第24話 婚約破棄騒動、影の犠牲者
とりあえずこのままにはしておけないので、片腕を私の肩へと回して支えながら引きずるようにして自分の部屋まで彼女を運び込み、ストンと椅子に下ろすと、彼女の肩をトントンと叩いて「あの、もしもし?」と声をかけてみた。
すると微かに瞼がふるりと震え、ゆっくりと開かれた。
綺麗な若草色の瞳と視線が交わる。
「ここは……? あんた……誰?」
「私はリゼです。あなたはこの神殿の前で倒れていたんですよ。まずはシャワーヘどうぞ。そのままだと風邪を引いてしまいますからね」
私は苦笑いすると彼女の手をひいて風呂場へと続くサニタリールームへと案内した。
彼女がシャワールームに入るのを見届けてから、神殿の神官長に事情を説明し、支給品の新しい下着や服を用意してもらうと、私はサニタリールームのワゴンへとそれを置いておいた。
「服、ここに置いておくので使ってくださいねぇ〜」
「……ありがとう」
シャワーの音に紛れながらも聞こえたハスキーボイス。
それからすぐに、部屋の備えつけの簡易キッチンで紅茶を淹れる。簡易キッチンやサニタリールームまで備わっているなんて、最初は明らかにVIP部屋だと思ったものだけど、なんとどの神官や聖騎士の部屋もこうらしい。
フルティアは福利厚生がしっかりしているのね。
私も、こんな国を目指していた。
私にとっての理想の国。
「あの……」
物思いに耽っていると、背後から遠慮がちにハスキーボイスが聞こえて跳ねるようにそちらを振り返る。
「あ!! お帰りなさい!! しっかり温まりましたか? はい、紅茶でよかったらどうぞ」
「あ……ありがとう」
私が入れたばかりの紅茶を勧めると、彼女は礼の言葉を述べてから、私の向かいの椅子へ腰を下ろした。
「で、なんであんなところに倒れていたんです? あ!! ご挨拶がまだでしたね。私はリゼです。隣の神殿食堂で働いています」
なるべく警戒されないように笑顔で自己紹介をする。
第一印象、大事。
「助けてくれてありがとう、リゼ。私はアイネ。国際記者をしてる」
「国際記者、ですか?」
初めて聞く言葉に、私は首を傾げて聞き返す。
「あぁ。国を渡り歩いて面白そうなネタや関心のある出来事を調べ、イラスト付きで紙に起こして売り歩く記者だよ。私のスキルを使って描けば、少しの間動く不思議なイラストができるんだ」
「まぁ!! すごいですね!! でも、どうしてそんな記者さんが行き倒れて……?」
旅をしていた割には荷物がなかったのも気になる。
「隣のベジタルで婚約破棄騒動についての情報を集めてたら、捕まっちゃってさ。三日間も牢屋に入れられて草しか与えられなくて……。突然馬車に乗るように言われて、しばらくして私だけ下された場所がこの国の森の中でね。荷物も返してもらえないままに置き去りにされちゃったんだよ。三日間ろくに食べてなかったのと、雨で身体が冷えて体力を消耗して倒れたんだと思う、本当、ありがとうね」
ベジタルで──。
婚約破棄騒動で──。
投獄された──?
思いっきり私のせいじゃない!?
いや、私じゃない。あのバカ王太子のせいだ。
何やってんのベジタル王国!!
「あの……本当、ごめんなさい」
居た堪れなくなった私は、彼女に深々と頭を下げた。
その理由を知るはずもないアイネさんは、キョトンと目を丸くして
「どうしてあんたが謝るの?」
と笑って紅茶を啜る。
「……実はですね……」
私はアイネさんに自分の事情を説明した。
あまり人に言いふらすようなことではないけれど、当事者としては説明せざるを得ない。
この騒動のせいで投獄された人がいるなんて、考えもしなかったわ。
ひとしきり説明し終わって、それまで黙って聞いていたアイネさんがガタン──と無言で立ち上がった。
「何……それ」
「へ?」
「浮気王太子と淫乱妹、勝手に期待して勝手に失望して娘を勘当した両親って……そりゃないんじゃない!? しかもその場で何も持たせないまま追放とか、鬼畜か!! ベジタル王国腐ってるな!!」
あぁ……怒っている……!!
彼女のことでもないのにめちゃくちゃ怒っておられる……!!
すごい殺気だ。
「あの……アイネさん?」
「リゼ、あんたそんなひどいことされてよく生きてこれたね!! えらい!! えらいよリゼは!!」
机から乗り出してガッと私の両肩を掴むアイネさん。
「さぁどうしてやろうかベジタル……!! 冤罪に浮気に、言われなき追放に、私への不当な拘束と殺害未遂。──ふっふっふ……。ペンは剣よりも強しよ……!! 思い知るがいいわ!!」
燃えている。
アイネさんが復讐に燃えている……!!
「あ、あの、私は私で、もう新しい生活ができていますし、結果論ではありますが私はここに来られて、皆様に出会えて幸せなので」
案外充実している毎日を思い、私は穏やかに笑顔を携えると、ズズッと紅茶を啜り飲んだ。
「──あんたは優しい人なんだね。あんたみたいな人が今幸せになれてるなら、私は嬉しいよ」
そう言って私に笑顔を向けてくれたアイネさん。
二人で顔を見合わせ笑い合っていると──。
ぐぅぅぅぅ〜〜〜〜……。
盛大な音が私たちの間で鳴り響いた。
「ぁ……」
そういえばアイネさん、三日間ほとんど食事できていなかったんだ!!
「アイネさん、少し待っててくださいね!! 私、ちょっと何か作ってきます!!」
「あ、ちょっと!?」
私はアイネさんの声を聞かず、備え付けのキッチンへと走った。