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第26話 愚かなる王太子と踏みつけられし声


 突然に息を切らしながら、ノックもなしに荒々しく入ってきたのは、所々汚れた聖騎士服を着たクロードさんだ。

 そういえば、今日は朝クロードさんが聖騎士として魔物の討伐に行く前に会ったきりだ。


「クロードさん、どうしたんですか? こんな夜にノックもなしに……。何か事件でも?」

 普段紳士な彼がこんな汚れたまま、無断で女性の部屋を訪れるなんて、何かあったに違いない。そう思い至った私は、椅子から立ち上がるとドアを開けた状態でこちらを見つめたままのクロードさんの元へと歩み寄った。


「あぁ、大事件だね。さっき討伐から帰ってきて、ダメもとで貴女に会いに行ったんだ。そうしたら出入り口付近で、貴女が若い男を担いで帰って行ったって目撃者がいて、居ても立ってもいられなくて、服もそのままにここまで来てしまった」

「若い男を?」

「あぁそうだ、この若いおと……こ……?」


 庇うように私の肩を抱き、アイネに視線を移したクロードさんは、そこでようやく彼女が男ではないということに気づいたようだ。

 それにしても、アイネを拾ったところを見られていたとは知らなかった。

 変な噂にならなきゃいいけど。


 ベリーショートの髪で長身な彼女は、暗がりなら普通に男性に見えることだろう。遠くから見ていたならば尚更に。


「残念ながら、あたしは女ですよ、この国の第二王子殿下」

 両手を上げ戯けたように言うアイネに、説明を求めるように私を見つめるクロードさん。


「少し事情がありまして……。とりあえず、クロードさん、夕食まだでしたら、少しつまみながらでもお話しませんか?」


 私が空いているもう一脚の椅子を勧めると、「あ、あぁ、お邪魔する」と言って進められた椅子へと腰を下ろしたクロードさん。

 視線は未だアイネから動かない。

 それは警戒からか、驚きからか、どちらにしろ険しい顔をしている。


「さ、とりあえず【ロール DE スクランブルたくあん】をどうぞ」

 と未使用の皿とカップをキッチンから持ってきて、彼の前へと置く。


「あぁ……ありがとう、リゼさん」

 ようやく私の方へと視線が移ると、クロードさんは今度はとろけそうな笑みを浮かべた。


「ふふ。結婚したら、毎日こんな感じで、一緒に食卓を囲めるんだろうなぁ……」

 あぁ……クロードさんの妄想タイムが始まった。

 初恋を拗らせ気味のクロードさんのこの状態には最近慣れてきた。

 あれか。美形は正義っていうやつか。


「ん、おいしい!!」

「リゼは料理上手だね」

 言いながら一口、二口、と食べ進めるクロードさんとアイネ。

 食べながら、私はアイネとの事の経緯をクロードさんに説明した。


 説明し終えた時にはお皿は綺麗に空っぽになっていた。


「ふむ……ベジタル王国が……。実はね、かの国が少しおかしなことになっているとは聞いていたんだ」

 すっかり冷めた紅茶を口に含みながらクロードさんが神妙な顔つきで言った。


「おかしなこと?」

 すかさず私が聞き返すと、首をゆっくり縦に下ろし、彼が続ける。

「リゼさん──リゼリア公爵令嬢との婚約破棄や追放のことを知った国民たちが、抗議の声をあげているらしい。そして王太子は、それらの声をことごとく無視し、熱烈な抗議をあげる者は強制的に投獄したりしているようだ」


「は!?」

 なんで国民がそのことを知って……。

 それに抗議の声!?

 しかも投獄!?

 なんの罪もない人々を!?

 なんて愚かなの……。


「国民のために自ら動いて色々な待遇を改善してくれた貴女は、特に騎士や国民の間では人気だったから……彼らも怒りを覚えたんだろう」


 知らなかった。

 確かに、騎士団の待遇改善や国民の医療設備、道路整備や農作業効率の向上については私が関わって変えていったりしたけれど、そんなふうに思っていてくれただなんて。

 思わず胸に熱いものが込み上げる。


「どうにかできないでしょうか?」

 彼らが私のせいで投獄されるなんて申し訳なさすぎる。

 私の問いかけに、クロードさんは優しく微笑んでから口を開いた。

「大丈夫だよ。兄上がそこら辺も調査の上、ベジタルの王にでも話をしてみるそうだ。少し任せてみよう」


 クロードさんのお兄様──この国の王太子殿下は、とても頭の切れる有能な方だ。

 私も何度か外交の際にラズロフ王太子の婚約者としてお会いしたことがあるけれど、しっかりとした大人な雰囲気の人格者だった。

 きっとベジタル王国のことも、なんとかしてくれる。

 私はそう信じて、無言で頷いた。


「いっそのことベジタル王国乗っ取って、あんたたちが王と王妃になりゃいいのに」

 ぽろりと放たれたアイネの言葉に、頬が熱くなる。

 王と王妃って……!!

 それって……!!


「リゼさん、俺たちお似合いだって。やったね」

 クロードさんが嬉しそうに私に同意を求めて

「言ってないから」

「言われてないですっ」

 私とアイネがかぶった。


「はは。照れなくていいのに。まぁ、じゃぁこの件は兄上に丸投げにしておいて、神殿に言っておくからアイネ殿はこの国にいる間ここに泊まるといい。部屋はまだいっぱいあるし。食事も隣の食堂で食べたらいいよ」

 そう言って立ち上がるクロードさん。

「あぁ、ありがとう、殿下」


 あぁ、もう帰っちゃうのか。

 彼が帰るのを少し残念に思う自分がいることに気づいて顔をぶんぶんと横に振り霧散させる。


「じゃ、いつまでも女性の部屋にいるのもよろしくないし、俺は行くね。リゼさん、また明日」

 チュッ──と短いリップ音とともに頬に灯る温かい感触を置き去りにして、クロードさんは機嫌良さげに私の部屋からさっていった。


「…………大丈夫? リゼ」

「……だめかも」


 窓の外の雨音だけ妙に大きく感じながら、私の一日は終わっていった。


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