第20話 フレンティ〜黄金に輝くたくあんを添えて〜
「さぁて!! じゃぁ私たちも朝食にしちゃいましょっ!!」
クララさんが席につくと、私たちは朝食を前に、食前の感謝の言葉を述べた。
「聖レシアの恵みに感謝を」
この食前の言葉は全国共通で、私たちはどの国でも皆、創世の神であり豊穣をもたらしてくれるレシア様を信仰している。
聖女はレシア様の力を継いでいると言われているからこそ、どの国で現れたとしても往々に大切に扱われるものらしい。
「ねぇ、この黄色いの何?」
レジィがカリトロのフレンティに添えられている黄色の刻みたくあんを指さす。
「ふふっ。たくあんですよ。さぁ、フレンティと一緒に召し上がれ」
笑顔でレジィの目の前へとお皿を差し出すと、レジィが少しだけ眉を顰めた。
「なんか、ちょっと変な匂いね」
匂い慣れしているこの国の人にもやっぱり匂い慣れないみたい。
「この間のアレに比べたらマシよ……」
「……あれに比べたら……ですね」
私とクララさんは先日のたくあん料理を思い出して二人同時にゲンナリとため息をついた。
常連のアンセさんに教えてもらった、オニオーリをすりおろしたものに漬けたたくあん。あの激臭は今でも忘れられない……。
私たちの発言に、恐る恐るといった様子で小さく切ったフレンティと少量の刻みたくあんを一緒に口の中へと運ぶレジィ。
そして彼女の小さな口の中へと、黄色の物体が姿を消していった。
カリッ……ボリッボリッ……。
しんとした中で響く軽快な咀嚼音。
私もクララさんも、レジィの反応をごくりと唾を飲みながら静かに見守る。
やがて、ごくん、とレジィの喉が鳴って、彼女がぽつりとつぶやいた。
「……何これ……美味しい」
それから黙々と切り分け口の中へ入れていく少女に、私とクララさんは顔を見合わせると同時に頬を緩ませた。
そしてクララさんも自身の整えられたヒゲが囲む大きな口へとフレンティとたくあんを放り込む。
「あら本当っ!! 美味しいじゃないっ!!」
頬に手を当て幸せそうに咀嚼を繰り返すクララさん。
「フレンティの表面がカリカリしてるから、黄色いのの食感も浮かないし、甘いとしょっぱいが一緒になってるのに喧嘩しない。すごく美味しいわ、これ」
目をキラキラさせてフレンティonたくあんを見るレジィ。
すごい。
感想が子どもじゃない……!!
どうやらこのレシピは成功のようだ。
「クララさん!!」
「えぇ!! 明日からこれもメニューに追加するわよぉ〜〜!!」
「私は実験台か!!」
レジィが吠える。
仕方ない。
誰かが試さなければ、美味しい新作料理は生まれないのだから。
カランカラン──。
「おはよう、リゼさん」
私たちが談笑しながら朝食をとっていると、朝から爽やかで美しいご尊顔のクロードさんが現れた。
聖騎士の装いに身を包んだクロードさんは、最初に会った時よりももっともっと逞しく見えるし、かっこいい。
「おはようございます、クロードさん」
「ん。今日も可愛いよ、俺のリゼさん」
とびきり甘い笑顔でそういう彼に、毎日のことではあっても未だに慣れないでいる。
「子どもは見ちゃダメよぉ」
そう言いながらレジィの目を自身の大きな両手で塞ぐクララさん。
「そ、そんなじゃないですからっ」
火照った顔面を手で仰ぎながら、私は否定の言葉を述べる。
「で、リゼさん、その子は? リゼさんと俺の子?」
にっこりと微笑みながらレジィをじっと見るクロードさんに「そんな関係じゃないですよね!?」と言葉を返す私。
その発想はどこから来るんだ、このお方は。
1ヶ月の間、私とクロードさんの関係は特に変化はない。
彼は私に毎日愛の言葉を囁いてくれるし、必ず顔を見にきてくれるけれど、私はまだ自分の中でこれは恋なのか愛なのか、それともただの刷り込みなのかわからないでいる。
安易に頷いて、また婚約破棄にでもなったら、流石に今回は立ち直れないと思うし、慎重になっている部分があるのかもしれない。それでも何も催促することもなくそばにいてくれるクロードさんに、今は甘えさせてもらっている。
「この子はレジィと言って、店の前で拾いました」
「そっか、拾ったのか。じゃぁその子は第二の俺か」
そういえばクロードさんも、行き倒れているところを私が拾ったんだった。
「この子の場合は家出のようです」
「家出? ん〜……あ、もしかしてレジネラちゃんかな?」
少し考えてからクロードさんがレジィの本名を口にする。
「すごい!! なんで分かったんですか?」
私が聞けば、クロードさんはにっこりと爽やかな笑みを浮かべて、すぐそばの椅子に腰掛けた。
「母親から届け出が出てるんだよ。昨夜馬車の中で居眠りをして起きると娘さんの姿がなかったって。ひどく動揺しているようだったから、騎士団本部の医務室で休養を取ってもらっているよ」
やっぱりレジィのことが心配で探していたんだ。
その事実に胸が暖かくなる。
「レジィ、食べたら騎士団に行ってみましょ」
「でも……」
「話し合ってみるんでしょ? 大丈夫。私も一緒に行きますから」
私が言うと、レジィは不安げに目をふせながらも、やがてゆっくりと小さく頷いた。
「じゃ、俺がここにお母さんを連れてくるよ」
すかさずクロードさんが右手を上げて、誘導係に立候補する。
「え? でもいいんですか?」
「うん。また騎士団の男どもにうちの可愛いリゼさん見られたくないからね」
そう言うとクロードさんは先ほど腰掛けたばかりの椅子から立ち上がり、「待ってて」と颯爽と食堂を後にした。