第19話 言葉の裏側
じゅぅ〜〜〜〜〜……。
ミルクと卵液につけたパンをじっくり丁寧にフライパンで焼いていく。
いい匂いが厨房に広がってきた。あぁ、美味しそう。
狐色の焦げ目がついてきたらひっくり返してまた火が通るのを待つ。
「ねぇ」
「わぁっ!! レジィ、どうしたんですか!?」
いつの間にか私の隣にはピンクのうさぎ──いや、レジィが立っていて、料理の様子を覗き込んで見ていた。
「手伝う」
「え?」
「あんた一人じゃ何か失敗しそうだし」
私どれだけダメなやつだと思われてるんだろうか。
まぁ実際、ここに来たばかりの時は何もできなさすぎて本当にダメなやつだったけれど。
「じゃぁ、出来上がったフレンティにシュガリエを上から振りかけてくれる?」
そう言って私はシュガリエという白い粉のような甘味調味料をレジィに手渡すと、彼女は「わかった」と短く答えて、焼き終わり皿に移したフレンティの上にシュガリエを振っていった。
少し粒の粗いシュガリエが、白くキラキラ光ってフレンティの上を飾っていく。
「ねぇレジィ、一度お母様と話をしてみましょう」
隣で黙って黙々と振りかけるレジィに、私は考えていたことをぽつりと提案してみた。
「は? なんでよ」
「お母様がなぜムーンを置いていったのか、その真意を知らないまま家を出るなんて、お互いもやもやしてしまうだけだと思うんです」
全ての事象には大体誰かの真意が隠されている。
それをよく探り、相手の真意を読み取ることもまた王族の務め。
王妃教育で教わったことだ。
私は話し合うことすら許されぬまま追放されてしまったから、真意を確かめるなんてもうできないけど、レジィは違う。
きっと、お母様は探しているはず。だって修復を繰り返されたムーンは、きっとお母様が直したものだから。
ぬいぐるみ職人であるお父様が直したのなら、あんなにわかりやすい修復にはならないもの。きっとムーンにはお父様やレジィの思いだけでなく、お母様の思いも詰まってる。
そう思えてならないのだ。
「一生、話すこともできなくなる前に……。ね? レジィ」
なるべく優しく静かに語りかける。
どうか私の声が、思いが、この小さな女の子の心に届きますようにと願いながら、私は隣でシュガリエを持ったまま俯いているレジィをじっと見つめた。
背中の向こうでスクランブルエッグを作る音とともに、視線を感じる。
──クララさんだ。
気になっていても黙って見守ってくれているあたり、やっぱり彼女……彼は面倒見も良く、信頼できるお人だ。
「……わかったわ。話せばいいんでしょ、話せば」
しぶしぶといった様子だけれど、口を尖らせながらもレジィが折れた。
「いい子ですね、レジィ」
そう言って頭を撫でてやると、レジィは赤く染めた顔を俯かせて小さな声で「別に」と短く呟いた。
「レジィ、ミルク注いだから、席に持っていっておいてくれるかしら? 私たちは料理の方持っていくから、そのまま席について待っていて」
クララさんが3つのコップに注がれたミルクをトレーに乗せて、レジィにそっと手渡すと、彼女はこくんと頷いてからトレーを持って食堂スペースへ、こぼさないようゆっくりと歩いていった。
「……あんたも、いろいろあったんだろうけど、もう遅い、なんてことはないと思うわよ?」
かちゃかちゃとフォークセットを用意しながら静かに声をかけるクララさん。
もう遅い、なんてことはない。確かにお互い生きてはいるから、会えることには会える。
でも、その権利を私は有していないから。
「私は大丈夫ですよ」
そう言って笑顔を向ける。
実際、本当に大丈夫だから。
あの日、クロードさんに全部ぶちまけて大泣きして、自分の中で少しスッキリしている部分も多い。そして今が充実しているから、お父様やお母様に縋りたいと思うこともない。
一人だったらきっと今も、お父様やお母様の愛に縋りたいと、あんなことがあったなんて信じたくないとウジウジしていただろう。
追放されたあの日、神を恨みたくもなったけれど、この出会いをさせてくれたことには感謝だ。
「【たくあん錬成】!!」
トントントントン……。
一定のリズムとともにたくあんを細かく刻んでいく。
「ちょっ、あんた、何を?」
「ん? ちょっとした実験……あ、いえ、スパイスを加えてみようと思いまして」
「……は……?」
ぽかんと口を開けて私とたくあんを交互に見るクララさん。
「おはよーございまーす!!」
厨房裏口から声が響く。
孤児院の食事当番の子ども達が、朝食を取りに来たのだ。
「あらやだもうこんな時間だったのね? はーい、今いくわー。じゃぁリゼ、悪いけどこれテーブルに運んでってくれる?」
「はい、わかりました」
にっこり笑って返事をすると、クララさんは裏口の方へ孤児院用の食事を乗せたワゴンを引いて行った。
「さて……。仕上げをして、っと……よし完成!!」
私は仕上げを施したフレンティをトレーに乗せると、レジィの待つ食堂スペースへと足を向けた。