第47話 レイラ王太子妃と実験開始
翌朝早くにベアル様の食事の支度をして、一度部屋に戻って身支度を整えてから部屋を出る。偶然にもクロードさんと鉢合わせし、一緒に広間へと向かった私たち。
広間にはすでに王太子殿下と王太子妃様が揃っていた。そしてすぐに、いつも漂っている花のような強い香りがないことに気付く。
王太子妃様、早速香水使わないでいてくれたんだ。
「王太子様、王太子妃様、昨夜は夜遅くに申し訳ありませんでした。王太子妃様、ご協力ありがとうございます。」
私が昨夜の非礼を詫び協力に対して礼を言うと、チラリと王太子妃様はこちらを見てから「良いのよ、気になさらないで」とだけ返し、無表情で椅子へと腰を下ろした。
──【氷の王太子妃】レイラ様。
長身に切長の瞳、無口な彼女のその通り名はベジタル王国でも有名だった。凛としていて、とてもかっこいい方だけど、どこか近寄り難い。
「レイラ、ちゃんと言葉を使わないと、大好きなリゼリア嬢にも誤解されてしまうぞ?」
ん?
なんて?
大好きなリゼリア?
誰が?
私が理解に苦しんでいると、王太子殿下が楽しそうに口を開いた。
「リゼリア嬢、レイラは君のことが大好きなんだ。一年前の私たちの結婚パーティーの際に、レイラは初めて君に会って、君はあの時丁寧な手紙までくれただろう? それからはもう君の大ファンさ。婚約破棄の件も、バカ王太子を仕留めに行こうとするくらい怒り狂ってたからな。まぁ、私が彼女を止めている間に、もう一人の猛犬が出て行ってしまったけれど……」
と王太子殿下はいい笑顔でクロードさんを見て、クロードさんは気まずげに自身の兄から視線を逸らした。
あぁ……そのもう一人の猛犬か。
王太子殿下と王太子妃様がご結婚されたのは一年ほど前。
その時ラズロフの婚約者として結婚パーティーに出席した私は、同じように公爵家から王太子に嫁ぐ身として、レイラ様へのお祝いのプレゼントに手紙を添えたのだ。確かあの時は「ありがとう」と無表情で礼を述べられただけで、気に入られた雰囲気でもなかったのに。
「彼女は極度のコミュ障とあがり症でな。公の場ではこの表情を崩すことなく【氷の王太子妃】キャラと化しているけれど、本当は情に熱くて、とても優しい人だから、仲良くしてあげてくれ」
極度のコミュ障とあがり症……。
人間族版のベアル様!?
しかも【氷の王太子妃】はあえてそのままにしたキャラ……だと……!?
なんて美味しいキャラなんだ、王太子妃様。
「王太子妃様、あらためて、よろしくお願いします」
私が微笑むと、彼女は頬を赤くしてから「レイラでいいわ。よろしくね、リゼ」と小さく返してくれた。
え、なにこれ可愛い。
「はは。話がまとまったようで何よりだ」
私たちが話している間にも、王様と王妃様が広間にそろって私たちを微笑ましそうに見つめていた。
その後すぐに扉が開かれ、最後の一人──ベアル様が入室する。
「お、おはよう、ございます」
おどおどしながらも朝の挨拶をするベアル様に、もふもふしたい欲を刺激されつつ「おはようございます」と笑顔で返す。
そして彼は黒い鼻をピクピクと動かしてから、いつもならこの後すぐに「部屋で食べますね」と言って挨拶のみで出て行ってしまうのに、今日は何も言うことなく椅子に着席した。
「!!」
座った!?
私はその驚きと喜びに、隣のクロードさんと無言で顔を見合わせる。
この日の朝食も昼食も、そして夕食も。
ここにきて初めてベアル様は皆と一緒に食事を取り、完食することができたのだった。