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第15話 食堂の妖精クララ


 厳つい大男が奥の厨房から腕を組んでこちらを見ている様子に私が固まっていると、クロードさんが笑いを堪えながら私の肩をポンと叩いた。


「大丈夫だよ、リゼさん。害はないから。……多分」

 言いながら私の肩を抱き、ずいずいと大男の方へと進んでいく。

 背の高いクロードさんよりも、もっともっと高く大きな男性の威圧感に、冷や汗が出てくる。


「クラウス、こちら、俺のリゼさん。ここで住み込みで働かせてもらうことになったから、よろしくね。リゼさん、これはクラウス。ここで一人で食堂を切り盛りしてるんだ。こんなでも良い奴だから、安心して」


 そう言って私の右手とクラウスさんの右手をとると、がっちりと強制的に握手させた。


「よ、よろしくお願いします!!(だから殺さないで!!)」

 心の声を隠しながら、私はクラウスさんに、王妃教育で培われた必殺ポーカーフェイスで涼しげな笑顔の仮面を被ると、にこやかに挨拶をする。


 けれどクラウスさんはそのままの状態で固まったまま動かない。


 ん?

 なんかまずった?


「クラウス……」

 呆れたようにクロードさんが彼の名をよんだその瞬間──……。


「いやぁ〜〜〜〜!! 私好みの可愛い子じゃないのぉぉ!! しかもここで働くですって!? 大歓迎よ!! 人手が足りなくて困ってたのぉ!!」

 

 (せき)を切ったように私の手を両手で握ってぶんぶん振りながら歓迎してくれるクラウスさん。思ってたんと違う。


「あ、あの、あらためまして、リゼです。どうぞよろしくお願いします!!」

「あらぁ。ご丁寧にどぉも。私はクララよ」


 クララ?

 でも確かクロードさんは、クラウスって……。


「食堂の妖精クララって言ったら、ここの看板娘なんだからね。覚えときなさい」

 妖精……。

 妖怪の間違えじゃ……。

 しかも看板娘?

 どう見ても厳つい殿方……。

 

 頭の中で若干失礼なことを考えながらも私は曖昧に笑みを返す。


「もぉ〜、殿下ったら!! 一昨日の昼も夜も討伐に付いて行ってクタクタになって、ご飯も食べずに休んだってのに、昨日はベジタル王国についての報告を聞いた途端に朝食も投げ出して令嬢を迎えにいっちゃったって、城の料理人がうちで泣いてたわよ? ま、結果こんな可愛い子連れてきたんだからヨシとするけど、ちゃんと食べなきゃ倒れるわよ?」


 朝だけじゃなかったんだ、食べなかったの。そりゃ倒れるわ。


「まぁまぁ、帰ったら厨房に顔出して謝っておくから、その話はいいだろう? で、さっき一品がどうのって言ってたけど、何かあったのか?」

 クロードさんが、クラウスさんに掴まれたままの私の両手をスッと自然な流れでクラウスさんの手から解放しながらたずねる。


「そうなのよぉ。もう少しでランチタイムの開店だってのに、あと一品が思い浮かばないのよぉっ」

 悔しげにフリフリエプロンの裾をキーッと噛みながら、彼(?)が言う。

「ちょうどよかった。ならこれを出してみないか?」

 そこまで言ってから、クロードさんは私の方をにっこりと笑って見下ろした。


「リゼさん、たくあんの錬成、お願い」

「はい?」

「いいからお願い」

 有無を言わさぬ笑顔の圧。私は「【たくあん錬成】!!」と言ってたくあんを生み出すと、クロードさんに遠慮がちに手渡す。


 あぁ、やっぱりまだ慣れないわ、このニオイ。


「な、何これ。独特なニオイしてるわね」

 少し眉を顰えながら驚くだけで、あまり嫌がる様子のないクラウスさん。やっぱり国の文化が違うとそれだけで嫌悪の認識も違うのね。


「まぁ騙されたと思って食べてみてよ」

「え、食べ物なの?これ」

 私からたくあんを受け取ったクロードさんがクラウスさんにそれを差し出すと、クラウスさんの顔が引き攣る。


「そうだよ。俺もリゼさんも、そしてジェイドも経験済みだから大丈夫だよ」

 何その説得力のない『大丈夫』。

「……」

 相変わらず爽やかな笑顔をしてクラウスさんにたくあんを差し出し続けるクロードさんの手から、ゆっくりとそれを受け取るクラウスさん。

 あぁ、厳ついお顔がさらに厳つくなっている。

 そして眉間に皺を寄せながらも口の中へとその黄色い物体を進めた。


 カリッ……。


 小さく音が鳴って、続けてボリボリボリ……とくぐもった音が聞こえ始める。私とクロードさんは、黙って咀嚼そしゃくし続けるクラウスさんを息を呑んで見守った。


 カリッ……ボリボリボリボリ………


「!! 何……これ……!! 最高じゃない!!」

 最初は訝しげに眉を顰めながら咀嚼していたクラウスさんは、やがて感動した様子で一気にたくあんを口の中へと進めた。あっという間にたくあんは全てクラウスさんのお腹の中へと入って無くなってしまった。


「殿下、これ何?」

「リゼさんは【たくあん錬成】スキルを持っていてね。いつでもどこでもこのとってもおいしくてクセになる【たくあん】という食べ物を生み出すことができるんだ」

 どうだ、すごいだろう? とまるで自分のことのように誇らしげに語ってくれるクロードさん。それを聞いたクラウスさんが再び私の両手をとる。


「もう一つ出して、これ」

 ずいっとその厳つい顔を近づけられ、思わず顔をのけぞらせる。

「は、はいぃっ!!」

 その顔の圧に恐れをなした私は、再び「【たくあん錬成】!!」と言ってたくあんを生み出し、それをクラウスさんへと献上した。


「ありがとぉぉう!! これ切ったら立派な一品になるわぁぁぁ!! しかもタダ!! しかも可愛い!! なっっんてお得な子なのぉぉ!?」


 圧が……!!

 テンションが……!!

 今まで周りにいなかったタイプの方だわ……!!


「と言うことで、リゼさんのこと、よろしくね。住み込みだから、あとで部屋とか教えてあげて」


 住み込み。

 ああ、そうか。もうクロードさんと一緒にいられないのか。そう思うと例えようのない寂しさが私を襲う。

 またいつか、会えるといいなぁ……。


「……リゼさん、まーた暴走してるね? 俺、王位継承権を放棄するとは宣言してるけど、兄夫婦が子を成すまではスペアの第二王子なんだ。だから今は城住まいで、朝と夜は城で食べてるんだけどさ……」


「? はい、そうでしょうね」

 継承権放棄をしたとはいえ、王家の血を持つ彼は後継者が決まるまでは王太子夫妻に何かあった時のための保険、言い方は悪いがスペアになる。

 仮にも王太子妃になる予定だったから、その重要さはよくわかっているはずだけれど、クロードさんが何が言いたいのか理解できず、私は首をかしげる。


「うん、わかってない。……俺、一応聖騎士。聖騎士はどこの所属?」

 苦笑いしながら聞くクロードさんに、私は「神殿でしょう?」と当たり前のことを答える。

「じゃぁここはどこ?」

「……ぁ……」

 気づいた。

 職場の隣じゃん、ここ。


「気づいたみたいだね。俺はこの神殿所属だからさ、ここにはよく来るんだよ。だから、昼食も大体ここで食べてるんだよね」

「えっと……それじゃぁ……」

「言っただろう? 身体で払ってくれたらいいよって」

「あ───……」

「これからもよろしくね、リゼさん♡」


 そう言ってウインクした小悪魔聖騎士は、呆然と立ち尽くす私を見て満足げに笑いながら、食堂を去っていくのだった……。


「ちょ、ちょっとぉ!? 身体ってどぉ言うことぉぉぉぉぉぉ!?」


 

 悲鳴をあげるクラウスさんの対応を、私に丸投げして──……。


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