第27話 アイネの魔法の絵
翌朝私はいつものように食堂に出勤した。
かちゃりと鍵を開けて、クララさんが来る前の支度をテキパキとしていく。
この作業ももう随分となれてきたわね。
最初はクララさんが出勤しても終わってなくて、一緒にやらせちゃうくらいモタモタしていたのに。
この暮らしになれてきたのかな、私。
公爵令嬢としての知識や、次期王太子妃としてやってきたことなんて一切役に立たなくて、やることなすこと全てが初めて。
まるで自分が、何も知らない赤ん坊のように感じられたっけ。
そんな私に辛抱強くたくさんのことを教えてくれたクララさん。
毎日様子を見にきて見守ってくれていたクロードさん。
ジェイドや常連さん、孤児院の子供達。そしてレジィにアイネ。
いつの間にかこんなにも支えてくれる大切が増えていった。
この国に……この街に来て、本当によかった。
「おっはよー。ってあら? どうしたのリゼ? 死期を悟った人みたいな顔してるわよ」
「あ……おはようございます、クララさん。いやちょっとクララさん達に助けてもらってここまで生きてきたんだなぁと、改めて浸っておりまして」
賑やかな挨拶とともに入ってきたクララさんに私はさっきまで感じていたものを伝える。
「確かにあんた、最初はボロボロだったっものねぇ。でも、あんたが頑張ったから今があるのよ。誇りなさいな」
そう言って厳つい顔をたらんと緩ませ、私の頭をガシガシと撫でるクララさんにくすぐったい気持ちになりながらも「ありがとうございます」と笑顔で礼を述べた。
「し、下ごしらえ、もうできてますからあとは孤児院用にワゴンに乗せるだけです」
私は照れ臭さを誤魔化すように言うと、スープの入った鍋やパンの並んだトレーをワゴンへと乗せていく。
最後にミルクの入ったボトルを乗せて、っと。
よし完成。
後はワゴンを取りに来るのを待つだけなので、私はクララさんと談笑しながら座って待っていると──。
「リゼちゃん!!」
「リゼちゃん彼氏できたって!?」
「本当か!?」
慌ただしく食堂に入ってきたのは常連のトマさんトゥナさん、イアンさんの中年三人衆。
ん? 彼氏?
私の頭の中で昨夜のクロードさんの言葉がよみがえる。
“あなたが若い男を担いで帰って行ったって目撃者がいて”
目撃者ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
もしかしなくても昨日のアレのこと!?
「何なのあんた達、朝っぱらから騒々しいわねぇ。朝は神殿職員専用よぉ。ご飯なら昼か夜に来なさい」
クララさんが腰に手を当て凄むけれど、3人はお構いなしだ。
「これが落ち着いていられるかってんだ!!」
「俺たちのリゼちゃんに彼氏だぜ!?」
「俺たち皆リゼちゃんファンなのによ!!」
涙目になりながらそう言ってくれる3人組に苦笑いを浮かべ、私は説明するために口を開いた。
「昨夜のことを言っているなら、私が部屋に連れ帰ったのは女性ですよ。ベリーショートで長身の。神殿の前で行き倒れていたので、つれて帰って保護しています。神殿で聞いてもらえれば神殿長が証言してくださいますよ」
神殿長の名前は効果抜群で、説明すると彼らは「なんだ、そうだったのか」「神殿長もご存知なら心配いらねぇ」「邪魔したな」と安心して帰っていった。
けれどその後も次から次へと常連のお客さんが朝の食堂へと現れてそのたびに誤解を解いて回る羽目になった私は、ランチタイムにはぐったりしていた。
「なんか……ごめんよ? リゼ」
エビフライのたくタル添えを食べながら、申し訳なさそうに眉を下げるアイネ。
「ううん、大丈夫。皆町中に誤解を解いて回ってくれてるから、確かめに来る人も落ち着いたし」
ここへ真偽を確かめに来た常連さん達が、噂の火消しに回ってくれているようだ。ありがたい。
「それにしても、リゼは街の人に愛されてるんだね」
「ふふ、ありがたいことにね」
「1番リゼさんを愛してるのは俺だけどね」
背後から声がかかって振り返ると、にっこりと爽やかな笑顔を携えたクロードさんが立っていた。
「クロードさん、いらっしゃい」
「うん。朝挨拶に寄ったぶりだけど、昼も可愛いよ、リゼさん」
言いながらクロードさんは一つに高く括った私の髪をとり口付ける。
うぅ……恥ずかしい。
どうしてこの人いつもこんなに激甘なのかしら。
私は慣れてないっていうのに。
「あ、そうだ。そんなラブラブなリゼと殿下に、これ」
言いながらアイネが取り出したのは、2枚のカード。
そこには微笑む私とクロードさんの姿が描かれている。
そして時々絵の中の二人が目を合わせ、また笑顔を咲かせる。
とてもリアルに描かれた、絵とは思えないほどのクオリティだ。
「これ……アイネのスキル? 素敵ね」
私が驚きながらたずねると、彼女はニッと笑ってうなづいた。
「拾ってくれた恩と、部屋を貸してもらってる恩さ。今の私にはこれぐらいしかできないけど……」
アイネは照れたように頭を掻きながら私とクロードさんに一枚ずつそれを渡し、それを受け取ったクロードさんは目を輝かせた。
「ありがとう。これなら持ち歩けるし、いつでもリゼさんを見ることができる。早速城の魔術師に保護魔法をかけてもらうよ」
持ち歩く!?
まさか討伐にも持っていく気かしら……。
「どういたしまして」
クロードさんに返事を返すと、アイネは席を立ち、少ししゃがんで私の耳元に口を寄せ耳打ちする。
「3人になったらすぐに言ってね。あたしが無料で描いてあげるからさ」
予想だにしていなかった言葉に顔を真っ赤にして、私はしばらくフリーズすることになるのだった。