第18話 レジィとムーン
「ふぅん、早朝にうちの店の前でねぇ……。で? なんでこんな小娘が一人で早朝にほっつき歩いてんのよ? 何かあったんでしょ?」
クララさんが私に聞くけれど、私にもそこらへんがまだわかっていないので、苦笑いを浮かべながら肩をすくめて「それが教えてくれなくて」とだけ答える。
「ほぉ〜〜?」
再びサングラス越しにレジィを見るクララさん。
そして寄せられたその厳つい顔にビクッと体を揺らせるレジィ。
「話して、くれるわよねぇ?」
圧がすごい……!!
若干涙目になりながらもレジィがゆっくりと頷いた。
さすがクララさんだ。圧のかけ方がえげつない。レジィ、かわいそうに。
「わ、私、ママと昨日隣のアプルの街から引っ越してきたの」
「昨日?」
「うん。パパが病気で死んじゃったから、親戚がいるこの王都に引っ越してきたの」
床の方をぼぉっと見つめながらか細い声で話すレジィ。
お父様が……病気で……。
少しばかり重たい事情に思わず口元を覆う。
「でもね、ママったら引っ越すとき、このムーンを置いて行ったのよ!! もう子どもじゃないんだから、子供っぽいものは持って行かないようにって」
ぷくっと頬を膨らませて巨大なピンクのウサギをずいっと私たちに見せるレジィ。
よく見れば所々に生地が痛んで、破れた縫い目を補修したような跡まである。よっぽど大切に持っていたんだろうなぁ。
「で、置いて行かれたはずのムーンをなんで持ってんのよ?」
「ま、まさか自力でここまで……!?」
人形には魂が宿ると言うし、これだけ大切にれていたぬいぐるみだもの──ありうる。やっぱりこっちが本体だったの?
「んなわけないでしょ何言ってんのよリゼ」
私の思考はバッサリと切り捨てられた。
「ムーンを荷馬車に乗せていないことに気付いて、私、ママが寝てる間に飛び降りてアプルに取りに帰ったの」
確かアプルはここの隣の町。
さほど距離もないから行って帰ってくるのは簡単だけど、まさかこんな小さな女の子一人でなんて……。
「無事にムーンを取って帰ってきたのはいいけど、ママのところになんて帰りたくなくて、でも足も疲れてたしで、なんとなくここで休憩していたの」
しゅんっと肩を落としながら言うレジィがなんだか放っておけなくて、私は思わず彼女の頭をそっと撫でた。
「とっても大切なんですね、ムーンのこと」
また罵詈雑言が返ってくるかと思いきや、次に発せられたレジィの声はとても穏やかなものだった。
「……ぬいぐるみ職人だったパパが、私が生まれた時に作ってくれたものだからね」
とても穏やかで優しい顔をして、ぎゅっと腕の中のムーンを抱きしめるレジィ。
手作りだったのか。
いいなぁ。
思えば私、お父様やお母様に何かを作ってもらったことなんてなかったわね。
とても愛されていたのね、レジィ。
それだけお父様の想いもレジィの思いも詰まったムーン。
そりゃ手放したくないわよね。
私がしんみりと考えていると、
グゥ〜〜〜〜〜〜……。
可愛らしい音が、しんとした食堂に鳴り響いて、レジィの顔が赤く染まった。
「ふふっ。何か作りましょうか。孤児院や神殿の皆さんのご飯も作らなきゃいけませんしね」
私は腕をまくると、厨房へと足を進めた。