をひくひくさせているのは、おそらく匂いを感じ取っているんだろう。
しばらくしてベアル様は驚いたように金色の瞳を丸くしてから、なぜか私の方を見やった。そしてふんわりと目を細めると、正面の陛下の前、長テーブル1番奥の、王妃様の正面へと座った。
「皆、よくきてくれた。こちらはベアロボスのベアル殿だ。皆、今宵は食べて飲んで、盛大に楽しもうではないか!! ベアロボスとフルティアの友情に、乾杯!!」
国王陛下が音頭をとって、晩餐会が始まった。
それを皮切りに、目の前に色鮮やかな料理が運ばれてくる。
どれも料理長が徹夜で考え直して、刺激的な匂いの少ない料理だ。
そしてベアル様とレイラ様のメニューは、私が考え朝から仕込みをしたものたち。
ベアル様はおにぎりをナイフで切り分けながら、嬉しそうに咀嚼を繰り返し、レイラ様は一口サイズのおにぎりをフォークで刺して、ゆっくりながらも口へと運んでいった。
よかった。お二人ともしっかりと食べてらっしゃる。
すると隣に座っていた公爵夫人がベアル様達の食事を見て、興味を示した。
「陛下、ベアル様やレイラ様がお召し上がりになっているものは何でございましょう?」
他の招待客もそれは気になっていたようで、興味津々で陛下の方を見た。
「あぁ、その前に……。皆に一つ知らせを。王太子妃レイラが懐妊した。今はつわりの段階でな。仕事によっては休みながらになることもあるだろう。皆、よく助けてやってくれ」
陛下が発表すると、レイラ様はすくっと立ち上がり、皆様に向けて一礼をした。すると一斉に招待客から祝福の声が木霊する。
「そのためにつわりでも食べられそうなものをと準備してもらったのだ。ベアル殿のものは獣人族の身体に合わせたものとなっておる。人間には食べられるものでも、狼獣人にとっては食べてはいけないものもあるらしいからな。そしてこれらはどちらも、聖女が自ら作ってくれたものだ。改めて紹介しよう。聖女リゼリア・ラッセンディル公爵令嬢だ!!」
陛下の紹介に、人々の視線が一斉に私へと向かう。
予想していなかった大々的な紹介に内心パニックになりながらも、私は立ち上がり皆様に向けて一礼する。
「おぉ、聖女!!」
「あれは……ベジタルの王太子の婚約者ではないか?」
「ではやはり、婚約破棄は本当で……?」
私を確認した貴族達の中には、私がベジタルの王太子の婚約者だと気づくものもちらほら。
それはそうだ。上位貴族は王太子殿下達の結婚パーティーなどで面識はあるし、婚約破棄事件は広まっているみたいだし。
「知っての通り、ベジタルの王太子は一方的に婚約破棄と追放を言い渡し、長年支えてくれた婚約者であるリゼリア嬢を捨てた。だが彼女はこのフルティアに辿り着き、我が弟クラウスが引き取り、義妹として今は第二の人生を歩んでおる」
これでまた要らぬ憶測と腹の探り合いが起こるのかしら。
そう思って覚悟をしていたのに──。
「リゼリア様といえば、クロード殿下の長年の思い人ではありませんか!! 婚約を破棄されたリゼリア嬢とクロード殿下が巡り会う……!! あぁ、なんて運命的なんでしょう!!」
「あぁ、せっかくクロード殿下にいかがかと娘を連れてきたが、無駄のようでしたな」
あぁ、だからやたらと娘同伴が多いのか。
なかなかちゃっかりしてらっしゃる。
「クロード殿下、ご婚約は?」
侯爵がたずねると、クロードさんは少しだけ頬を赤くしてから答えた。
「あまりせかしてくれるな。俺もリゼリア嬢も、まだまだこれからなんだ。見守っていてくれ」
そう言ってクロードさんはとても優しく私に微笑みかける。
そして顔に集中する熱を隠すように、両頬に両手を当てる私。
「ははは!! 初々しいお二人だ!!」
「愛らしいカップルに、乾杯!!」
そんな和気藹々とした和やかなムードの中、晩餐会は進んでいく──。