第42話 見守ってくれる人のために
「美味しかったです、リゼリア嬢。ありがとうございました」
「どういたしまして。──でもなんで言い出さなかったんですか? 狼獣人の食べてはいけないものについて知らずにいたこちらに非はありますが、言ってくださればすぐに料理を変えましたのに」
わざわざ少ない食べられるものだけ食べて我慢するよりも、言って代えてもらったほうが我慢などしなくて済んだものを。
ベジタル王国の貴族なんて、気に入らなければすぐに取り替えさせるような我儘な人間も多いのに。この人は王族であってもそれをしない。
「ぼ、僕は、あまり話すのが得意じゃなくて……僕なんかが意見を言うなんて、申し訳ないですし……」
卑屈か!!
口下手なのもあるけど、自己肯定感が低すぎるんじゃないの、この方。
「あの、僕なんか、って、第一王子ですよね? ベアル様」
「は、はい。でも僕は落ちこぼれだから……」
自信なさげにまた耳をぺこんと垂らし視線を逸らすベアル様。
「落ちこぼれ?」
「はい。……僕は昔から、すごく勉強ができたんです。皆、『天才だ』『さすが第一王子だ』ともて囃しました。だから僕は、皆に喜んでもらいたくて、皆に褒めてもらいたくて、もっと頑張った。でも……3つ下の弟は僕なんかよりもすごかった。……リゼリア嬢、あなたは、獣人族の本能を知っていますか?」
本能?
私は王妃教育で習ったはずの記憶を必死に手繰り寄せる。
「確か、狩猟本能があるとは……」
「えぇ。それも一つ。僕達獣人は強い者を王として認めるという本能があるんです。弟は武術に長けていました。口下手でコミュニケーション能力のない僕よりも、武術の才に溢れ、社交的で明るい弟の方へと、自ずと人は集まっていった。そうすると今度は、次期国王は僕よりも弟の方がいいんじゃないかっていう人まで現れて……。父は僕を王にと考えています。だけど……落ちこぼれの僕には、それだけの強さがない」
なるほど。劣等感を感じて打ちのめされてる、ということか。
私にも覚えがある。
妹がいるから。
妹のアメリアのようににっこり笑って愛嬌を振りまいて、皆に愛される人になれたら……。そう何度も考えたことがある。
あの日、妹とバカ王太子が通じてるって知った時も、やっぱり愛嬌のある妹を選ぶんだ、と思ったし、そのことに打ちのめされた自分もいる。
もちろん、今はあんな男くれてやるってくらいには吹っ切れてるけれど。
私を、ちゃんと見てくれる人たちがそばにいるから。
「──ベアル様。強さとはなんでしょうか?」
「え?」
「武力ですか? 知力ですか? それとも社交力? 統制力かしら?」
私の問いかけに難しい顔をして唸りをあげるベアル様。
「──私は、そのどれもが【優劣のない強さ】であると考えております。ベアル様が言えなかったのは、申し訳ないと思ったから、ですよね。人を気遣う心のあるベアル様を、弱いだなんて思いません。優しさも、その【優劣のない強さ】の一つですわ。それにそこの護衛騎士達も──」
私はベアル様を後方から見守る騎士達に視線をやる。
ベアル様は王子でありながら、連れてきた護衛騎士が異様に少ない。話の感じから、彼らはベアル様についてきてくれた貴重な人たちということになる。
ベアル様を守るためにこの国に来てくれた、ベアル様自身の味方。
「彼らがここについてきてくれたのは嫌々ではないように思えます。きっと、ベアル様を慕ってらっしゃるのでしょうね」
「彼らは……僕の幼馴染ですから……」
「あら、ならなおさら大切になさって。きっと、ベアル様の良いところも悪いところも、よくわかっていてついてきてくれる方達ですから。……ベアル様、全員から良く思われずとも良いのです。誰かが信じついてきてくれればそれで。大勢の人よりもまず、自分を見守ってくれる人たちを信じ、大切にしていれば、自然とあなたをきちんと見てくれる人も増えるでしょう」
私にとってのフルティア王国の皆のように。
見守ってくれる人たちを信じて、彼らに誇れる自分でいたいと思う。
私の言葉にしばらくベアル様は俯き、じっとテーブルの空の皿を見つめてから、やがて「ふぅ……」と小さく息を吐いた
。
「リゼリア嬢、ありがとうございます。あなたにここで出会えて、僕は幸せです。すぐにはできないかもしれませんが少しずつ僕も変わっていきたい。僕を信じ、付き従ってくれる人たちのためにも」
そこにもう、おどおどとした彼はいない。
狼のごとく鋭い光の宿った瞳が、力強く輝いていた。