第49話 命の息吹
いよいよ明日に迫った晩餐会。
原因がわかったところでこれで終わりではない。これから招待客にお願いの書状を認めないといけないし、会場の花の飾り付けも予定していたものとは別のものにしていかなければならない。
【香水禁止、強い匂い禁止】
これは招待客だけでなく、給仕の料理人や侍従、メイドたちにも言い渡された。招待客へのお願いの書状は王妃様が朝からせっせと書いてから使いをやって届けさせ、料理長や料理人たち、給仕の侍従やメイドたちへの周知は王様直々に行った。
そして今、私とレイラ様で大広間の飾り付けの指示をしている。
なるべく匂いの薄い花を選んで、飾る場所を侍従やメイドたちに指示していく。
「これで大体やることも終わったかしらね。ありがとう、リゼ」
レイラ様が残りの花束を抱えて控えめに笑った。
その絵になる美しい姿に思わずほぉっと見入ってしまう。
「ねぇリゼ、あなた、ベアル様のことが終わったら、クラウス様のところに戻ってしまうの?」
「あ、いえ、公爵家ではなく、今まで通り神殿でお世話になることになっています。神殿である神殿食堂もすぐ隣で、何かと便利ですし」
毎朝大量のたくあんを錬成して城から神殿へ届けてもらっているけれど、やっぱり食べてくれるお客さんの顔をちゃんと見たい。
「それに、クロードさんは職場でもあるので、よく来てくれますし」
私が照れながらもそう言うと、レイラ様の瞳が寂しげに伏せられる。
「寂しくなるわ。もういっそクロード様と結婚したらいいのに」
「けっ!?」
結婚って……!!
私とクロードさんが……!?
ま、まだ婚約すらしていないのに。
「あなたたち、そう言う仲ではないの?」
「なっ!?」
まさかの発言に私は思わず持っていた大広間の飾り付け図を落としそうになる。
「ま、まだそこまでは……」
「まぁ……。クロード様は告白すらしていないの?」
「いえいえ、そんなことは……。ただ、私の問題なんです。私が自分に自信が持てなくて……。今のままじゃ、クロードさんの隣に立つ資格がないんです。もっと、クロードさんの隣に立ってもおかしくない人間になったら、私から告白するって、クロードさんには伝えています」
クロードさんはラズロフ王太子とは違う。
きっと、あと少し、待っていてくれる。
だから私は、今のこの大仕事をクリアすることに専念しないと。
「そうなの……。今のままでも十分素敵だけど──。……リゼ、私あの時、あの結婚パーティーの時、とても不安だったの。政略結婚だし、私はこんな性格でしょう? これで王太子殿下と上手くやっていけるんだろうかって……。でも、あなたからの手紙をもらって、不安なのは私だけじゃないんだって安心した。あなたのおかげで私、彼と向き合うことができたのよ。だから自信を持って」
「レイラ様……。ありがとうございます」
薄く微笑んだレイラ様に、私も笑顔を返す。
私の今までを肯定するようなその言葉に、なんだか急に心が軽くなった。
そんな気がした──刹那──。
「っ……!!」
ぐらりとレイラ様の体が傾いて、そのまま彼女は赤い絨毯の上へと倒れてしまった。
「レイラ様!! レイラ様!? ちょ……誰か!! 誰か来て!!」
一瞬にして辺りは騒然となり、レイラ様はすぐに自室のベッドへと運ばれた。
最近の青白い顔が目に浮かぶ。
やっぱり体調が悪かったんだ……。
すぐに医師が駆けつけ、レイラ様を診察する。
私と王太子殿下は衝立の外で落ち着きなく立ったり座ったりを繰り返しながら、医師の診察が終わるのを待った。
しばらくして医師の「終わりましたぞ」という声がして、私と王太子殿下は衝立の向こう、ベッドに横たわるレイラ様の元へと駆け寄った。
「先生!! レイラは……!?」
焦ったように医師に詰め寄る王太子殿下に、医師は目尻の皺をくしゃりとして笑顔を向けた。
「王太子殿下、おめでとうございます。王太子妃殿下、ご懐妊でございます」
「──は……?」
ご……かい……にん……?
「!!」
一瞬だけ思考が停止して、それから一気に喜びが体中を駆け抜けた。
「レイラ……!! 嬉しいよ……!!」
「おめでとうございます!! レイラ様!!」
「ありがとう。リゼ、心配かけてごめんなさいね」
嬉しそうに、そして申し訳なさそうに、ベッドから体を起こすレイラ様を王太子殿下がすかさず支える。
「ここ最近顔色が悪かったのは、お子がいたから──ですか?」
私の問いかけに医師が深く頷いた。
「えぇ。つわりですな。食べても戻してしまったり、異常に一定のものが食べたくなったりと、食事が安定しない時期ですが、今の時期はとにかく食べたいものを食べたいだけ、食べたくないものは食べないに限ります。ただ水分だけはしっかりと摂るようになさってください。脱水症状を起こしてしまっては大変なのでね。安定するまでは毎日定期的に検査をするようにいたしましょう。とにかく、無理だけは禁物ですぞ」
ではまた伺います、と医師は言うと、レイラ様の部屋を後にした。
「それで最近食べが悪かったのか」
「そうみたい。……リゼ、あなたに頼みがあるのだけれど……」
ためらいながらもレイラ様が口を開く。
「はい、なんでしょう?」
「ベアル様がお食べになっているたくあんおにぎり、私にも作っていただけないかしら? あなたのたくあんなら不思議と食べられるのよ。お手間をかけて申し訳ないのだけれど……」
たくあんの塩みが食欲を保持させてくれるのかしら?
聖なるたくあんだし、体にも良い影響を与えてくれるのかもしれない。
「はい、もちろんです。明日の晩餐も、食べやすい物を少量ずつご用意するようにしますね」
早速料理長と相談して、レイラ様メニューの変更をしないと。
腕がなるわ!!
「私、料理長のところで料理のメニューを考えてきますね。レイラ様、ゆっくりなさってくださいね」
私はにっこりと笑ってレイラ様の部屋を後にする。
新しい命の息吹に、不思議と心が躍るような気がした。